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もりとき怪談 第三集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


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持ち帰った人形


 大学生のときに、あまり乗り気じゃなかったんですが肝試しに行ったんです。

 友達と一緒に行った旅行先に廃墟になった遊園地がありました。大きなテーマパークではなくて、その地域の小さな遊園地って感じでした。入口の看板はすっかり錆びていましたが、「入場500円」の文字が読み取れました。


 柵のペンキは剥げて、草がぼうぼうに生えています。柵の下にある塀には、スプレーの落書きがたくさんありました。そんな外観ですし、周囲に人影はありませんでした。

 私達は懐中電灯を手に、園内を進みました。

 私はあまり幽霊とかは信じていなかったので、そんなに怖いとは思いませんでした。

 小さな観覧車、短いジェットコースター、チューリップの形をしたコーヒーカップ。

 過去にはたくさんの子どもたちを喜ばせたであろうアトラクションが、汚れ、錆びついて、ただそこに存在している。そんな寂しい場所でした。

 でも、友達はキャアキャアと、肝試しを楽しんでいる様子でした。


 友達の後についていくと、ふと、視線を感じました。

 立ち止まって周囲を見てみると、ボロボロのベンチに、アンティークドールのような人形が一体、座っていました。

 近付いて拾い上げてみると、まるでさっきまで店頭に並んでいたんじゃないかと思うくらい、きれいな人形でした。

 白磁の肌には汚れひとつなく、ガラスの瞳が月夜に光っています。髪はけむるようなブロンド。白いレースがふんだんに施された黒いドレスも、同じ色のヘッドドレスにも、ほつれたところなんてありません。

 私はその人形に魅了されてしまって、あろうことか、それを持ち帰ってしまったのです。

 友達には気味悪がられ、置いていった方がいいと言われました。しかし、この子をこんな寂しい遊園地に置いていくなんて選択肢は、私にはありませんでした。


 家に持ち帰って、私は自室のベッドのヘッドボードに人形を飾りました。

 親には旅行先で気に入って買ってきたと伝えました。私は人形の髪を梳いたり、ネットで新しい服を購入したりと、幼い女の子のようにその人形を可愛がりました。

 人形も、どこか嬉しそうな淡い笑みを、その口元に浮かべていました。

 ただ、その人形を持ち帰ってから、不思議なことが起こるようになったのです。


 深夜、子守唄のような歌が聞こえて目を覚ますことがありました。

 私が目覚めると歌はピタリと止まってしまうのですが、子守唄が聞こえることは何度もありました。

 出かける身支度をして、全身鏡を覗き込んだときに、足元に人形が映り込むこともありました。「あれ?」と思って注意を向けると、鏡の中に人形の姿はありません。ちゃんとベッドボードに座っています。

 新調したヘッドドレスが気に入らないのか、朝になるとヘッドドレスの紐がほどけて床に落ちている。それだけならまだしも、靴が落ちていることもありました。ヘッドドレスならまだ結び方が悪かったと説明がつきますが、靴が勝手に脱げるなんて、そんなことあるでしょうか。


 少し気味が悪いと思わなくもなかったですが、それ以上にこの人形を手放したくなくて、ずっと大切にしていました。

 すると、今度は母親が「あなた、あの人形が本当に好きなのねぇ。小さい頃にデパートで見かけて、買ってくれなきゃ帰らないってお店の前に座り込んで。あなたがあんなわがままを言ったの、あれくらいしか記憶にないわ。ちゃんと今でも大事にしてるんだから、立派なもんよ」なんて言い出したんです。


 あの人形は私が遊園地から持ち帰ったもので、母に買ってもらったものではありません。母が、存在しない記憶を語り出したんです。持ち帰ったときに「旅行先で買った」とたしかに告げましたし、母も「そうなの、きれいな人形ねぇ」って言ってたのを覚えています。

 私はそれを伝えましたが、母は私が小さい頃に買ったものだと譲りませんでした。

 これはさすがに怖くなってきました。もしかしたら、あの人形が母の記憶を改竄したのではないか。夜な夜な、みんなが寝静まった頃に動き出し、眠る母に近付いて……。そんな想像をしたら、私はとんでもないものを家に引き込んだのではないかと思えてきました。


 でも、私と人形の日々は、あっさり終了したのです。

 母とそんな会話をした日の夜、私はコトリ、コツ、コツ……という小さな音で目を覚ましました。

 起き上がって見てみると、人形がフローリングの上を歩いていました。

 私は目覚めていたのですが、同時に「これは夢だ」とも思いました。私は人形に向かって「どこに行くの?」と声をかけました。不思議と、怖さは感じませんでした。

 人形は振り返って「ここは、私のおうちじゃない。だから、おうちに帰るの」と言い、また歩き出しました。

 人形がドアの前に立つと、ドアはひとりでに開きます。

「そう、気を付けてね。さようなら」

 私がそう言うと、人形は感情のない声で「さよなら」と言って私の部屋を出ていきました。

 また、部屋のドアがひとりでに閉まり、小さな足音が遠のいていきます。私はその音が聞こえなくなると、ベッドに横になりました。


 翌朝、起きるとベッドボードに人形の姿はありませんでした。

 人形が出ていったのは夢の中でのことだと思っていたので、母に人形を知らないか確認したんです。

 すると母からは「そんな人形、うちにあった?」と返ってきました。今度は、家族全員の記憶から人形のことは消えていました。一緒に肝試しに行った友達も、人形のことを覚えていませんでした。

 あの人形は、本当の家にちゃんと帰れたんでしょうか。

 


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