山喰い婆
僕は趣味でフィールドワークをしています。
フィールドワークと言ってもそんな大層なものではなくて、地域の老人の昔話を聞いて不思議な話を集める。そんな感じです。
今回のお話は、とある山間の集落に住んでいたという女性が、子どもの頃に聞いた昔話だそうです。
集めた話は伝聞調ではなく物語として書いているので、少し読みにくいかも知れませんがご容赦ください。
集落には「山に入ったら、欲を出すな」という掟があった。
物心つくと親や祖父母から何度となく言い聞かせられる言葉だ。山に入って山菜を採って日々の糧とする生活においては、山菜の採り過ぎを防ぐ必要がある。
来年にも十分に芽吹く程度の山菜は、山に残しておかねばならない。
そのためか「山菜を採り過ぎると”山喰い婆”がやってきて、山菜を採った者を食べてしまう」と年寄り達は口をそろえるのだった。
子どもの頃からやんちゃだった喜平は、豪胆で独りよがりな性格のまま青年になった。
「誰もいねぇ山に生えてるもんだ。採ったもん勝ちだろ。春になりゃ、わらび、ぜんまい、たらの芽がたんと出てくる。山は広いんだ。いくら採っても採りきれやしねぇ」
そう笑って山に入っては、籠いっぱいに山菜を採って帰ってきた。
喜平の後に山に入った者は、山菜が生える場所が荒らされているのを見て、怒りに震えた。これだけ根こそぎ持っていっては、来年はこの場所では山菜は芽吹かない。
しかし同時に、恐怖にも震えた。
これはやりすぎだ。山喰い婆が出るかもしれない。
そんな村人達の様子を、喜平は笑い飛ばすだけだった。
その翌朝、喜平は姿を消していた。
喜平の姿を見かけないことを気にかけた村人たちが喜平の家に行くと、喜平の姿はなかった。喜平と一緒に暮らしていた喜平の母は怯えた様子で座り込んでおり、村人が何を尋ねても首を横に振るだけだった。
村人達は山の中を探したが、喜平の姿はどこにもなかった。ただ、斜面には踏み荒らされた跡があった。ひとつは成人男性の足跡と思われたが、もうひとつの足跡はそれより二周りは大きいものだった。
喜平がいなくなった翌年の春のある日。
喜平の家の裏手には、いつの間にか盛土が作られていた。
喜平の母は秋口に体調を崩し、そのまま帰らぬ人となったため喜平の家は無人だった。村人の誰に聞いても、盛土はその日、唐突に現れたと言った。
その盛土には、奇妙なことにわらびやぜんまいといった山菜がところ狭しと生えていた。
ほとんどの村人は気味悪がって近寄ろうとしなかったが、欲に駆られた男が「今年は村の周辺では山菜が採れなかったじゃねぇか。これは山の神からの恵みに違いねぇ」と言って、山菜を採り始めた。
しばらくすると、男が急に悲鳴を上げた。
何事かと思ってみてみると、山菜がなくなった場所から、白い何かが覗いていた。
土をどけて見てみると、それは頭蓋骨だった。
もしやと思って掘り返す。するとちょうど人間ひとり分の骨が出てきた。
その様子を見ていた村の古老は静かに語った。
「山喰い婆は、人の欲をその肉とともに食らう。そして残った骨は山になり、次の年に新しい命を芽吹かせると、祖父から聞いたことがある。これは、喜平だろうよ……」
古老が骨に手を合わせると、それに習って村人達も手を合わせた。
喜平のものと思われる骨は母親とともに墓に埋められ、誰も喜平の家の盛土には触れなくなった。
その盛土は、翌春も、その次の春も、青々と山菜が茂るのだった。
この話を聞かせてくれた女性も、実際に喜平の家の裏とされる場所に生える山菜を見たことがあるそうです。
そこだけは村の土とは異なるように、少し不気味なくらい鮮やかな緑で、山菜がこんもりと生えていたとのことでした。
しかし、そんな状態でもそこから山菜を採る者はいなかったとのことでした。




