第42話 ロザリーと大聖堂の地下室
「……魔族が大聖堂に、ですか。由々しき事態にも程がありますねー」
「それも、見る限り高位の神官に扮していたとはね」
この状況下でも平静を保とうとするキャスリーン。
何時になく真剣な表情のミング。
二人にとって唯一確かなのは、対峙している存在が計り知れぬ脅威であるということだった。
「ただ、頭はそんな良くなさそうですねー。私たちに正体を明かす意味が全くありませんし」
「フフフ……貴女は、もしかして全てのことには何らかの意味が必ずある。と、そう考えているのですか?」
「…………………………」
「その沈黙は肯定と捉えさせて頂きますが、実にゆとりのない考えです。遊び心がありません。物事というものはですね、順調過ぎても面白くないのですよ」
キャスリーンの蔑みの言葉も意に介さず、愉悦に満ちた表情でユリアンヌは両腕を大きく広げて見せる。
「誰もが私を魔族などと疑いはしません。疑惑の種すら撒かれていない。私があまりに完璧過ぎるから!……ですが、それは退屈の日々でもありました」
ユリアンヌは暗鬱とした表情で顔を上げた。
「ふとした言葉の弾みから違和感を持たれるかも知れない。何かしらのミスで疑いの目を向けられるかも知れない。……そんな緊張感の無い日々のなんと色褪せたことでしょう。貴女たちにこの空虚な心が理解出来ますか?」
「……やっぱり、相当イッちゃってますねー。会話になりそうでならないですし、まともではありませんよ、アレ」
「しかし、奴のそのまともじゃない思考のお陰で気付いたこともある」
一片の共感も示さず心底呆れ返るキャスリーンを余所に、ミングは確信を得たように頷く。
「奴が魔族ならば、一つの仮説が浮かび上がる。奴が知り合いと話すマグミスも魔族であると」
「ご明察!」
バン、と錫杖の突起を床に打ち鳴らし、ユリアンヌは高らかに叫んだ。
「フフフ……。ああ、マグミスには悪いことしましたね。彼女は今もバレるんじゃないかと必死こいて正体を隠してるかも知れないのに」
「自分で全部バラしてくスタイルなんですか?こっちは情報が手に入って助かりますが」
「ああ……これだから人間は愚かですね。肝心なところで頭が回らない。こうしてベラベラと秘密を話した相手をみすみす生かしておくとお思いですか?」
呆れ果てるキャスリーンに対して、ユリアンヌは憐れむような目で見下ろしてみせた。
「これはねえ、息抜きなんですよ」
「息抜き?」
「ええ、ただの退屈凌ぎ。決して知られてはいけないことをこうして話すのって、とても気持ちが良いものなのです。尤も、それを知った者は一人として生きてはいないのですけどねぇ!」
高らかに笑うユリアンヌ。
耳障りに聞こえるその声は、地下室全体へと不気味に響き渡る。
「……なるほど。そういうことですか」
その時、新たな声が聞こえてきた。
入口の方から歩み出た長身の影。それは、マギ司祭のものであった。
そして、彼の背後からも複数の足音が続いてくる。
「ユリアンヌ様……そんな……」
驚き、悲しみ、信じたくはないという葛藤が入り混じった可憐な声、次第に露わになっていく亜麻色の髪の少女──アリーは目の前の出来事に絶句する。
その傍らには、ロザリーたちが事の顛末を見届けるように静かに佇んでいた。
──数分前
「……私も、行きます!」
修行者が立ち入ることを固く禁じられている部屋の扉。
その前で、アリーは意を決したかのように力を込めて言った。
「行かねばならない……何故だかそんな気がするんです」
言葉からアリーの決心を感じ取ったロザリーは、頷きを返した。
「……では、行きましょうか。アリーさん」
「ハイ!」
ロザリーたちはアリーを伴い、扉を押し開けてその中へと足を踏み入れた。
室内には下へと続く石造りの階段があり、深く暗い地下へと伸びている。
皆で顔を見合わせ、一つ頷き合うと、静かに階段を降り始めていった。
左右の壁には等間隔で暗闇の中で仄かに光る鉱石が埋め込んであり、松明などが無くとも何とか視界を確保することは出来ている。
「!?……誰か居ますわ」
暫く進むと、ロザリーがピタッと足を止めた。
