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もりとき怪談 第三集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


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非常階段の子


 仕事の繁忙期で残業続きだったから、ここ最近は毎日帰りが遅かったんだよね。

 家に帰り着くのはだいたい23時頃。で、家の鍵を開けようとしたら、子どもの泣き声が聞こえるの。

 私、オートロックのマンションに住んでるのね。子どもの泣き声は非常階段の方から聞こえる。私が住んでる5階と上の階の間から。

 しつけのために、子どもが外に出されちゃったのかなって想像したよ。

 泣き声の感じから、小学校低学年くらいかな。とはいえ、23時頃だよ? しつけだったとしても、そんな時間に子どもを外に出すなんて、非常識じゃない?

 そうは思ったけど、私も疲れてたし、首を突っ込んで面倒なことになるのも嫌だなと思って、家の中に入ったんだよね。

 しばらく子どもの泣き声は聞こえてたんだけど、シャワーを浴びて出てきたら聞こえなくなってた。

 だからあんまり気にしてなかったんだ。


 でも、その後も泣き声は聞こえたのね。

 連日、帰りが23時頃だったんだけど、泣き声は毎日聞こえてた。今日こそは聞こえないだろうって思って帰るんだけど、毎日聞こえるんだよ。

 もしかして、今まで気が付かなかっただけで、これまでもずっとこの時間に外に出されてたの? って思ったよ。

 家の中に入って、音楽を聞いたりしてると聞こえないのね。これまでは帰りも早くて、夜はたいていテレビや動画を見て過ごしてたから、聞こえなかっただけなのかなって思えてきた。

 でもさ、毎日子どもが23時くらいに外に出されて泣いてるのに、誰も気が付かないなんてこと、ある? さすがに誰か気が付いて、通報したりしない? このマンションの住人って、そんなに冷たいの? ってなってさ。

 もし次の日も泣き声が聞こえたら、様子を見て、管理会社か警察に連絡しようって思ってたの。


 で、翌日も案の定、帰ってきたら子どもの泣き声が聞こえたの。

 私、仕事でヘロヘロだったけど、本当に腹が立っちゃってさ。毎日毎日こんな時間に子どもを外に出して、なんて親なのって。

 私、急いで非常階段を上ってさ。

 そうしたら、非常階段の踊り場、弱い蛍光灯の光の中で、男の子がしゃがんで泣いてたの。

 その背中が本当に小さくて、可哀想で、こんな風にするなんて許せないって思ったよね。


 私、その場にしゃがんで「大丈夫?」って声をかけたの。

 私の声に反応して、男の子はピタリと泣くのをやめてさ。顔を上げて、私の方をぐりんって見た。

 その表情が、凄まじかった。

 怒り、恨み、悲しみ、痛み、恐怖。そういった感情で歪み切ってた。目と眉が、ありえないぐらい吊り上がってて。


「ぼくのこと、落としたでしょ」


 その子は確かにそう言った。

 落とす? 落とすって、何のこと?

 混乱する私の目の前で、男の子は憤怒の目で私を睨みつけたまま、すっと消えた。

 自分でも信じられないよ。目の前で男の子が消えるなんて。

 私、呆然としてしばらく階段の踊り場にへたり込んでたんだけど、遠くで消防車が走る音が聞こえてさ。カンカンって大きな音がしたときに、急に正気に戻ったっていうか……。

 急に正気に戻ったらすごく怖くなって、慌てて家に帰った。

 その日以降は、残業を早めに切り上げて、なるべく22時頃には家に帰れるようにしたよ。


 私、落ち着いてから管理会社に連絡したんだよ。

 確かに目の前で男の子は消えちゃったんだけど、もしかしたらそれは私の勘違いで、本当に深夜に泣いてる子がいたかもしれないじゃない?

 男の子の表情にびっくりしてる間に、その子がダッシュで家に戻ったのを、消えたと勘違いしちゃった……とか。かなり無理はあるけどさ。

 とりあえず、勘違いでも連絡しておいた方がいいかなと思って。


 で、管理会社の人に5階と6階の間の非常階段、踊り場で男の子が毎晩泣いてるって伝えたら、電話越しの人が黙り込んじゃって。

 その後「その子どもは、放っておいても大丈夫です」なんて言うの。

 管理会社の人も子どもの存在は知ってるのに、放置してるの? って思って、私、食い下がったんだよね。

 そうしたら「その子どもは、マンションに侵入した男に踊り場から落とされたんです。その男の子はすでに亡くなっています。落とした男は4年前に逮捕されました」って。


 4年前って、私がこのマンションに越してくるより前の話だよ。

 普通、こんな説明されたら「は?」ってなっちゃうと思うんだけどさ。

 でも私、なぜかその説明で納得しちゃって。

 だからあの子、あんな表情になっちゃったんだって。

 あの子は誰が自分をマンションから落としたのかまだ分かってなくて、自分を落とした奴を探してるんだって思った。

 可哀想だけど、また泣き声が聞こえたら怖いからさ。お金が貯まったら、引っ越すつもりだよ。



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