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もりとき怪談 第三集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


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妊婦の幽霊


 初めての妊娠で精神が不安定になっているのだと言われたら、それだけの話なんですが……。

 どうしても嫌な考えが頭の中をぐるぐるしてしまうので、話を聞いてもらえますか?


 きっかけは、夫に抱いた不信感でした。

 私が妊娠してから夫の態度が変わったんです。もちろん、私の思い込みかもしれません。

 でも、私が話しかけても上の空だったり、ずっと携帯を手放さなかったり。トイレの中にまで持ち込むんです。それに、ときどき私の膨らんだお腹を見てため息をつくこともありました。

 そんな態度をされると……疑っちゃいますよね、不倫。

 妻の妊娠中に、なんて、よく聞く話ですし。


 こんなことを相談できる人がいないし、私の両親も遠くに住んでいましたから、完全に孤立してました。誰にも頼ることができなくて、不安と孤独の中にいたんです。

 そんな状況だったからか、私、夕食の買い物帰りに体調が悪くなっちゃって。

 家の近くの電柱に手をついて休んでいると、近所に住んでいるスギサキさんが親切に声をかけてくれたんです。

 それまで彼のことはなんとも思っていなかったんですが、やさしく声をかけてくれて、家まで送ってくれた。

 そんなことが、私には砂漠で一杯の水をもらったような救いになったんです。

 そして……気付けばあえて彼の家の前を通ったり、彼の姿を探すことが日課になっていました。


 やがて、彼の夢も見るようになりました。

 夢の中の私も、現実の私と同じように、彼の姿を遠くから眺めるだけ。

 玄関の前を掃除しながら、買物途中に、道端で、そっと静かに。

 もちろん、私は夫のことを愛してます。お腹の中にいる子どもが生まれてきて、これからもっと幸せな家庭になるんだって思ってました。

 だからスギサキさんへの気持ちなんて存在しない。好意は抱いていても、この好意は恋愛的なものではない。それに彼は既婚者で、お子さんもいます。

 夢に見るほど彼を見つめていたのに、私は自分にそう言い聞かせてました。


 そんなある日、晩ご飯を食べている夫は神妙な顔をしていました。

 息が詰まるような時間でした。もしかしたらこれから、離婚を切り出されるのかもしれない。そう思って、ドキドキしました。

 夫はしばらく沈黙した後に、こんなことを言ったんです。


「変なことを聞くんだけどさ。お前、このあたりで妊婦の幽霊って見たことある?」


 思わぬ言葉に、私はぽかんとしてしまいました。

 妊婦の幽霊の話をされるだなんて、夢にも思いませんでした。


「近所で噂になってるんだよ。妊婦の幽霊」

「なぁに、それ。聞いたことない」

「なんでも、夜な夜な妊婦の幽霊が、ご近所の家の窓から、家の中を覗こうとしているらしい」

「それって本当に、幽霊?」

「俺は見たことないから分からないけど……」

「それが幽霊だとして、どんな目的があるの? もしかして、子どもを生む前に亡くなった妊婦が、幽霊になって同じ妊婦を呪い殺そうとしている……とか?」

「俺もそんな感じのことを考えたんだけどさ、どうもその妊婦の幽霊、ずっと同じ家を見てるみたいなんだ」

「もしかして……うち?」

「違う違う。ごめん、怖がらせちゃった? ご近所の、スギサキさんの家。あそこなんだよ」


 スギサキ、という名前を聞いて、私はドキリとしました。

 スギサキさんの家を覗いている、妊婦の幽霊……?


「その……妊婦の幽霊って、どんな外見なの?」

「顔はぼやけて見えないらしいけど、髪の長い女性って話だよ。スギサキさん家の旦那さん、もしかして浮気でもしてて、その浮気相手の生霊でも憑いてるんじゃないかって噂だよ」

「……ダメだよ、そんな風に言っちゃ。スギサキさんの奥さんだって、そんな話が耳に入ったら不安になるでしょ。お子さんだってまだ小さいじゃない」

「はは、そうだよな」


 この話は、それでおしまいでした。

 髪の長い妊婦。

 その条件は、私にも当てはまります。でも、髪の長い妊婦なんて、いくらでもいますよね。

 それなのに、なんでか私、その妊婦の幽霊が自分のような気がしてしまうんです。

 私はただ夢を見ているだけ。

 スギサキさんの旦那さんを、遠くから見つめる夢。


 けれど、夢を見ている私の体から魂が抜け出して、スギサキさんの家の窓からスギサキさんを見つめている。

 そんな風に思えてならないんです。

 私自身には、それを確かめるすべはありません。



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