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9.彼女は冒険がしたい


やっぱり?何を言っているんだろう僕は。

突如として湧き上がった自分の心の声に、僕は内心で激しくツッコミを入れた。気取ったことを考えているんだ。


そんな僕の困惑など露知らず、ルナは差し出した右手をそのままに、キラキラとした期待に満ちた目で僕の返事を待っている。その純粋な視線が痛い。


「うっ……」

僕は思わずうめき声を漏らし、視線を泳がせながらも、ここ数日で固まっていた自分の本心を口にすることにした。ルナの差し出した手を見つめ、意を決して首を振る。


「……ごめん。僕は、冒険をする気はないんだ」


「えっ?」


「この酒場での生活に、今はすごく満足してる。それに……僕たちが初めて会った時のことを覚えてる? 僕はあの時、ただのうさぎの魔物に襲われて、本当に死にかけたんだ。……僕は、またあんな風に死にかけるのが、どうしても怖いんだよ」


泥を舐め、理不尽に殴られ、命の数値が削れていくあの恐怖。それを思い出して、僕の身体は無意識に小さく震えていた。だからこそ、この温かい酒場に引きこもっていたい。


そんな僕の切実な拒絶に対し、ルナは諦めるどころか、子供のように食い気味に詰め寄ってきた。


「いやいや! 私はリンくんと冒険がしたいの!」


「うわっ、ちょっと、ルナ……っ!?」


駄々をこねるように両手をジタバタさせるルナに、僕は気圧される。周囲から『現人神』とまで呼ばれる存在が、僕の狭い部屋で身をよじって抗議している光景はあまりにもシュールだった。


「私、すっごく強いよ!? ここら辺の魔物なんて、片手だけでこう、バババーンって倒せちゃうんだから! でもね、リンくんも絶対にそうなれるの! 私が保証する!」


「いや、そう言われても……」


「本当にダメ……? もしかして、私のことが嫌い……?」


それまでのがむしゃらな態度から一転、ルナは急に動きを止め、大きな黒い瞳を潤ませて僕を見上げてきた。捨てられた子犬のような、胸を締め付けられるような表情。


その瞬間、僕の胸の奥から、理屈を超えた強烈な感情が爆発的に跳ね上がった。


「それだけは違う! 絶対に!」


考えるより先に、僕は食い気味に大声を張り上げていた。静まり返った深夜の物置部屋に、僕の必死な声が響き渡る。


「あ……」


叫んだ本人が、一番呆然としていた。


なんで、僕は今、こんな発言を……? 嫌いじゃないと否定するにしても、どうしてこれほど必死に、胸を焦がされるような思いで叫んでしまったのだろう。


ルナは驚いたように目を丸くしていた。驚きで少し開いた唇が、やがて、ゆっくりと、嬉しそうな弧を描いていく。


「ふふっ。……じゃあ、どうするの?」


悪戯っぽく微笑みながら、ルナは僕を試すように覗き込んでくる。


僕は頭を抱えたくなった。死ぬのは怖い。冒険なんてしたくない。このまま酒場で平和に暮らしていたい。自分の平穏を望む理性が、全力で引き止めにかかっている。


だけど、さっき叫んでしまった自分の感情に、どうしても嘘はつけなかった。それに、彼女をこのまま一人で帰すなんて、なぜか絶対にやってはいけないことのような気がしてならなかったのだ。


僕は深く、深くため息をつき、頭を掻きむしった。そして、諦めたようにルナの目を真っ直ぐに見つめ返す。


「……分かったよ。僕も一緒に行くよ、冒険に」


今度は迷わずに、言い切った。


ルナの顔が、夜の闇をすべて吹き飛ばすような、満開の笑顔に変わった。

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