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7.初めてのお使い

ガルバさんから頼まれたお使いのために外へ出ると、昼間の街は夜とはまた違った熱気に包まれていた。石畳の道を往来する、様々な種族の人々。犬や猫の耳を持った獣人が荷車を押し、筋骨逞しいトカゲのような龍人が大きな荷物を肩に担いで笑い合っている。建物の間からは鍛冶屋が鉄を打つ高い音が響き、露店からは香ばしいスパイスの匂いが漂っていた。


剣と魔法、そして多様な種族が共生する、僕がずっと空想していた通りの異世界ファンタジーの街並みだ。


「やっぱり、見ているだけでワクワクするな……」


手渡された買い物メモと銅貨の入った小さな袋をポケットに押し込み、僕は歩行速度を緩める。


ここ数日、僕が移動中に必ず行っていることがあった。


『--表示』


心の中でそう念じ、すれ違う人々に視線を向ける。


道端で果物を売っているエルフの女性に意識を集中した。すると、彼女の頭上に半透明の四角い枠が出現する。


Name:アリア・リンド

lv:3

HP:45/45

MP:25/25


【skill】

・交渉

・目利き


【magic】

なし


ケニーさんは「教会に行かなければステータスは見られない」と言っていた。だが僕の目には、こうして詳細な数値までしっかりと見えている。名前こそ分からないものの、筋力や素質、さらにはどんなスキルを持っているかまで完全に表示されていた。


普通の人は、レベルが低くても何かしら生活に密着したスキルを持っている。そのことも、少しずつ理解できてきた。


次に、僕は露店に並んでいる赤い果物を注視した。


【リンカの実】

解説:広く栽培されている一般的な果物。水分が豊富で、微量の体力を回復する効果がある。


頭の中に、その物体の名前と解説が直接流れ込んでくる。


あの世界樹の下で目覚めたときに見た『世界樹の葉』と同じ現象だ。物をじっと見つめるだけで、その本質を理解できる機能。


僕は歩きながら、自分のステータスも頭の中で開いてみる。


Name:竜胆 燐

lv:1

HP:20/20

MP:20/20

Experience: 80 / 200


【skill】

・剣術

・無詠唱

・観測者


【magic】

雷魔法

・ライトニング


あの兎を倒してから、経験値は80のままだ。レベルを上げるには、あと120足りない。


「まずはガルバさんに頼まれた東通りの八百屋だな」


僕は賑やかな大通りへと足を向けた。


すれ違う冒険者風の男たちのステータスを片っ端から確認していく。レベル8の戦士、レベル5の盗賊。誰もが『剣術』や『隠密』といったスキルを持っていた。


ふと、一人の大柄な狼人の男と視線が交差する。男は僕の銀色の髪と赤い目を不躾に凝視し、小さく鼻を鳴らして通り過ぎていった。


この中性的な見た目と珍しい髪色は、どうしてもこの街では目立ってしまうらしい。生前の黒髪黒目だった頃の自分を思い出そうとすると、やはり頭の奥に薄い膜が張ったような違和感がある。


「気にしても始まらないか。今は仕事をこなさないと」


僕は頭を振り、八百屋の店先へと急いだ。山積みにされた野菜を一つずつ確認しながら、ガルバさんに指定された通りの新鮮な芋と玉ねぎを選び、銅貨を支払う。


「はい、お釣りだよ。重いから気をつけて持って行きな」


「ありがとうございます」


ずっしりと重くなった袋を両手で抱え、僕は酒場への帰路についた。


ただの使いっ走りだけど、この世界の一部として生きている実感が、今の僕には心地よかった。理不尽な暴力に怯えた最初の日に比べれば、温かい居場所があるだけで十分に幸せだと言える。


「それにしても……」


僕は歩きながら、これまでにすれ違った無数の人々のステータスを思い返していた。


ここ数日、街の住人や冒険者を片っ端から観察してきたけれど、僕が持っている『無詠唱』と『観測者』のスキルを表示させている人は一人もいなかった。


『無詠唱』に関しては、あの兎に襲われた瞬間のことを思えば何となく使い方の予想はつく。呪文を口にせずとも、頭の中で強くイメージするだけで魔法を発動できる技能なのだろう。実際、あの時は死に物狂いで叫んでしまったけれど、文字通りに受け取るなら声を出さなくても魔法が使えるはずだ。


問題は、もう一つの『観測者』というスキルだった。


「観測者、か……。一体どんな使い方をするんだろう」


じっと物を見つめるだけで名前や解説が頭に流れ込んでくる現象が、このスキルの効果なのだろうか。それとも、他人のステータスを教会の魔導具なしで盗み見ることができる力そのものを指しているのだろうか。


自分の頭を軽く振る。僕だけのチートのような能力って前向きに考えると前のように危険な目に合うだろうと考えるのをやめた。


「……まぁ、おいおい分かるか」



僕は抱えた袋の重さに腕の筋肉をきしませながら、ガルバさんの待つ酒場へと足を早めた。


大通りから一本入った路地を進み、見慣れた『荒鷲の拠り所』の木製看板が見えてくると、なんだか実家に帰ってきたような安心感が湧いてくる。


重い扉を背中で押し開けると、カランカランと小気味よい鈴の音が店内に響いた。


「ガルバさん、お使いから戻りました!」


カウンターの奥から、仕込みの包丁を握ったガルバさんが顔を出す。


「おう、遅かったじゃねえか。芋と玉ねぎはちゃんと良いのを選んできたんだろうな?」


「はい、傷んでない新鮮なやつをしっかり選んできました」


僕はカウンターの端にずっしりとした袋を置いた。


ガルバさんは包丁を置き、袋の中身を大きな手でがさごそとかき回して確認する。


「ふん……。どれ、悪くねえな。リン、お前意外と見る目があるじゃねえか」


「ありがとうございます」


褒められて少し照れくさくなり、頭を掻く。


その時、テーブルの片付けをしていたアーリさんが、パタパタとこちらに駆け寄ってきた。獣人の長い耳が嬉しそうに揺れている。


「おかえり、リンちゃん! ご苦労様。はい、これお水ね」


「あ、ありがとうございます、アーリさん」


差し出された木コップの水を一気に飲み干す。冷たい水が喉を通り、歩き回って火照った身体に染み渡っていく。


「ガルバさん!リンちゃんも帰ってきたことだし、そろそろ夜の仕込みの続き、やっちゃいましょうよ」


「分かってるよ。おいリン、水飲んだら裏の厨房へ来い。皮剥きを手伝ってもらうからな」


「はい!」


僕はエプロンの紐を締め直し、ガルバさんの後に続いて厨房へと向かった。


自分がなぜこの姿でここにいるのか、あの現人神の少女は何だったのか、そして僕の持つスキルの意味は何なのか。分からないことだらけの異世界生活だけど、今の僕には、この賑やかで温かい日常が何よりも大切だった。


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