常連さん
3ヶ月くらい前から、サウナに通い始めたんだ。
仕事帰りにリフレッシュ目的で、結構な頻度で通ってる。時間帯はだいたい夜7時くらい。そうなると、自然に常連さんとも仲良くなる。
俺がよく話すのは、田中さんと佐藤さん。ちなみにどっちも仮名。田中さんはちょっとめずらしい苗字だから、特定を避けるために仮名にしておく。
田中さんはひょろっとしてて、いつも落ち着いている雰囲気の人だ。
逆に佐藤さんは体格が良くてとにかく元気な人。
年齢はどちらも50代くらいで、もう2年くらいこのサウナに通っているらしい。
俺はどちらかと言うと、田中さんと時間がかぶることが多かった。
佐藤さんは仕事をバリバリしているらしく、ときどき一緒になるか、俺が出る頃に佐藤さんが入ってくるって感じだった。
俺がサウナに入ると、田中さんはたいていサウナの隅にちょこんと座っている。
俺はその日の気分によって、軽く会釈して済ますこともあれば、田中さんの隣に座って話をすることもあった。
サウナに通い始めた頃に仕事で失敗して、サウナの隅っこでうなだれてた俺に声をかけてくれたのが田中さんだった。
田中さんは俺の愚痴じみた話を辛抱強く聞いてくれて「そうだったの。それはつらいね」「頑張ったんだね」「君なら大丈夫だよ」なんて声をかけてくれた。
それ以降も、俺がとなりに座ると「最近、仕事の方はどう?」とか労うようなことを言ってくれる。「今日の水風呂、塩素臭がするんだよ。誰か汗を流さないで水風呂に入ったんじゃないかな」なんて苦笑していることもあった。
逆に俺がひとりにしてほしいときは察してくれるのか、気が付いたらいなくなってたりする。
とにかく居心地がいい人で、田中さんとする他愛のない会話は、俺にとっては癒やしのひとつになってたんだ。
そんな田中さんが、ある日、突然来なくなった。
サウナに来ればほぼ毎回のように顔を合わせていたのに、1週間、2週間と姿を見かけない。
もしかして、病気で入院したんだろうか。あるいは事故にあったとか? 転勤で引っ越ししたのかも……。
そんなことを考えていたら、佐藤さんがサウナに入ってきたんだ。
佐藤さんなら、田中さんのことを何か知っているかもしれない。そう思って、俺は佐藤さんに声をかけたんだ。
「田中? 田中って、あの、ひょろってしてる、ちょっと暗い感じの人?」
「暗いって……落ち着いてる感じの人ですよ。でもひょろっとはしています」
「じゃあ、あの田中だな。でも君、なんで田中のこと知ってるの?」
「サウナに来る時間が同じくらいで、何度も顔を合わせてるんですよ。それがもう2週間も来てなくて。佐藤さん、何かご存知ですか?」
俺の言葉に、佐藤さんは「うーん」と唸りながら、あごを指で擦った。
「そりゃ、変な話だな。田中はもう、1年も前に亡くなってるよ。君、このサウナに通い始めて3ヶ月くらいだろ?」
最初に言ったけど、田中さんって実際は珍しい苗字なんだ。
このサウナで田中さんって言ったら、彼しかいない。
佐藤さんはボソリと「あの噂、本当だったのかもな」って呟いた。俺が「え?」と聞き返すと「ときどき、『サウナで田中を見た』って話を聞くんだよ。田中って、あの隅の席に座っていることが多いんだけど、あの席で田中を見たって」と答えた。
そこは確かに、田中さんがよく座っている席だった。
そして、俺が仕事に失敗した日。初めて田中さんに会った日に座っていたのも、あの席だった。
「あの……、田中さんはどんな理由で亡くなったんですか?」
「あー……自殺だよ。遺書なんかは残ってなかったらしいから、原因は不明だけどな。でも、別の常連が、『仕事で大きな失敗をしたらしい』って言ってたよ。もしかしたら、それを苦に……な」
俺はなんだか、切なくなっちゃったよ。
だから同じように仕事に失敗した俺に、あんなに親切に接してくれたのかなって。
俺、ちゃんと田中さんにお礼を言えてなかったかもしれない。
もし田中さんが成仏できたんなら、それはそれで嬉しいんだけど、せめて一回、ちゃんとお礼を言いたいな。
あぁ、でも一番いいのは、実は全然別の田中さんでしたってオチかな。
今日もこれからサウナに行くけど、田中さん、今日はいるかなぁ……。




