2・されど、会議は続く
8月11日12時20分、官邸
「総理、稚内分屯地において異常事態発生とのことです」
ようやく成った憲法改正、そこには9条への自衛隊明記も含まれていた。それを成したのは、女性初の総理として長期政権を維持している堅壱百合子であった。
「異常事態とは何ですか?」
堅壱は煩わしそうにそう尋ねる。
「武装集団による襲撃を受けたとの通信を最後に、陸海空すべての通信が途絶えました。襲撃の報を発するまでに、陸、空の設備によって脅威勢力は確認されておりません」
そこで、ようやく堅壱は事態の深刻さを理解した。
「いきなり攻めて来たって事?」
その時、新たな人物が駆け込んで来た。
「失礼します!!海上保安庁より、宗谷岬沖においてロシア船と思われる船舶より、巡視船が攻撃を受けたとの知らせがありました。当該巡視船は、被害通報の後、通信が途絶しています」
「・・・撃沈・・・された?・・・」
制服の男がそう呟き、堅壱も巡視船の末路を想像した。
「稚内の次は巡視船ですか・・・・・・、自衛隊は、すぐ動けないの?」
その時、総理公室の電話が鳴り、秘書官が受話器を上げた。
「統幕長」
秘書官に呼ばれ、総理の前を辞した統幕長が受話器を受け取る。
以前であれば各々が携帯電話を持ち、総理周辺でも個々に情報のやり取りが行われていたが、現在では総理肝入りのセキュリティ対策によって、官邸内においては携帯機器の使用を禁じ、電波遮蔽も行われているため、官邸内におけるやり取りは定められた有線通信ないし、人力に依っていた。
「何だと?」
統幕長は驚きの声を上げ、その後、小声で何事かを伝えて総理の前へと戻って来た。
「総理、鬼志別も襲撃を受けた模様です」
「おにしべつ?」
堅壱は、それが何のことか分からず問い返す。
「宗谷岬の南にある、自衛隊最北の演習場です。小さな村と管理部隊が駐屯するだけの寒村ですよ」
そう言われてもピンとこない堅壱だったが、稚内分屯地同様、北方に在する自衛隊施設がすべて破壊され、隊員の安否は不明、さらに宗谷海峡付近にあった巡視船も沈められた事は理解していた。
「だから、自衛隊はすぐに対応できないんですか!」
理解した途端、堅壱はそう叫んだ。
統幕長はそれを受け流し、口を開いた。
「現法制で可能な行動は、始めております」
ちょうどその時、テレビやラジオにおいて、稚内で起きた事件の第一報が流れたのだが、それにも堅壱は驚くことになった。
「自衛隊が暴れている、ですって?」
メディアの一報を視た堅壱は、統幕長へ視線を向けた。
その間も、自衛隊の情報は統幕長の元へと寄せられていた。
「自衛隊が、自らレーダーサイトや通信設備を破壊しますか?稚内空港には、何やら設置され、先ほど向かわせていたスキャンイーグルの通信も途絶したそうです」
「スキャン?」
「各方面隊が有する、中域偵察用のドローンです。北部方面には、旭川駐屯地に配備され、北方監視のために名寄にも分駐していました。その隊によって稚内の偵察を行わせていましたが、電波妨害により、通信は途絶しております。現状は、稚内市街および鬼志別演習場がある猿払村との有線通信の遮断、電波妨害による稚内より約30km圏内の通信遮断が行われている状態です」
統幕長はそう簡潔に説明した。
「さらに、仮に自衛官が騒乱を起こすのであれば、稚内分屯地を離れて空港を破壊して妨害装置を配する必要はありません。分屯地内から仕掛ければ良いだけですから」
その後も情報は増え、とうとう統幕長の元にも東吾のショート動画が届くことになった。
「これは、自衛隊じゃないの?」
動画を見た堅壱は、そう問う。
「動画のコメント欄でも指摘されているように、当該人物が叫ぶ『ストーイ』とは、ロシア語で『止まれ』を意味する言葉です。総理」
「それで、自衛隊は・・・・・・」
再度、堅壱はそう口にした。
「現行法において可能な措置は、取っております。総理」
「じゃあ、どうして稚内の事が分からないの?」
「現行法では、弾薬を装填した武器を携行したまま許可を受けない地域は歩けません。いわんや、相手がロシア軍であった場合、正当防衛による武器使用では、隊員の命は守れません。これ以上の措置を望まれるのであれば、防衛出動が必要になります」
「いえ、しかし・・・・・・」
「何だよ、そんなの、憲法変えたんだから出来るよね?自衛隊って明記したんだから」
これまで、隣で深刻そうな顔で追随するだけだった男性が、唐突に口を開く。
「小澄大臣、憲法に明記されたのは、あくまで行政組織法に依って在る自衛隊です。大臣が望む軍隊と自衛隊は、まるで別物です」
それを聞いて、小澄大臣は怒り出した。
「お前らのために改憲したんだろ!出来ないって事か?明記したんだから軍隊だろ!動けよ!」
統幕長は、ため息を吐きそうになったが寸でで思いとどまり、これまで幾度も説明した軍事法と行政組織法における基準の違いを説明した。
「何だよ、じゃあ、まともに動けないんじゃないかよ!」
行政組織法に依って立つ現状の組織では、仮に防衛出動となった場合でも、未だ多くの制約が待っていた。
さらに、自衛隊を動かすとなれば、自衛隊だけ動けば済む話でもない。
「まず、様態の説明と自治体による国民の避難誘導が必要です。その上で、自衛隊による国道40号並びに豊富バイパスの優先使用が出来なければ、迅速な展開は出来ません」
地図を開いた堅壱と小澄は、言われた道を探す。
「そんなの無理よ。ほぼ唯一の避難路じゃない」
そう零す堅壱
「オスプレイがあんだろ、こういう時のためにさぁ」
という小澄
「主要幹線とは、自衛隊が迅速に展開するためにも重要なルートです。仮に、道なき道を進めば、各法令の壁もさることながら、展開も遅々として進まなくなります。総理」
「大臣、オスプレイは佐賀に配備されており、北部方面隊がそう安易に呼んで使える装備ではありません。それに、敵情も把握できない地域に丸腰の輸送機など送れません」
統幕長は淡々とそう説明するのだが、メディア報道はさらに厄介な問題をもたらして来ていたのだった。




