木に還る
俺が今まで昔話だと思っていたのが、実は本当だったかもしれないって話なんだけどさ。
図書館の地元資料みたいなやつにも、その昔話は載ってる。
俺が小学生のときに「町の歴史を調べよう」みたいな授業をやったんだ。そのときも、その話は出てきた。
昔話の内容を説明するとこんな感じだ。
むかしむかし、◯◯町がまだ村だった頃の話。
村には親孝行で評判の伊作という男が住んでいた。親孝行なだけでなく、伊作は村に住んでいる老人には誰にでも親切にしていたので、みんな伊作のことが大好きだった。
ある年の冬、伊作は流行病にかかって亡くなってしまった。伊作の親や村人達は嘆き悲しみ、盛大に弔った。
どこからか種が運ばれてきたのか、伊作の墓からはケヤキが芽を出し、ぐんぐんと育っていった。成長したケヤキの幹に浮かぶコブや節が、やがて目鼻のような形に整って、すっかり伊作と同じ顔が浮かび上がった。
ケヤキに浮かんだ伊作の顔は夜になると涙を流し、「おっかぁより先に死んじまって申し訳ない。おっとぉの手伝いができなくて申し訳ない」と囁いた。
死してなお親を思う伊作の心に村人達は心を打たれ、徳の高い僧を呼び、お教を唱えてもらったそうだ。
そのケヤキは「伊作のケヤキ」と呼ばれ、今でも◯◯町1丁目に残っている。
実際に俺の町には「伊作のケヤキ」は残っていて、小学生のときはケヤキの幹を見ながら「あれが伊作の顔じゃないか」とか友達と話し合ってた。
で、実は俺が住んでいる町には、こういった昔話が多いんだ。
こういったってのは、誰それが亡くなって、その顔が木の幹に浮かんで後悔を口にするって話だ。
それに気がついたのは、高校生の頃。
調べ学習で俺は地元の観光開発をテーマにしようと思って「伊作のケヤキ」を中心に俺が住んでいる町の観光ルートを調べたんだ。
それで、町の資料を調べていたら、やたらこの手の話が出てくる。
だから俺は「気になる! 木になった人々を巡る◯◯町観光マップ」ってのを作った。これは大ウケだったよ。
実際に調べてみたら、人間の顔が浮かび上がったとされる木は、町の至るところでちゃんと保存されてたんだ。
どれも雰囲気のある木ではあったけど、明確に顔だと分かるようなものはなかったし、夜まで待ってみても後悔を口にするなんてことはなかったよ。
当然、俺はこんなのただの昔話だと思ってたよ。
でもこの間、それが本当にある話なんじゃないかって思ったんだ。
その日は、友達と遊んだ帰りで、夜11時くらいにひとりで歩いてたんだ。
最近は何かと物騒だから、車通りがそこそこある広い道を通って帰ってたんだよ。車は時々通るけど、通りにはほとんど人がいなかった。
街灯が等間隔にある通りだったから、そこそこ明るかったんだ。でも街路樹も植えられていて、葉っぱで光が遮られてるところもあった。
俺の視界の範囲には誰もいなかった。
誰もいなかったのに、呻くような声が聞こえてきたんだ。誰かいるのかと思ったけど、見渡してみても誰もいない。道路の向こう側にも誰もいない。
車が1台通り過ぎると、あたりは静かになった。
するとやっぱり、呻くような声。その声は、俺が立っている場所より少し先から聞こえてきた。
耳をすませてみると「帰りたい……寒い……」って聞こえた。若い女性の声だった。
たしかに声は聞こえるのに、姿は見えない。
もしかして、幽霊……?
ゾッとして、俺は早足で家に向かった。
街路樹の横を通り過ぎようとしたとき、「私も……」と聞こえたような気がした。
俺は反射的に、声がした方向に目を向けてしまった。
そこにあったのは、ただの街路樹……のはずだった。
でも、その街路樹には、明らかに人間の顔のようなものが浮かんでいた。それが涙を流しながら「私も一緒に連れていって」と言った。
もう、ダッシュで逃げ帰ったよ。
家に帰ったら、まだ両親が起きてたから、俺は自分が見たものを一生懸命説明したんだ。
そうしたら父親は息をついて「だから、この町には伐れない木が多いんだよ」って言った。
母親も「若い女の人ってことは、Aさんのところかしら。最近、娘さんが病気で亡くなったって……」なんて言ってた。父親は「滅多なこと言うな」って母親を叱ってた。
この町に長く住んでたら当たり前みたいな話なのかもしれないって思って、余計にゾッとしたよ。
俺、就職したら絶対にこの町から出ていく。




