夢の中の私
これは私が大学生だった頃の、不思議な夢にまつわる話です。
大学2年生になると大学生活にも慣れて、私にも彼氏ができました。バイトも始めて、友達と遊びに行ったりと、充実したキャンパスライフを送っていました。
そんな大学2年生の夏休みを過ぎた頃、私は変な夢を見るようになりました。
私は地面の上にうつ伏せで倒れています。土の上ではなく、レンガっぽい灰色のタイルの上に倒れているんです。そのタイルの上に、徐々に赤黒い液体が広がっていきます。
最初の夢は、そこまででした。
そしてこの夢は、連日続きました。私は夢が始まると「あ、いつもの夢だ」と気が付くようになりました。
ここは一体どこで、私はなんで倒れているのだろう。
体を動かそうとしても、動きませんでした。
体は動きませんが、首の角度を変えたり、視線を動かしたりはできました。そして私が倒れている場所は、大学の教室棟と食堂の間の道であることが分かりました。食堂の周りにはぐるりと椿の生垣があるんです。椿の花が咲いていたので、食堂だと分かりました。
そして、赤黒い液体。これは、私の血であることも分かりました。
夢の中で痛みを感じることはありませんでしたが、多分、何ヶ所か刺されている。そのために出血しているんだって感じました。
つまりこれは、私が殺される夢。
自分が殺される夢を毎晩、見るようになったんです。さすがに毎晩そんな夢を見ると気が滅入ってしまって、彼も友達も私の顔色が日に日に悪くなることを心配してくれました。
病院で睡眠薬を処方してもらいましたが、夢は見続けました。
季節は秋をすぎて、冬になっていましたから、もう3ヶ月近く同じ夢を見ていました。
いつものように、私は血の海に横たわっています。可能な限り首を動かすと、私の傍らに、誰か立っているのに気が付きました。
私はどうにか首を伸ばして、その人物の顔を見ようとしました。
横たわる私の傍に立つ男性に、私は見覚えがありました。同じ学科の同級生です。一度、授業で同じグループになったことがあります。
彼が、なぜ? というか、彼が私を刺したの? 私、何か彼に恨まれるようなことをした?
そんなことを考えながら、私は目を覚ましました。
彼――アライ君は、大学内でもあまり目立たないタイプでした。
でも夢の中にいたのがアライ君だと気が付いてしまうと、私はついつい彼を目で追ってしまいます。
私の視線を感じたのか、授業が終わってざわめく教室の中を、アライ君が近付いて来ました。もしかして夢の中のように、アライ君が私に危害を加えるのではないかと思って、身構えました。
アライ君は私の目の前に立つと「お前、今付き合ってる男に、殺されるぞ」とだけ言って私から離れました。
私は慌てて、彼を追いかけました。アライ君はあまり私と話したくないのか、足早に廊下を進んでいきます。
教室棟から出たところで、私はアライ君に追いつきました。私は彼の腕を掴んで「ねぇ、私が殺されるって、どういうこと?」って聞きました。アライ君は言いにくそうにしてましたが「別に信じなくていいけど」と前置きをして語り始めました。
「夏休みを過ぎた頃から、夢を見るんだ。俺が食堂から出てきたところで、お前が男と揉めていて、刺されるんだ。お前が倒れて、男が逃げる。ちょうど、あの辺りで」
そう言って彼が指さした場所は、まさに私が夢の中で血まみれになって倒れている場所でした。
「気になって、お前のことを見てたんだ。そしたら、夢の中でお前を刺した男とお前が付き合ってるって分かった。ただの夢だけど、夢の中では椿が咲いているから、冬の出来事のような気がして……」
私も、アライ君に自分が見ている夢の内容を伝えました。アライ君は驚いた顔をしていましたが、所詮は夢です。アライ君は「でも、気を付けられるんなら、気を付けた方がいいよ」と言って、去って行きました。
アライ君の背中を見送って、教室棟の方に向き直ると、彼氏が私のことを見ていました。その目はどこか暗くて、心底ゾッとしました。
それから私は、学校にいる間はなるべく友達と一緒にいるようにしました。夢のことを相談できるのはアライ君しかいなかったので、アライ君と話す機会も増えました。アライ君は気を使ってくれたのか、私の友達がどうしても都合がつかないときは私と一緒にいてくれて、家まで送ってくれたこともありました。
彼氏とは、物理的にも心理的にも距離が離れていき、私は彼氏からの連絡にも応じないことが増えました。私と連絡が取れないことに苛立った彼氏に詰め寄られることもあったのですが、そういうときはアライ君が間に入ってくれることが多かったです。
椿が散って、大学3年生になった頃、彼氏が女性を切りつけたとのことで逮捕されたと聞きました。そのまま退学になったそうで、それ以来、彼とは会っていません。
私が夢の中でアライ君の存在に気が付いていなかったら、もしかしたら切りつけられていたのは私だったのかもしれません。あるいは夢の中のように、殺されていたのかも……なんて思います。




