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もりとき怪談 第三集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


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世界の分岐


 親友のAの言動がおかしくなったのは、秋頃だった。

 キャンパスの落ち葉を踏みながら教室に向かって歩いていたら、Aは急に奇妙なことを言い出した。


「この世界はどんどん分岐していくんだ。分岐した世界はちょっとずつ違っている。俺の体はその分岐にまたがっていて、正直、どれが現実なのかよく分からないんだ」


 俺はAの言葉の意味が理解できなくて「なんだよ、それ」って聞いてみた。

 そうしたらAは、

「きっかけは些細なことだったんだ。いつもと違う道を通って、大学に行ってみた。そのときに、”いつもの道で大学に行った俺”と”違う道で大学に行った俺”に分岐したんだ。俺にはどっちの記憶もある。そして、選択のたびに世界が分岐して行ったんだ」

 って答えた。

 Aはいつも、超ひも理論がどうとか、ボルツマンブレイン仮説がこうとか言ってたから、そういう話の延長だと思っていたんだ。


 そのときは「ふーん」で流してたんだけど、その日以降、徐々にAとの会話が噛み合わなくなっていった。

 俺が「昨日食ったラーメン、美味かったな」って言うと、真顔で「ラーメン? 俺は昨日は出かけてないぞ?」なんて言うんだ。

 大学構内を歩いていると突然「あれ、どうして俺は大学にいるんだ? もう辞めたのに」とか言い出す。話を聞いてみると「2年生のときに親父が倒れて、家業を継ぐために自主退学したはずだ」って。

 そう言ったかと思うと「いや、こっちの世界では親父は死んでないのか。だから大学生のままなんだ……」なんて独り言を呟く。

 心配になって病院を勧めてみたりもしたんだけど、Aは「そういうことじゃないから」と言うだけだった。


 Aの誕生日は11月なんだけど、去年使ってた手袋に穴があいててみっともなかったから、手袋をプレゼントしたんだ。

 そしたら冷え込んだ日に「手袋、ありがとな」って言いながら、Aはさっそく手袋をつけてニコニコしてた。

 俺が手袋をプレゼントしたって記憶は、Aの中にちゃんとあった。

 笑うAはこれまでと変わらないAに見えたから、ときどき変なことを言うけど、そんな深刻な状況でもないのかなって呑気に考えてた。


 でも12月も中旬になると、Aの言動はどんどん混乱してきて、支離滅裂になってきた。

 やがて大学にも来なくなってしまった。

 俺は心配して、Aの住んでるアパートに行ったんだ。呼び鈴を何度か鳴らしたし、携帯にかけてもAは出てこない。

 ダメ元でドアノブを回してみたら、鍵がかかってなくて、あっさりと扉が開いた。少しためらったけど、俺は思い切って部屋の中に入ってみた。何かあったときのために、ドアにAの靴を挟んで完全には閉まらないようにしておいた。


 結論から言うと、部屋にAはいなかった。

 部屋の中はひどく散らかっていて、特に破ったノートの切れ端やルーズリーフがそこかしこに置かれていた。

 散らばった紙には、全部、書き殴ったような文字が残されていた。


『この世界は……』

『別の世界では……』

『俺の体は……』


 部屋は乱雑だったけど、唯一ベッドの上だけはきれいに整えられていた。

 でも、そのベッドの上に置かれたものを見て、俺は頭の中が真っ白になった。

 俺がプレゼントした手袋。

 その手袋が、4セット。

 まったく同じものだった。


 なんで、こんなに手袋があるんだ?

 ぼんやりと手袋を眺めていたら、非現実な考えが頭に浮かんできた。

 分岐した世界の俺が、同じ手袋をAにプレゼントしていた……?

 Aは”分岐した世界はちょっとずつ違っている”と言っていた。だから、別の世界の俺も、今、ここにいる俺とはちょっとしか違わない。分岐した世界の俺も、去年、穴のあいたAの手袋を見て、誕生日に手袋をプレゼントしてやろうと考えたのでは……。


 そんなことを考えていたら、突然、玄関のドアが音を立てて閉まった。

 背後に、誰かの気配を感じた。Aだろうか。

 いや、もしかしたら分岐した世界の俺が、今の俺と同じようにAを心配して、ここにやって来たのかも……。

 違う違う、そんなこと、あるわけないだろ。

 俺は自分の妄想を振り払うためにも、思い切って振り返ってみた。

 そこには、誰もいなかった。

 誰もいなかったけど、誰かの濃密な気配はある。

 俺は怖くなって、慌ててAの部屋を飛び出した。


 結局、その後もAの姿は見ていない。

 Aの母親から「Aがどこにいるか知らないか」と電話があったけど、俺には「Aがどこに行ったのか、見当もつきません」と答えることしかできなかった。



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