笑う一族
昔、旅行先でうっかり迷い込んだ場所がかなりヤバかった。
季節は秋から冬に変わる頃で、俺は彼女と一緒に紅葉を見に行ったんだ。俺も彼女もハイキングが好きで、宿泊した旅館からほど近いハイキングコースで紅葉を楽しみながら歩いていたんだ。
ハイキングコースって言っても、それなりの山道だったよ。
その途中、メインのハイキングコースの横に、細いんだけど明らかに道が続いててさ。
俺は冒険心から、彼女に「こっちに行ってみない?」って言ったんだ。彼女は嫌がったんだけど、半ば無理やり説得して、俺たちは細い道の方を進んだんだ。
しばらく歩いて行くと、急に開けた場所に出た。
そこにはボロボロの家屋がいくつか建っていて、廃村か何かだと思ったよ。面白い場所に出たなと思って、気味悪がる彼女の手を引いて、廃村の中を散策したんだ。
家はほとんど朽ちてしまったものから、まだなんとか人が住めそうなものまであった。かつては畑があったのだろうと思わせる所もあったけど、生えているのは雑草ばかりだった。
でもそこは、廃村じゃなかった。
ボロボロの家屋から、人が出て来たんだ。
その人はガリガリにやせていて、擦り切れた服を着ていた。年齢がどのくらいなのかはよく分からなかった。男性なのか、女性なのかもよく分からない。
でも顔にはちょっと不自然ではあったけど笑みを浮かべていて、俺達に対して友好的っぽい感じがした。
「迷って来られたのですか?」
妙にしわがれた声で、その人は言った。声の感じから、男性かな、と思ったよ。
俺が「あー、ちょっとハイキングコースから外れ……」と言っている最中に、近くにあった家々から、ぽろぽろと人が出てきた。
彼女が小さく「きゃっ」と言って、俺の腕にしがみついた。
何事かと思って見てみたら、出てきた人がみんな一様にガリガリで、顔はちょっと不自然な感じに笑っていて……。全員、似たような顔立ちだったんだ。
その人達は、俺らを囲むようにして、じり、じり、と距離を詰めて来る。
俺もその時はかなりビビった。ヤバい場所に入り込んじゃったって思ったよ。
そしたら最初に俺に話しかけてきた人が「何か、食べ物を持っていませんか? 譲っていただけると、嬉しいのですが」って言った。
最初は何を言ってるのか分からなかったけど、彼女が「食べ物……」ってつぶやいて、俺はリュックの中から携帯食料代わりに持ってきてたお菓子を取り出した。
俺が、「こんなものしかありませんが、よかったらどうぞ」って言ってお菓子を渡すと、人々はお菓子に吸い寄せられるように集まってきた。
その間を俺達はすり抜けて、慌てて旅館に戻ったよ。
旅館に戻ってきたら、玄関先でちょうど大女将のおばあさんが掃き掃除をしてたんだ。
俺達の様子にびっくりして「何かあったのか」って聞いてきた。
俺達が口々に自分が見たものを説明したら、大女将の表情は徐々に曇っていった。
そして、大女将は周りに誰もいないことを確認して、俺達に小声でこんな話をしたんだ。
昔、あの辺りには小さな集落があった。そこでは月に一度、神様にお供えとして食べ物を捧げていたそうだ。
山の中にある小さな社に食べ物を供えてたんだけど、集落に住むある一族が「こんな風に食べ物を粗末にするのはもったいない」と言って、捧げた食べ物をこっそりと横領していたらしい。
そのせいかは分からないが、集落では凶作に見舞われる年が多くなった。山の実りも少なく、人々は少しずつ集落を離れていった。
でも、お供え物を横領していた一族だけは、その集落を離れることができなかった。なぜなら、その集落から離れると必ず熱病にかかって死んでしまうからだ。
で、死ぬ直前に必ず「山を出てはいけない、山を出てはいけない」ってうわごとのように繰り返すんだそうだ。
山の神への捧げものを食べた報いだと、大女将は吐き出すように言った。
「私が生まれる前の話ですよ。その一族がまだ残ってたってことは、一族同士で婚姻を繰り返してたんでしょうね。本当に、どこまでもおぞましい……」
苦々しくつぶやいた大女将の言葉に、俺はあの集落で出会ったガリガリの人達の顔を思い出したよ。
みんな似たような顔立ちだったのは、同じ一族で子どもを作り続けた結果だったのかもしれない。
ハイキングに行って冒険心をくすぐられても、下手な道には入らないようにしようって思った出来事だったよ。




