街灯が消えた
昨日の夜の話なんだけどさ。
仕事で帰りがちょっと遅くなって。駅からスーパーのある辺りまでは遅い時間でもそこそこ人通りがあるんだけど、俺の家の近くの住宅街まで来ると人が全然いなくなるのね。
でもそれはいつものことだから、たいして気にせず歩いてたんだ。
街灯もそこそこあるし、民家の灯りもあるからそんなに暗くないしね。
いつものルートで帰り道を歩いてたら、頭上からジジッて低い音がした。
音の方に視線を向けると、街灯がついたり消えたりしてる。電灯が寿命なのかなと思ってた。
そしたら、近くにある街灯が一斉に消えたんだ。
民家の窓越しに漏れていた光も消えてる。
停電かと思った。
停電が起きたときって、窓を開けて周囲の様子を確認したりしない?
少し騒がしくなっても不思議じゃないなって状況だったのに、住宅街は誰もいないみたいに静まり返ってた。
何の音もしない。
まるでこの空間に俺だけしかいないような、そんな気持ちになったよ。
月明かりだけがぼんやりと辺りを照らしてて、俺は暗闇の中を立ち止まっていた。
するとどこかから、ずず、ずずって音が聞こえてきたんだ。
その音は、どんどん俺の方に近付いてきた。何か、重い物を引きずっているような音。人工的な灯りのない異様な状況にビビっちゃって、俺はその場に固まったまま動けなかった。
音は、俺から20メートルは離れた先にある十字路の右側からしてるみたいだった。
ずず、ずず、ずずって音がどんどん大きくなって、右側の道から明らかに人間じゃないフォルムの何かが出てきた。
強いて言うなら、肉の塊。暗かったから色は分からないけど、月明かりの反射から、なんか表面がぬるぬるしてるってことは分かった。
その肉の塊のいろんなところから、人間の腕のようなもの、足のようなものが飛び出している。いちいち数えなかったけど、ひとり分じゃない。
その肉の塊が、ゆっくりと、ゆっくりと十字路を進んでいく。
俺は声が出そうになるのを必死に抑えたよ。
アイツに気付かれたら、アイツに食われて、そのあとアイツの体には俺の手足が生える……。そんな妄想で頭がいっぱいになった。
俺はできるだけ気配を消して、アイツの動向を見守っていた。
アイツは道を曲がって、俺がこれから向かう方へとゆっくり進んでいった。そうして、2軒先の家で、動きを止めた。時間にすれば、10秒くらいだったかもしれない。
その後、またゆっくりと進み、次の角を曲がって、アイツの姿は徐々に見えなくなっていった。
アイツが角を曲がり切ると、街灯が一気についた。民家の灯りもついている。
いつも通りの風景が戻っていた。
アイツが通った後が濡れてるなんてこともなかった。
俺はしばらくその場に立ち尽くしていたけど、いつまでもここにいても仕方ないなと思って、また歩き出した。
ふと、アイツが止まっていた家を見てみると、家の塀に黒い汚れがついていた。その汚れの形は、なんだかてのひらみたいに見えたよ。
なんとなく、アイツの体から突き出た手の一本が、この塀に跡を残したんじゃないかって思って、気味悪かった。
で、今日は仕事を定時にあがって、いつもの道を通って帰宅したんだけどさ。
塀に手の形に見える汚れがついていた家の前に、救急車とパトカーが停まってた。
立ち止まって何事かと思って見てたら、近くにいた野次馬たちの会話が聞こえてきた。共働きの夫婦と、大学生と高校生の姉弟、それにおじいさんの5人がこの家に住んでたそうだが、妻がパートから帰ってきたら、誰もいない家でおじいさんが倒れていたらしい。
おじいさんはその場で死亡が確認され、救急隊が警察へ連絡したそうだ。
家には鍵がかかっていたし、窓が割られていたなんてこともないから、突然死じゃないかって言ってた。
俺はどうしたって、昨日の夜のことを思い出したよ。
昨日の夜に見た手の形の汚れがまだ残っているのかどうかは、救急車に隠れて見えなかったんだけどさ。
よく、人が死ぬ家の屋根にたくさんのカラスがとまるとかって聞くじゃん? そういうのと同じで、俺が昨日見たアイツが、人が死ぬ家に印を残してるんじゃないかってさ。
それで、死んだ人の手足が、新たにアイツの体にくっつくのかもしれない……。そんな想像をしちゃったよ。




