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もりとき怪談 第三集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


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犬の鳴き声


 隣の家は、犬を飼ってるんだよね。

 ……犬を飼ってた、なのかな?

 俺の家のリビングにある窓から、となりの家の庭が見えてさ。その庭に面して、おとなりの縁側と窓があるんだ。その窓から、柴犬が見えてさ。俺が小学1年生のときにおとなりが飼い始めて、よく庭で犬と遊ばせてもらったんだ。


 で、この犬が、けっこう吠えるタイプだったんだよ。

 柴犬って番犬向けだし、吠えるときもだいたいは旦那さんが仕事に行くときとか、来客が来たときだから、そんなもんだろうと思ってた。

 でもいつからだったか、深夜にも吠えるようになったんだ。

 その鳴き声が、なんとも切ないんだよ。切ないっていうか、表現が難しいんだけど、引き裂かれるような鳴き声っていうのかな。

 遠吠えともちょっと違う。聞こえるのが深夜だから、よりそんな気持ちになるのかもしれない。

 聞いてて気が滅入るような鳴き声だったよ。


 深夜の鳴き声は毎日のように聞こえてたのに、日中の鳴き声はぜんぜん聞こえなくなってた。

 俺が中学に入ってからは道端で会ったときに撫でさせてもらう程度だったけど、高校生になった頃にはあまり外で会うこともなくなった。

 ここ最近は、さっぱり見かけることはなかった。

 犬の年齢的には10歳を超えてただろうし、柴犬ならシニアだろ?

 だからボケちゃったのかなって思ってた。


 しかし、深夜の鳴き声には本当に参った。

 鳴き声で目が覚めちゃうし、鳴き声を聞いていると、切ないような、不安な気持ちになってくる。

 鳴き声を上げているのがシニア犬だと思うと、忍び寄る死を感じさせて、余計悲しい気分になったよ。

 親に話したこともあったんだけど、親はよっぽど深く眠っているのか、そんな鳴き声は聞いたことないっていうんだ。

 歳を取ると耳も遠くなるっていうし、親がちょっとうらやましかった。


 その日の夜も、犬の鳴き声で目が覚めた。

 不規則に耳に入る鳴き声に、俺は再度寝付くこともできず、布団の中で寝返りを打った。

 寝よう寝ようと思って、うつらうつらすると、鳴き声に起こされる。

 俺はたまらなくなって、両親を起こさないようにリビングへ向かった。

 リビングの窓を開けておとなりを見る。縁側に面した窓は夜になると雨戸が閉まっているんだけど、その日は開いてたんだ。


 常夜灯っていうのかな。暗く電気がついててさ。家の中の様子が、うっすらと見える。

 その薄暗がりの中で、四つ足の何かが動き回っていた。たぶん、柴犬だろう。やっぱりボケちゃって、こんな深夜に部屋の中を徘徊しながら吠えてるんだろうな、と思った。

 そのとき、雲間に隠れていた月が出てきたのか、周囲がちょっとだけ明るくなった。

 闇に目が慣れたのもあったのかもしれない。

 俺はおとなりの家の中で動き回っているものの姿を、正しく認識したんだ。


 犬だと思ったそれは、顔は犬だったけど、体は人間だった。

 大人になりきっていない、少年のような体。その体に、犬の頭がついてる。それが家の中を動き回り、ときどき鳴き声を上げる。

 まるで仲間を呼ぶような、切なくて引き裂かれるような、遠吠えに似た鳴き声。

 吠える口からは、よだれがダラダラ垂れているのが見える。

 よくよく見ると、その体は痩せこけていて、服は着てない。


 俺は思わず「うわっ」と声を出してしまった。

 でもそれは大きな声じゃなかったし、うちの窓も、おとなりの窓も閉まっていたから、誰にも聞こえない声のはずだ。

 そのはずなのに、犬は俺の声に気付いたようにピタリと動きを止めた。

 犬の顔が、ゆっくりと俺の方に向けられる。

 距離があったし、暗いし、実際のところはどうだか分からないけど、その目は犬じゃなくて、人間の目だった気がする。


 その後のことはあんまり覚えてないけど、気が付いたら朝で、ベッドの上で目覚めた。たぶん、自分の部屋まで普通に帰ったんだと思う。

 それ以来、深夜に犬の鳴き声を聞くことはなくなった。

 俺の安眠も戻ってきた……んだけど、やっぱり深夜にふっと目が覚めるときがある。

 そういうとき、おとなりの庭からは何かが駆け回るような音と、ハァハァとした息の音が聞こえる。

 あの犬がおとなりの家から出てきて庭にいるんじゃないか。

 そう思うけど、俺にはカーテンを開けて窓の外を確認する勇気はないよ。

 


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