神さん
私が生まれた島には、”神さん”と呼ばれる子どもが、必ずひとりいたの。
血筋は関係ない。神さんは唐突に現れる。
島の言葉で言うと「神様が憑いた」状態の子どもらしい。でも別に、すごく敬われるとか、社会から隔絶されて社に閉じ込められて祀られるとか、そういうことはない。
神さんになった子どもも、尊大なしゃべり方をするわけでもないし、魔法みたいに大嵐を起こすこともなければ、海を割ることもない。
あくまで普通の子ども。学校にも通うし、家の手伝いもする。でもちょっと不思議な力がある。
そんな存在。
小学生の頃、私の同級生に神さんがいて、神さんと一緒に授業を受けたり遊んだりした。
普通の子どもと変わらなかったけど、たしかにちょっと不思議なこともあった。
例えば神さんと一緒に海で遊んでいて、天気が曇って風が出てきたりする。私達は「波が高くなってきたから、そろそろ海から出た方がいいかな?」って相談してると、神さんが「大丈夫」って言う。そうすると、あっという間に天候が回復したりするの。
逆に、すごく天気が良くても、神さんが「もう帰ろうか」って言うと、急に黒い雲が湧いてきて雨が降り出したりする。
だから私達は、神さんの言うことにはなんとなく従ってたんだ。
いつだったか、まだ小学校に上がる前の子が行方不明になっちゃってね。
大人も子どもも総出でその子を探したの。その子のお母さんなんて泣いちゃって、本当に可哀想だったからよく覚えてる。
それで、気が付いたら神さんが浜辺の岩にちょこんと座っててね。「こっちだよ」って言って指を差した。
神さんが示す先には洞窟があったのね。そこはもう調べたところだったの。でも神さんがそう言うならってことで、大人が何人か入っていった。
そうしてしばらくしたら、行方不明になった子を抱っこして出てきたの。
子どもの方もケロッとしてて、「いつの間にか、洞窟の中にいたの」って言ってた。
私自身も、神さんに助けられたことがあるよ。
その日は神さんとふたりで裏山で遊んでたんだよね。そうしたら、神さんがニコニコしながら「ちょっと座って」って言ったの。
別に景色がいいわけでもなければ、開けた場所でもない、ただの山の中だよ。私、不思議に思ったけど、神さんがそう言うなら座るかって感じで、地面に座ったの。
その瞬間、ベキベキベキッって雷みたいな音がして、私のとなりに木が倒れてきたの。
もし神さんの言うことを聞かずに進んでたら、間違いなくこの木の下敷きになってただろうなって思って、震えちゃった。
で、私が小学校5学年の頃、お父さんの仕事の関係で、一家で島を出たんだよね。お父さんのお兄さんが島を出て起業して、人手が足りないからお父さんに手伝ってくれって言ったみたい。
島の中でしか生きてこなかった私にとっては、見るものなんでも新鮮に見えたなぁ。久しぶりに会った伯父さんも、すっかり都会の人って感じだった。
もう、島で暮らした時間よりも、こっちで暮らしてる時間の方が長くなっちゃったけどさ、今でも島のことは懐かしく思い出すよ。お母さんとも時々、島での思い出話をしたりして「みんな元気かなぁ」なんて言ってる。
でさ、私、神さんとのこと、すごくよく覚えてるでしょ?
ただひとつだけ、覚えてないことがあってさ。
神さんが誰だったか、分からないの。
島を出た後に、島の思い出にって小学校の先生がアルバムを送ってくれたのね。それには、島で一緒に過ごした子どもたち全員の写真が載ってる。
だからアルバムの中に、神さんもいるはずなんだよ。島には学校はひとつしかなかった。子どもの数だって少ない。絶対に神さんはアルバムの中に写っている誰かなんだよ。
私、お母さんに「ねぇ、どの子が神さんだったか、覚えてる?」って聞いてみたんだ。
そしたらお母さんは「島の子どもはみんな一度は神さんになるから、みんな神さんだったんだよ」って答えた。
私は「えっ、それじゃ、私も神さんだった頃があるの?」って聞いたら、「誰がいつ神さんだったかは、誰も覚えてないの。だからあんたが神さんだった頃もあるかもね。でもあんたは途中で島から出ちゃったし、神さんにはならなかったのかもね」って言ってた。
ちなみに島で生まれ育ったお父さんもお母さんも神さんだった時期はあるんだけど、自分がいつ神さんだったのかは分からないんだって。
なんか、不思議な話だよねぇ。




