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もりとき怪談 第三集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


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トモナキ道


 旅行先の町の観光インフォメーションで「トモナキ道」という小径を紹介された。

 その辺りは江戸時代の面影を残す古い町並みが続いていて、大通りから少しはずれた小径は景観がいいのだと言う。

 いくつかある小径の中には、物語を持つ道もある。

 とある盗人が逃げる途中にその道で振り返り、首をはねられたことから、振り返ってはいけない道。

 その道で草履の鼻緒が切れると、運命の人に出会えると言われる道。

 トモナキ道もそんな道のひとつだ。

 いわく、誰かと一緒に歩くと、一緒に歩いた誰かを忘れてしまう道。

 友と歩くと友を忘れてしまうから『友無き道』といったところか。


 俺はおとぎ話だと一笑に付して、せっかくだからトモナキ道を歩いてみることにした。

 小径は人がふたり並んで歩ける程度の幅で、左右を木々が取り囲んで、昼でも少し薄暗い。かすかな木漏れ日が地面を彩る、なかなかに風情のある道だった。

 俺は足並みを合わせて、ゆっくりと歩いた。他愛のない会話もした。


 小径の出口に立ったときに、違和感を覚えて俺は自分の左隣を見た。

 そこには誰もいなかった。


 じゃあ俺は、一体誰に足並みを合わせて歩き、他愛のない会話をしたんだろうか。

 そもそもこの町を訪ねてみたいと言ったのは、誰だったのか。俺は、こんな町があるなんて、知らなかった。教えてもらったからネットや旅行ガイドで調べたけど、俺にこの町の存在を教えてくれたのは誰だったのか。

 会社の同僚? 友達? もっと近しい誰か……?

 俺は思い出そうとして、スマホを確認したが、写真のライブラリを見ても、メッセージアプリを見ても、ピンと来る人物がいない。旅先で撮った写真にも、風景写真か自撮り写真しか残っていない。


 でも。

 左手に、まだその誰かのぬくもりが残っているような気がした。

 もしかしたら、とんでもなく大切な誰かの存在を忘れてしまったんじゃないか。そんな不安が脳裏をかすめた。

 腑に落ちない気持ちのままホテルに向かう。部屋番号を伝えて、ルームキーを受け取る。部屋は、ツインルームだった。昨日もこの部屋に泊まった。部屋には俺のスーツケースしかない。

 なんで、わざわざツインルームを予約したのだろう。

 フロントに電話をかけて聞いてみると、宿泊者はひとり、ツインルームで予約されていた。事前に確認の電話もしたと言う。スマホの通話履歴を見てみたら、たしかにこのホテルからの電話番号が残っていた。

 俺は、ひとりで帰りの新幹線に乗った。グリーン車の俺の隣は誰も予約を入れていないのか、新幹線に乗ってから降りるまで、空席のままだった。


 トモナキ道を歩いてから、理由の分からない喪失感に襲われている。

 誰かと一緒にいたような感覚は残っている。でも事実、誰かと一緒に旅行をしたという記録はない。

 部屋はツインルームでも、荷物はなかった。ホテルの予約もひとり分。グリーン車の予約券も俺の分だけ。


 旅行が終わってからも、この不思議な喪失感はしばらく続いた。

 仕事の休憩時間、夜に帰宅してから、休日の朝。喪失感に襲われる。それでも俺の日常になんら変わりはない。

 会社の同僚も、友達にも、なんの変化もない。

 時折ふっと、顔が分からない誰か、名前が思い出せない誰かの存在を思うことはあったが、誰かが分からないなら、そんな人は存在していない。

 そう思うとき、なぜか胸が締め付けられるような寂しさがあった。


 仕事の休憩時間に、同僚が思い出したように言った。

「そういえば、最近彼女とはどうなの? そろそろプロポーズするの?」

 同僚の言葉に俺は固まった。

 俺の様子に、同僚はニヤニヤしながら「どうした、喧嘩でもしたのか?」なんて言ってくる。

「あー……。はは、そうなんだよ。しばらく口きいてもらえなくて」

 俺はごまかすように笑った。

「お前、それ早く謝った方がいいぞ。めっちゃいい娘だったじゃん」

「……んー。そうなんだけどな……」


 たしかに、いた気がする。

 華やかな人ではない。

 隣にいると安心する、ふんわりとした笑顔。

 思い出せそうで、思い出せない。


 家に帰ってからパソコンのフォトライブラリを確認しても、俺の隣には誰もいない。記憶の中のおぼろげな会話の断片を集めてみても、相手の輪郭はぼやけたままだ。

 もしかして、トモナキ道で俺の隣を歩いていたのは……。

 思い出そうとすると、記憶に霧がかかったように何も思い出せない。

 誰かを喪った。そのことだけは痛いくらいに分かる。


 どうか、この文章を読んだ人は、トモナキ道を誰かと歩かないようにしてほしい。

 あの道は、本当に誰かを喪ってしまう――



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