階段の先、薄暗がりの中に人影が見えた。
まるで、ロザリーたちを待ち構えていたかのようにその場へ佇んでいる。
「……誰ですか?」
人影が、上にいるロザリーたちへそう問い掛けた。
階段を上ってくる長身のシルエットと、露わになった顔立ちにアリーがハッと息をのんだ。
「マギ司祭!!何故ここに!?」
「……それはこちらのセリフですよアリー」
そう答えたのは、つい先程ロザリーたちが大聖堂で会話を交わしたばかりの長身の司祭であった。
「ここは修行者である貴女が来ていい場所ではありません。ましてや、部外者を連れてくるなど以ての外!」
「す、すみません」
厳格な口調でお叱りを受け、アリーは思わず縮こまる。
しかし、マギは小さく首を振ると、視線を階段の奥へと向けた。
「……尤も、今はそんなことを言ってる暇は無いかも知れませんが」
「?どういうことですの?」
「……ここで立ち話というのも何です。まだ階段は続きますので、歩きながら話しましょう」
首を傾げるロザリーに、マギは先を促す。
一行が再び地下へと下っていく中、マギは淡々とした口調で切り出した。
「先程の話ですが、入り口の扉の鍵が開いていたでしょう?」
「え、ええ。開いていましたわ」
「鍵を開けたのは私ではありません。そして、鍵はこの通り私が持っています。合鍵などは存在しません」
マギは懐から一つの鍵を取り出すと、それをロザリーたちへと見せる。
「何かしらの用事でここへ入りたい時は人伝なり直接言うなりして私を通すことになっていますが、そのような話は来ていません。従って、正規の手順を踏まずに鍵を開けた何者かには私に言えない後ろめたいものがあるものと推察されます」
「外部犯の可能性は?」
ジュールが足取りを緩めず尋ねると、マギは即座に首を横に振った。
「ここは大聖堂の最奥。そこに至るまでも含めて必ず誰かの目には入ります。隠れ潜み、進めるような構造ではありません。ましてや、今は真昼間ですからね」
「確かに、ここに来るまでに何人もすれ違いましたわね」
「そっか。僕たちはアリーさんと一緒だったから何も言われなかったんだね」
サピオの納得したような呟きに、マギはこくりと頷く。
「私は、立場上誰がどの時間何処にいるかはある程度把握していますから、なるべく見つからぬように地下室へその方々を導くことは出来ますが……それでも、アリーに偶然見られてしまったようですから、外部犯が誰にも見つからずというのは困難と言えるでしょう」
「ふぅむ。内部の人間がここを通ったとして、その人物の目的は、この先にいる人物ですかな?」
「……確かにこの先に匿っている者たちはいます」
ジュールの問い掛けに、マギは一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐにそう答えた。
「ほう?随分とあっさりお認めになる?」
「……ここまで来た以上、最早隠しても意味はありませんから。それに、アリーが連れて来たということは、少なくとも悪意のある目的では無いでしょうし。彼女は人の善意を信じたいという願いを持ってはいるが、だからと言って簡単に騙されるような娘では無いですからね」
「マギ司祭……」
「しかし、その者たちが来ることを知ったのは私もつい先日のことで、来たのも今日です。当然、彼らが何者なのかなどその時点で知る筈もない。連絡を受けた私ですらそうなのに、大聖堂の人間で彼らの存在を把握した上で彼らを知っている……というのは、全く無いとまでは言いませんが、可能性としては低いと言っていいでしょう」
「なるほど。だとすると、その内部犯の目的が分かりませんな」
「ええ。ですが、良からぬ思惑でここへ来てるのは間違いないかと。真っ当な理由があるのならば、私から鍵を借りにくればいいわけですからね」
そう語るマギの足取りに合わせ、暗く重い地下の空気が一層深まっていくようであった。
「……間もなく、目的地に着きます。私たちの疑問は恐らくそこである程度は晴れるでしょう」
──現在
一行の眼前に広がっていたのは、異様な殺気を放つユリアンヌと、それに対峙する二人組の姿であった。
