第6話 ロザリーと学園までの道すがら
十四歳の誕生日を迎え、少しして。
成長期の彼女の背は伸び、子供らしさをまだ残しつつも大人っぽさがグッと増していた。その漆黒の闇を思わせる黒髪も更に伸び、今はサイドポニーに纏めている。
そんなロザリーは学園へと通うことになった。
貴族も平民も通う王国最大のガーデンドール学園である。
三年制で学生寮もあり、ロザリーは入学してからの三年間をそこで暮らすことになる。
試験自体はロザリーの実力を持ってパスしたものの、平民でない彼女に奨学制度が適用されることは無く、寧ろ高額の出費となるのにあの叔父夫婦がよく許してくれたとロザリーは思ったが、元々世間の体裁は気にする二人であったから、これも必然かと思い直す。
「これがガーデンドール学園の制服。気に入りましたわ」
「お嬢様、とてもお似合いです」
そう称賛の声を掛けてきたのはテスカであった。
色々とあったが、今はもう出会った頃と変わらぬ表情を見せている。
頻度こそ減ってはいたが、あの後も何らかのドジっぷりを見せるに、その辺も演技ではなく天然のものだったのだろう。
(本当に良かったですわ……)
ロザリーは、ふとあの時最後に交わした会話を思い出す。
〘そう言えば、テスカ。これも答えたくなければ答えなくて全然いいんですけれども、貴女の本当の名前って……やっぱりいいですわ。聞かなかったことにして結構ですわ〙
〘……ステラ〙
〘え?〙
〘ワタシの本当の名前、『ステラ』と言いますです〙
〘そう……。素敵な名前ですのね〙
〘お嬢様の好きな方で呼んで下さい〙
〘じゃあ……〙
「……有難う、テスカ」
ロザリーは彼女の名前をそう呼んだ。
テスカはただ嬉しそうな笑みを返す。
(きっと、これでいいんですわ。そう、きっと……)
学園に連れて行くことの出来る執事と使用人は一人ずつ。ロザリーは迷わずジュールとテスカを指名した。
テスカはともかくとして、ジュールに関しては叔父ブランとて手放せない人材なのでかなり渋られたが、同時に煙たく思っているのも事実なので、最終的には許可を貰うことに成功する。
そこで感情が勝ってしまう辺り、叔父ブランの器の小ささが伺えるというものであった。
そんなこんなで気付くと入学式の日を迎える。
「では、行って参りますわ叔父上、叔母上」
ロザリーは、一応は見送りをしてくれた叔父夫婦へ向けて言った。
「フン!」
それに対して叔父ブランは見るからに不機嫌そうな顔で返し、同席している叔母デイジーに至っては無視である。
一方で、アンネは寂しそうな顔で何か言おうとしていたが、ロザリーはそっと口に人差し指を当て、それを制した。
「……では、行きましょうかお嬢様」
「ええ、ジュール」
ジュールに手を引かれ、ロザリーは馬車へと乗り込んだ。
最後にテスカが足を引っ掛けて思わず転びそうになりながらも何とか堪えて乗ると、ロザリーたちを乗せた馬車は出発した。
「……ふう、これで暫く叔父上と叔母上に顔を合わせなくて済むと思うと、とっっっっても清々しますわね!」
馬車が出発して少し経つと、ロザリーはそう言って体を大きく伸ばした。
叔父夫婦に見られたら「はしたない」とか「貴族にあるまじき〜」などと言われ叱責を受けそうではあるが、身内しかいない空間でまで貴族らしく淑女らしくを振る舞い続けていては、それこそ気が参ってしまう。
「まあ、アンネと会えないのは寂しいですけれども」
「アンネ様、お嬢様のいない間にブラン様たちから何か吹き込まれたりしないでしょうか?」
隣に座るテスカがそう懸念を口にした。
「心配です……」
「大丈夫。アンネはああ見えて賢い子ですわ」
ロザリーは断言する。
あれからアンネは叔母デイジーの真似を一切しなくなっていた。
ロザリーから教えられたことで、叔母デイジーが決して好意的な言葉を発しているわけではないということを身をもって理解したからであろう。
更には二人きりでこっそり会っている時には「おねえさま、だいじょうぶ?」と心配までしてくれるようになったのだ。
(勿論、ワタクシのいない三年間で変わってしまう可能性もありますわ。でも、ワタクシは信じたい。ワタクシに向けてくれるアンネのあの純粋な笑顔を)
そんな気持ちを胸に留めたまま、ロザリーは向かい合って目の前に座っているジュールへと視線を向ける。
「ジュール、改めて確認するのだけれども、今日のスケジュールはどうなっているかしら?」
