自業自得
私の職場にいた、Aさんという女性の話です。
私の目から見て、Aさんは仕事ができる完璧主義の女性って感じでした。身綺麗にしていて、化粧も常に流行を取り入れつつ、Aさんの個性も引き立てている。テキパキと指示を飛ばして、男性社員に混ざってしっかり自分の意見を言える。そんな女性です。
素敵な旦那さんもいて、お子さんはまだでしたけど、今は仕事を優先しているのかなって感じでした。
そんなAさんだったのですが、ひとつ、悪い癖がありました。
些細な失敗や不安の予兆を、大袈裟に捉えるんです。私が彼女のことを完璧主義だと思っていたのも、その癖のせいでした。
彼女の言う些細な失敗や不安の予兆は、本当に取るに足らないようなことなんです。
「欠かさず手入れをしていたのに、庭の花に元気がない。もしかしたら悪いことが起きるかもしれない」
「今日のプレゼン、言い間違えたところがあった。この企画はきっと上手くいかない」
「先方と話をしてきたけど、資料にクリップの跡がついてた。これは全体の評価を下げることにつながるだろう」
始終、こんな感じなんです。
私達から見れば仕事も家庭も問題ないのに、Aさんはなんでも悲観的に捉え、自分は不幸だと言いたげでした。
そのたびに私達は「考えすぎですよ」とか「そんなことない、大丈夫ですよ」なんて声をかけてたんです。
でも彼女は私達の言葉を否定して「いや、きっと悪いことが起きる」と言っていました。
そしてある日、Aさんは本当に不幸な目にあいました。
仕事で大きめの失敗をしたんです。内容は身バレが怖いので言えませんが、会社のホームページに謝罪文が掲載されるような失敗でした。
さらにほぼ同時期に、旦那さんの浮気が発覚しました。別の女性を妊娠させてしまったとかで、かなりの修羅場だったみたいです。
精神的に追い詰められたAさんはしばらくの休職ののち、結局この職場を辞めてしまいました。
Aさんのことについて、私が忘れられないのは、Bさんの言葉です。
Aさんが休職しているときに、休憩中にAさんの話題になりました。
そのときにBさんが「そりゃ、ああなるわよ。自分で不幸を呼び込んでるんだもん。彼女、真っ黒だったし」と語りました。
私が「真っ黒って、どういうこと?」と聞き返すと、Bは少し声を潜めてこんな話をしたんです。
Bさんの目には、Aさんがネガティブな発言をするたびに、黒い糸のようなものが伸びてきて、彼女にまとわりついていくように見えたんだそうです。
庭の花の話をした日は、彼女の背中から黒い糸が何本も尾を引くようになびいていた。
プレゼンの話をした日は、黒い糸が束になって、まるで指のような形になって彼女の肩を掴んでいた。
クリップの跡の話をした日は、黒い糸でできた手がAさんを後ろから包み込むように抱きしめていた。
始めは些細な糸だった黒いものが、やがて指になり、手になり……とはっきりと形をなしていく。
Aさんが語っていた不幸の”予兆”は、”予兆”ではなく”実体”へと変化していくように、Bさんには見えていたんです。
BさんはそんなAさんをどうにかしたくて「大丈夫、気にしちゃダメ」と声をかけていたけれど、Aさんの強固な「私は不幸だ」という考えを変えることはできませんでした。
そしてAさんが仕事で大きな失敗をしたことが判明した日。あの日の彼女は、黒いモヤで全身が覆われていて、まるで不幸の渦へと飲み込まれていくようだったそうです。
「周りがいくら言ったって、本人が『自分は不幸だ』って思い込んでる。それじゃあ、自分で自分を不幸にしているようなもんよね。別に『私はツイてる!』『私はみんなから愛されてる!』みたいなキラキラした考えを持てって話ではないけど、やっぱり悪い思い込みは程々にしないと。今回の結果は、自業自得みたいなもんかなぁ」
自業自得……。
私はその言葉に、ぞっとしました。
私も少しネガティブに考えすぎてしまうところがあるので、もしかしたら私にも黒い糸が巻き付いているのかもしれない。
そんな想像をしてしまいました。
もちろん、Bさんに「私にも黒い糸が巻き付いてる?」なんて、聞けませんでしたけど。




