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もりとき怪談 第三集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


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罪を数える


 最初は、寝ぼけてるんだと思ってた。だから、目の前にあるものが幻覚だと思ったんだ。

 俺は寝室にいた。横では妻と2歳になる娘がすうすうと寝息を立てている。

 俺は仰向けになっていて、常夜灯のぼんやりとした光の中で、天井からぶら下がっている女を見ていた。

 徐々に意識がはっきりしてきて、目の前の光景の異様さに気が付いた。起き上がろうとしたけど、体は動かない。金縛りってやつ。声も出せなかった。

 女は天井に足の裏をくっつけて、身をよじるようにして両腕を俺に伸ばした。

 俺はこの日ほど、ベッドじゃなくて布団で寝てて良かったって思ったことはないよ。女の手は、ギリギリ俺には届かなかった。

 ただ、女の長い髪が俺の鼻先や頬に当たって、その感覚は気持ち悪かった。でも長い髪に隠れて顔が見えなかったことも、ちょっとありがたいと思ってる。


 やがて女は「あああ」と声を出した。ひどくしわがれた、聞き取りにくい声だった。

「ミフネ駄菓子店、ラムネを3つ盗んだ」

「3年2組、タジマユウキ、机を隠した」

 女はそんなことを言った。

 その言葉を聞いて、心臓が凍りそうになった。

 女が言ったことは、誰にも言っていない俺自身の過去の行いだった。


 ミフネ駄菓子店は、俺の小学校の近くにあった駄菓子屋だった。おっとりとした婆さんが店番をしてて、俺は小学校5年生の頃に、ラムネ菓子を遊び半分で万引きした。もちろん、悪いことだとは分かってたから、その1回だけだ。

 それにタジマユウキ。中学3年生のときに、受験のストレスのはけ口にしてたクラスメイトだ。いつもおどおどしてて、何をしても抵抗しなかった。別に、ひどいイジメをしてたわけじゃない。ちょっと小突いたり、仲間はずれにしてただけだ。机を隠したのだって、いつもの軽いノリの延長だった。でもタジマは、そのあと学校に来なくなって、卒業式にも出てこなかった。


 気が付いたら、朝になってた。2歳の娘に顔を叩かれるという手荒い方法で起こされた。娘の楽しそうな顔と、漂ってくる朝食の匂いに、夜に見たものはやっぱり夢かなんかだったんじゃないかと思った。

 でも、そんな淡い期待は、打ち砕かれた。

 その日の夜も、あの女が天井にぶら下がっていたんだ。


「高校の文化祭、後輩、倉庫に閉じ込めた」

「拾った財布、中身を抜き取った」


 天井からぶら下がる女は、過去の俺の罪を暴いていったんだ。

 この女は何者なんだ。なんで誰にも言っていない俺の過去を知っているんだ。

 俺だって反省してる。こんな過去、全部忘れてしまいたいけど、トゲみたいにずっと心に刺さってるんだ。

 心の痛みを刺激されて、俺は日々イライラするようになった。些細なことで子どもを怒鳴りつけてしまうこともあったし、話しかけてきた妻に冷たい態度をしてしまった。

 妻に「何かあったの?」と聞かれたから、俺は思わず「俺、寝てるときに、うなされたりしてないか?」って確認したんだ。すると妻は「私も寝てるから分からないな」って答えた。

 まぁ、俺の罪を告発するあの女の声が、俺以外に聞こえてないのなら、それでいい。あの女が何を言おうと、俺は俺の秘密を墓場まで持っていくだけだ。

 そう、割り切っていた。


 昨日の夜も、あの女は現れた。

 いつものように天井からぶら下がって、俺に向かって手を伸ばす。女の長い髪が、俺の顔を撫でる。

「職場の後輩、理不尽に叱責した」

 女の言葉に、後輩の顔が脳裏をよぎった。悔しそうに、眉間にシワを寄せていた。それに、周りにいた連中。あいつらも何かをささやき合うようにして、俺を遠巻きに見ていた。


「妻の妊娠中、ネットで知り合った女とホテルに行った」


 コイツ。

 そんなことまで知ってるのか。

 誰にも聞かれてはいないと分かっていても、俺の心臓はドクリと大きく鳴った。

 その瞬間、となりで眠っていた妻が起き上がって、俺に馬乗りになって首を締めてきた。突然のことで、パニックになった。体はまだ金縛りで動かない。抵抗なんてできなかった。

 見上げた妻の顔を、天井からぶら下がった女の髪が覆っていて、妻がどんな表情で俺を見ているのかは分からなかった。

 妻のどこにそんな力があるのか、俺の首は彼女の細い指に締め上げられて、俺は呼吸ができずに気を失った。


 目を覚ましたときには、すっかり朝になっていた。

 枕元のスマホを手に取ると、すでに8時を過ぎていて「なんで起こしてくれなかったんだよ」って言いながら寝室のふすまを開けたんだ。

 寝室の隣はダイニングで、いつもならそこに妻と娘がいる。はずだった。

 でもふたりの姿はなくて、家の中は妙に片付いてた。

 ダイニングテーブルにはメモがあって、メモには「しばらく実家に戻ります。連絡はしないでください。時が来たら、こちらから連絡します。」って妻の字で書いてあった。

 なんだよ、これ。

 はっとして、俺は洗面台に向かった。

 鏡で確認したら、俺の首には皮下出血したような痕が残ってた。


 ということは、昨日の夜の出来事は、夢じゃないってこと?

 妻にもあの女の声は聞こえてたのか? それでカッとなって、俺の首を締めたんだろうか。

 もし、俺がこれまで誰にも言ってこなかった俺自身の過去の行いを、あの女の声を通して妻も知っていたとしたら……。

 俺は、どうしたらいいんだ。



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