「……来て下さいましたか、マギ司祭。勘のいい貴方ならば、私がこの二人組のことを尋ねた時点で、一度様子を見に行くと思っていました。……まあ、余計なものを連れて来たのは計算外でしたが」
「ユリアンヌ様……」
師であり尊敬する人物の異変に、アリーの声が思わず震える。
だが、そんな彼女には目もくれずに、ユリアンヌの視線はマギへと向けられていた。
「マギ司祭。ちなみになのですが、貴方は何処から話を聞いていましたか?」
「貴女がよからぬ企みを口にし出した辺りからですよ」
マギは静かに言った。
「……修行者が時々失踪することがありました。修行の辛さに逃げ出したのだとばかり思っていましたが、そういうことだったのですね」
「ご明察。まあ、彼女たちが逃げ出そうとしたのは合っていますよ。ですので、気兼ねなくやれて、とても良いストレス解消になりました!」
「そんな……!」
悪びれもなく放たれた残酷な吐露に、アリーは息を呑んで絶句する。
その緊迫したやり取りの最中、ロザリーの視線は奥で身構える人影へと向けられていた。
「やっぱり、ミング先生でしたわ!」
フードを被った小柄な仮面の二人組。その一人がミングであったことがここに示された。
だが、その隣に立つ人物へ目を向けた瞬間、ロザリーは大きく目を見開く。
「ミング先生の側にいるのは……キャスさん!?」
そこにいたのは、カール王子の護衛騎士として学園へ編入してきたあのキャスであった。
(……そう言えば、キャスさんがあの後どうなったかは知りませんでしたわね。何故、ここに……?いえ、それは今重要なことでは無いですわ。無いのですけれども……)
ロザリーは思考を切り替えようとするも、なかなか上手くいかない。
だが、この場所での想定外の再会に目を見張ったのは、向こうも同じであった。
「ロザリー・ローゼス・ロッソ!まさか、こんなところで会えるなんてね!」
「ロザリーさん……何故ここに?」
予期せぬ遭遇に揺れるロザリーたち。
一方で、ユリアンヌはというとアリーやマギとの会話を続けていた。
「何故、そのような顔をするのですか、アリー?私が秘密を明かした後に屠ったのは、どのみち我が神の教えを享受しきれなかった落伍者じゃないですか。貴女が気に病むことでは無いでしょう?」
「嘘だと……言ってくださいユリアンヌ様!神は寛容です!一度や二度の過ちは赦して下さいますから!」
「本当のことですからね。赦して貰う必要がありませんね」
「ユリアンヌ司祭。それ以上は止めて下さい。アリーが可哀想です」
低く言い放つマギを前に、ユリアンヌは不気味に肩を揺する。
「フフフ……。まあ、その小娘など最初から眼中にはありません。私が狙っていたのは、貴方ですよマギ司祭」
そう言ってユリアンヌは錫杖をマギへと向けた。
「貴方は優秀ですからね。私の正体に気付く可能性があるので、何時かは排除したいと思っていたんですよ。貴方が何やらこちらで隠し事をしているとアリーから聞きましてね。好機だと思い、利用させて頂きました」
「……少し気になったんですけど」
ユリアンヌのその言葉に反応したのはキャス──キャスリーンであった。
「先程と言ってることが違いませんかー?正体がバレるかも知れない緊張感とか何処行ったんです?」
「……ええ、確かにそう言いましたね。でも、それはあくまで絶対にバレないだろうという安全圏内での遊びです。本当に自分の正体を見抜きそうな相手とそんなギリギリな駆け引きをしたいわけが無いじゃありませんか!」
「セコいですねー。程度が知れるって奴じゃないですかー、それ?」
「フフフ……アハハハハ!」
ユリアンヌは狂ったように笑う。
「知っていますか?持っている力を解放するのって、とても気持ちが良いのです。屠る相手が多ければ多い程、その気持ち良さは増していくというもの!」
嘲笑うユリアンヌ。
不気味な高笑いが地下室を包み込む中、ミングが鋭く叫ぶ。
「ロザリー・ローゼス・ロッソ!彼女は『魔族』だ!」
その声に応じるようにロザリーはすぐさま額に集中して、ユリアンヌを視た。
彼女から激しく立ち上る禍々しい瘴気──それは、間違いなく「闇の力」であった。




