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もりとき怪談 第三集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


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エアコンの奥


 お盆に、夫と息子と一緒に、私の実家に帰省しました。

 そのときに体験した話です。


 夫の実家と私の実家は、今住んでいる場所から距離があって、新幹線や飛行機に乗らないと行けません。だから、うちは毎年交互にお互いの実家に行くのがなんとなくのルールになっていました。

 孫に会えるのが嬉しいのか、私の両親は始終ニコニコして、食べきれないくらいのごちそうが出ました。

 私達の寝室として用意された客間の布団もふかふかで、両親が私達の帰省を楽しみにしてくれていたことが分かって、私も嬉しかったです。


 移動で疲れたのか、夫と息子は夜になるとすぐに寝入ってしまいました。

 私も早い時間に就寝したのですが、物音で目が覚めました。

 スマホの時計を見ると、深夜2時を回っていました。外からの虫の声と、車が通り過ぎる音。それにエアコンの運転音。その中に混ざって「うーーー」「あーーー」みたいな低い音がするんです。

 それが人の声のように聞こえて、気味悪く感じました。

 家の中からするのか、外からするのか。

 音がどこからするのかは分かりませんでした。私は「きっと、変な人が外を歩いているんだろう」と思って、その音を無視することにしました。


 目をつぶっていると、次第に音が大きくなってきます。

 確実に、家の中から音がしている。そしてこれは音ではない。間違いなく人の声だ。

 そう分かるくらいには、その声ははっきりしたものになっていました。

 家の中に誰か忍び込んでいるのかも……。

 そう考えて、私は夫を起こそうと目を開けました。


 そのとき、エアコンの吹き出し口から何かがずるっと這い出して、エアコンの風にぴらぴらとなびいているのが見えたんです。

 風になびくほど、薄い。まるで紙やリボンのように。

 でもそれは、人間の形をしていました。

 エアコンの吹き出し口から、頭を先に腰まで出ています。鉄棒で前回りをしている人を見ている感じです。私からは後ろ姿だけ見えていました。

 エアコンの風に揺られながら「あぁぁぁ」と苦悶の声を上げています。

 そして紙が風に舞い上がるみたいにひときわ大きくなびき、私はエアコンの吹き出し口から出てきている”それ”を正面から捉えました。


 ”それ”は女でした。

 酸素を求めるように口を大きく開けて、うめき声を上げています。瞳は見開かれて、夜の闇の中でもぬらぬらと光っていました。もしかしたら、あまりの苦しさに涙を流しているのかもしれません。

 特徴的だったのは、その女の右頬に大きなやけどの痕があったことです。

 エアコンの風に、ペラペラの女が波打ちます。

 私はその常軌を逸した光景に、どうやら気を失ってしまったようです。

 気が付いたときには朝になっていました。私の隣では、夫と息子がぐっすり眠っていました。


 キッチンに行くと、母がすでに朝食の用意をしていて、父がキッチン横のダイニングで新聞を読んでいました。

 私は母を手伝うふりをして、母の横に立ちました。「夢かもしれないけど……」と前置きをして、私は昨夜見たものを母に伝えました。

 小さい頃から母にはなんでも相談してきたので、こんな話でも母なら否定せずに聞いてくれるだろうと思っていました。


「えぇ? あのエアコン、普通に家電量販店で買ったものよ?」

「そうだよね。この家、私が小学生のときに建てた家だし、幽霊を見たことだって1回もないよ。私が結婚してから、なんか変わったことあった?」

「ないない。去年、近所のおばあちゃんが亡くなったけど……。若い女の人の霊だったんでしょ?」

「うん……。すごく苦しそうで。右の頬にやけどの痕がある人だった」


「……それ、俺の伯母さんかもしれない」

 背後で唐突に父の声がして、私と母は同時に悲鳴を上げました。

 母が「ちょっとお父さん、脅かさないでよ!」と言うと、父は少しばつの悪そうな顔をしていました。


「俺が小さい頃に亡くなった、母のお姉さんがいるんだ。学生時代に事故で右頬に大きなやけどを負って、ずっと引きこもってた。ぼんやりとしか覚えてないけど、俺にとってはやさしい伯母さんだった。亡くなって、しばらくしてから、自殺だって聞いたよ。やけどのことを気に病んでいたらしい」


 父はそう語りました。

 今まで意識したことはなかったのですが、我が家のお墓に眠っているとのことでした。

 その日はみんなでお墓参りに行く日だったので、私はお墓の前で父の伯母さんの苦しみが少しでも癒えるようお祈りをしました。

 たぶん、父も母も、同じように祈ったのではないでしょうか。

 その祈りが届いたのかは分かりませんが、その日の夜は、声が聞こえることも、エアコンから幽霊が出てくることもありませんでした。

 


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