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もりとき怪談 第三集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


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しろぐも


 今年の夏、俺は某所にスキューバダイビングをしに行ったんだ。

 海は穏やかで、サメやクラゲなんかを見ることができて、かなり興奮したよ。

 必死で魚影を追っていたんだけど、俺の視界に変なものが入ったんだ。

 それは白くて薄べったい。

 イメージとしては一反木綿に近いかも。うねうねした白いヒゲみたいなのがいっぱいついてた。クラゲみたいだけど、クラゲとは全然違うよ。

 それが、俺の目の前をすーって通過していった。

 追いかけてみようとは思わなかったな。「なんだ、あれ」って思っているうちに、そいつは通り過ぎて行ったんだ。

 そうして、岩場の影にまぎれて見えなくなった。


 とりあえずその日は海から上がって、予約してた宿に向かった。

 荷物を置いて、宿に近い定食屋で早めの晩飯を食ったんだ。

 定食屋のおっちゃんが親しみやすい感じで、旅行者の俺を気遣ったのか何かと話しかけてくれた。

 で、俺は海の中で見た白いものについて話したんだよ。

 そうしたら、おっちゃんの顔色が急に変わってさ。

 俺とおっちゃんの話を聞いていた常連さんたちの顔からも笑みが消えたんだ。


 俺が「え? どうしたんです?」って聞いたら、おっちゃんが一言「そいつは、しろぐもだ」って言ったの。

 しろぐもなんて聞いたことがなかったから、それはどんな生き物なのか聞いたんだ。

 おっちゃんは「しろぐもってのは、生き物じゃねぇ。妖怪みたいなもんだよ。昔は海に入ると、『しろぐもを見た』って奴がたくさんいたんだ。最近じゃすっかり聞かなくなったが、まだこの辺りにいたのか……」って言って、しろぐもについて教えてくれた。


 しろぐもっていうのは、海の中を布の姿で漂っている妖怪みたいなもんで、気に入った人間をいざなうという。

 しろぐもの案内する先には『海の向こうの集落』があって、しろぐもに気に入られた人間はその『海の向こうの集落』で暮らすことになるんだそうだ。

 『海の向こうの集落』は何も不便なことがない。だが、喜びもない。そんな集落で、永遠の時間を生きることになると言い伝えられている。


「あんちゃん、悪いことは言わねぇ。あんたはもうこの海には入らん方がいい。しろぐもってのは、3回現れるんだ。1回目は気に入った人間の前に出てきて、目の前を通り過ぎていくだけだ。2回目は気が付いたらとなりで泳いでいて、ついてくる。3回目は先導して泳ぎだす。先導されたら、あとはついていくだけだ。『海の向こうの集落』まで、な」


 俺にとってはおとぎ話だし、到底信じられなかったよ。

 でもおっちゃんの顔も、常連さんたちの顔も真剣だった。それがかなり不気味だったな。

 俺は定食屋を出て、変な話を聞いたな〜って思ってた。

 とは言え宿もとったし、翌日も海に潜る予定だったんだ。なんせその日に見た海の中の光景がダイナミックでさ。また見たい、潜りたいって思ってたんだ。

 俺は「迷信だよなぁ」て呟いて、海を見た。

 ちょうど海の向こうに夕日が沈むところで、海はオレンジ色に染まってた。


 その、オレンジに染まった海に、何か、白いものが見えたんだ。

 距離が遠かったし、波がキラキラしてたから、俺の見間違いかもしれない。

 でも俺には、それがしろぐもに思えて仕方なかった。


 ――しろぐもが、俺が海に来るのを待っている。


 そう思ったら、一気に鳥肌が立ってさ。

 この海にまた潜りたいって気持ちが萎えたよ。

 結局、翌日は観光に切り替えて、海には潜らずに過ごして、家に帰ったよ。

 俺はもう、そこの海には一生潜れないと思う。

 でもさ、海って全部つながってるじゃないか。日本中、いや、世界中どこの海に潜ったとしても、気が付いたらしろぐもが俺のとなりを泳いでるんじゃないか。そう考えたら、スキューバダイビング自体、するのが怖くなっちゃった。

 なんか、スキューバダイビング以外のいい趣味、教えてくれない?



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