こたつの手
おう、よく来たな。狭い部屋だけどゆっくりしていってくれ。
なんだよ、神妙な顔して。座るくらいのスペースはあるだろ?
去年の冬、ちょっと不思議な体験をしたから聞いてほしいんだ。
俺は小さい頃からミカンが好きでさ。
ひとり用のミニこたつに入って、携帯で動画を見ながら、ミカンを食べる。冬の至福の瞬間だよ。
そんな感じで、俺はこたつに入りながら、ぼんやり動画を見つつ、ミカンの皮を剥いてた。
そしたら、こたつの中から、にゅっと手が出てきたんだ。
最初は何が起きているのか分からなかった。
ミニこたつの小さなテーブルの端に、子どものような、ふっくらとした手があった。手首から先の腕を目で追うと、腕は長く、ありえない方向に曲がりながら、こたつ布団の下に続いている。
つまり、このミニこたつの中に、誰かいる。
でもミニこたつなんて、正直、俺だけでも手狭な感じなんだ。誰かが入るスペースなんてあるわけない。
視線を手に戻すと、そのふくふくとした小さな手は、にぎにぎと手を開いたり閉じたりしてた。
その動作が、小さい子どもが何かをおねだりするときの動きに見えて、あんまり怖いとは思わなかった。むしろちょっと可愛いと思ってた。
俺は試しにミカンを一房置いてみた。すると、手はふにゃ、とミカンを掴んで、こたつの中に引っ込んでいった。
こたつ布団をまくり上げて中を確認したけど、こたつの中には何もいなかった。
不思議なこともあるもんだなぁと思いながら、俺は気にせず動画を見ながらミカンを食ってた。
そうしてしばらくすると、また、こたつの中から手が出てきた。
そのときには「お、また出てきた」なんてちょっと笑いながら、またミカンを一房乗せたんだ。手はミカンを掴んで、またこたつの中に引っ込んでいった。
それを何度か繰り返して、俺とその手は3つのミカンを分け合って食べた。俺が「今日はこれで最後だぞ」って言いながらミカンを手に乗せたら、引っ込んでいった手はそれ以降出てこなかった。
それから、俺とこたつの手の不思議な共同生活が始まったんだ。
俺がこたつに入ってミカンを食べていると、こたつの中から手が出てくる。手が出てきているときにこたつ布団をめくれば、この手の正体が分かるのかもしれない。
でもなんとなく、それはしたくなかった。
この手の正体を知ってしまったら、もう手は出てこなくなっちゃうんじゃないかなって思ったんだ。
俺にとっても、ミカンを食べているときに出てくる手が友達みたいな感覚になってて、この関係を終わらせたくないなぁって思ったんだよね。
季節は進み、クリスマスが来て、正月が来た。
こたつの手はミカンだけが好きみたいで、他のものを食べてるときは出てこなかった。ミカンを食べているときだけに出てくる。1個目のミカンの皮を剥いた瞬間に、にゅっとこたつから手を出してくるから、相当のミカン好きっぽい。
すっかり、この手とミカンを分け合って食べるのが、俺の日常になっていった。
でも2月も終わりに差し掛かったある日、ミカンを食べていても、手が出てこなくなった。
こたつ布団をまくってみても、当然何もいない。「ミカンだぞ〜」って呼びかけてみても、反応はない。
俺はひとり寂しくミカンを食った。
そうしてふと、そういえばスーパーに並んでいるミカンの量が少なくなったなと思ったんだ。
そのとき、「あぁ、冬が終わってしまうんだ」って気付いたんだ。
でもさ、あの手。あの手との共同生活が忘れられなくてさ。
俺にとっては、こたつの手とミカンを食べる時間が、本当に幸福だったんだよ。だから、春が来て、夏になっても、俺はこたつをしまえなかった。
やっと冬が来てくれたよ。
冬になれば、ミカンがあれば、きっとあの手がまた出てきてくれるんだ。ほら、ふふ、すごい量のミカンだろ? これだけあったら、あの手も大喜びしてくれる。
あぁ、早くこたつの手が出てこないかなぁ。




