15.熊と僕たち
息を切らせてようやく追いつくと、ルナはすでに剣を引き抜き、凛とした佇まいで立っていた。
その視線の先――いた。大木と同じくらい、いや、それ以上に巨大な体躯を持った、漆黒の毛並みのクマがそこに君臨していた。
【シンドラーベアー】
解説:シンドラーの森の生態系の頂点に立つ巨大な熊。その強靭な肉体と爪は一撃で人間を肉塊に変える。
あまりの威圧感に足がすくむ。しかし、ルナは楽しげにこちらを振り返った。
「ふふん、今回は一緒に戦おうね! これが初めての、仲間との戦闘! ワクワクするね!」
言い放ちながら、彼女は恐れることなく巨獣へと突進していく。
「待って、ルナ!」
僕は後を追いかけようと足を動かしたが、彼女の身体能力には到底追いつけない。何より、あの化け物に近づいて戦いたくなかった。あんなの、ワンパンで食らったら確実に即死する。
だったら、遠距離から魔法だ。
僕は足を止め、自身の持つ『無詠唱』のスキルを意識した。
こういうのは、生前に読んだ小説の定番ならイメージが何より大切であるはずだ。初めてあの兎に撃った時の死に物狂いの感覚、激しく迸る青白い雷のイメージ。それらを頭の中で鮮明に構築し、右手を高く掲げてクマへと向けた。
「――ッ!!」
声を出さずとも、僕の指先からバチバチと激しい音を立てて、鋭い稲妻が迸った。
放たれた『ライトニング』は一直線に空気を切り裂き、シンドラーベアーの脇腹を容赦なく貫通した。
「グガァアッ!?」
予期せぬ一撃に、巨大なクマが激しく狼狽える。
前方で剣を構えていたルナが、嬉しそうに声を弾ませた。
「やるぅ、リンくん! ナイスアシスト! じゃあ、あたしも!」
ルナが軽く手を掲げた。直後、彼女の前に現れた巨大な火の玉が凄まじい速度で射出され、クマの分厚い毛皮を容赦なく焼き払っていく。凄まじい熱風が僕のところまで伝わってきた。
「グオオオオオオオオッ!!」
全身を焼かれたクマは完全に激怒し、凄まじい地響きを立てながら、怒り狂ってこちらへと突進してきた。向かってくるのは、最初に魔法を放った僕の方だ。
「や、やばい、来る――!」
「あらら、そうはさせないよ?」
ルナがクスリと笑い、凛とした声で紡いだ。
「『ボルトチェイン』!」
その瞬間、空中からバチバチと弾ける無数の雷の鎖が出現した。鎖は生き物のようにシンドラーベアーに絡みつき、その巨大な手足を地面へと強固に束縛する。
「ガァア!? グルル……ッ!」
身動きの取れなくなったクマが狂ったように暴れるが、雷の鎖はビクともしない。
ルナはこちらを向いて、ニカッと眩しい笑顔を浮かべた。
「リンくん、やっぱりトドメは剣でしょ! 一緒にやっちゃおう!」
「えっ……!?」
一瞬困惑したが、彼女のまっすぐな瞳を見て、迷いは消えた。
「――分かった!」
僕は騎士剣を両手で強く握り直し、地面を蹴って駆け出した。ルナも同時に地を這うように鋭く踏み込む。
「せーのっ!!」
ルナの掛け声に合わせ、僕たちは左右から同時にシンドラーベアーの首筋へと刃を振り下ろした。
確かな手応え。
次の瞬間、巨大なクマの身体は一瞬で白い粒子へと姿を変え、静かに空気中へと溶けるようにして完全に消え去った。
ハァ、ハァ、と荒い息を吐きながら剣を引く。
すると、視界の端に再びあの文字が浮かび上がった。
【LEVEL UP】
僕は高鳴る鼓動を抑えながら、自分のステータス画面を表示させてみる。
Name:リンドウ リン
lv:4
HP:90/90
MP:102/102
【skill】
・剣術
・無詠唱
・観測者
【magic】
雷魔法
・ライトニング
「レベル4……HPも、MPも、めちゃくちゃ上がってる……」
あの、一本角の兎に怯えて死にかけていた自分が嘘のようだった。数値として現れる自らの成長と、仲間と共に強敵を打ち倒したという確かな達成感が、じわじわと胸の奥を満たしていく。
「やったね、リンくん! 大勝利だよ!」
ルナが僕の元へと駆け寄り、自分のことのように嬉しそうに笑った。その弾けるような笑顔を見つめながら、僕は異世界での三度目の勝利の味を、今度はルナと共に、深く噛み締めていた。