「はい、お嬢様」
ジュールは小さく頷くと言葉を続けた。
「入学式の後に、ガーデンドール学園内の案内、入寮の後に歓迎パーティーとなっております。授業などは明日からとなりますね」
「有難うですわ。ジュール、手帳を渡して下さらない?」
「はい、こちらでございます」
ロザリーはジュールから手渡された手帳を開くと、その中身を確認し始める。
「ふむふむ……ですわ」
「何を読まれているんですか?」
あまりにロザリーが熱心なので、隣でその様子を見ていたテスカが思わず不思議そうな顔で尋ねた。
「え?ああ、これですの?『天啓』の内容を書き記したものですわ」
「『天啓』……」
ロザリーはテスカに「天啓」のことを話していた。
あれだけの秘密を打ち明けてくれたテスカに対して、このことを話さないのはアンフェアなのと、今の彼女はもう主従を超えた仲間であると思ったからである。
また、同姓であり、学園で尤も身近にいるであろう彼女にはちゃんと事情を知って貰った方が良いという思惑もあった。
「勿論、お嬢様の仰ることを疑っているわけではありませんですけど……」
「まあ、そういう感じになるのは当然だと思いますわ。寧ろ、すぐに信じたジュールが今考えると特別過ぎたのかも知れませんわね」
ロザリーがチラッと前方を見ると、ジュールが穏やかな笑みでそれを返す。
「まあ、テスカはそれでいいと思いますわ。実際に貴女が屋敷に来た。その時点であれが夢や妄想の類では無いのだとワタクシは確信を持てましたわ」
「本当ならばワタシ、お嬢様からすぐにクビを言い渡されてお屋敷を追い出されていたんでしたっけ?まあ、確かにカムフラージュのために必要以上にミスを連発していましたですけど……」
「カムフラージュならば、今でも何もないところで急に転んだりなんかしなくても良いのではなくて?」
「え?あ、アハハハハハ……そ、そうですね!」
テスカは笑って誤魔化す。
この辺も素の彼女なのだろう。
あの日から、ロザリーとジュールにはそういう姿をより見せるようになっていた。
「で、でも、お嬢様のためにワタシの出来ることは何でもしたいと思っていますので!!」
「うふふ、有難うですわテスカ」
ロザリーはそう言うと、再び手帳の中身へ視線を戻す。
アンネについてはまだどう転ぶか分からないが、テスカについては紆余曲折あったものの、結果として未来は変わった。
つまり、「天啓」で見た内容は変えることが出来るのである。
(学園に行ってからのこともこうして確認しておいて損は絶対に無いですわ)
とはいえ、改めてその内容に目を通すと、それだけで気分が悪くなりそうであった。
(……うーん、ワタクシとしても忘れたつもりは無いですし、あんなもの忘れることなんか出来るわけないと思っていたのですけれども、やはり時間が経つと記憶というのは薄れていってしまうものですのね。書き残しておいて大正解でしたわ)
「天啓」の内容を手帳に書き残すのはジュールからの提案であった。
(ジュールには本当に頭が下がりますわね。ん……)
と、ロザリーは堪えきれずに欠伸をした。
期待や緊張などで昨晩寝付くのが普段よりも遅かったのと、万全を期すための早起きの相乗効果である。
「……学園までもう少し掛かりそうですし、ワタクシは少し寝させて貰ってもよろしいかしら?」
「ええ。ここには私たちしかおりません。ゆっくりお休みになって下さい」
「有難うジュール……zzzz」
瞼を閉じるとロザリーはすぐに寝息を立て始めた。
テスカはその様子を愛おしく見つめる。
「……フフッ、お嬢様もこうして見るとまだまだ子供ですね。寝顔がとても愛らしいです」
「おやおや。寝顔が愛らしいのは否定しませんが、仮にも貴族に仕える身であるならば、そういうことを決して他の人の前で言ってはなりませんよ、テスカ。学園内では特に」
「は、はいです!も、申し訳ございませんです!」
「まあ、ここには我々しかおりませんし、今は不問といたしましょう」
「あ、有難うございますです!」
そう深々と頭を下げるテスカを見て、やれやれといった感じでジュールは苦笑した。
そして、視線をテスカの隣に移す。
「……どうか、お嬢様の未来に幸多からんことを」
ジュールはロザリーの安らかな寝顔を見つめ、これからの学園生活もこのように穏やかであることを祈った。
※年数の設定を変更させて頂きました。




