第41話 ロザリーと大聖堂の人たち③
アリーを伴い、大聖堂の中の探索を開始したロザリーたち。
修行中の身である彼女の午後の修練が始まるまでの時間という制約があったため、残された猶予は然程無かった。
だが、それでも彼女の案内のお陰で探索はかなり効率的に行えていた。
「……しかし、意外でしたわね。アリーさんが次期聖女の筆頭候補と呼ばれる程凄い方だったなんて」
「意外、ですか?これでも修行自体は真面目にやってるんですよ?」
「隙を見て大聖堂を抜け出すようなことを、それも初犯じゃないだなんて聞かされたら、とてもそうは思えませんわ」
「それを言われるとぐうの音も出ませんね」
アリーは申し訳なさそうにしつつも、何処か嬉しそうに笑ってみせる。
「私自身、修行が好きというわけではありませんし、辛いことだと今でも思っています。それでも、修行を経て培ったものには自信はありますし、次期聖女にもなりたいんです」
「だから、ああいう息抜きが適度に必要ということですのね」
「はい!……本当は、そんな邪念すら欠片も無い程修行に打ち込むのが正しいんでしょうけどね。先代の聖女様がそうだったと聞きますし」
「うーん。ワタクシ個人としては、アリーさんの方が好ましいと思いますわ」
「!」
「聖女修行のことは全く分かりませんけれども、筆頭候補とまで言われるアリーさんですら耐え難いと思ってしまうものなんでしょう?それを息抜きもせずにこなしているなんて、聖人というよりも狂人の域だと思いますわ」
あまりに思い切ったロザリーの評に、アリーは目を丸くして言葉を失う。
だが、ロザリーは気にした様子もなく、フンと鼻を鳴らして続けた。
「まあ、だからこそ聖女なのかも知れませんけれども、そこまでいってしまった人よりかは、アリーさんの方がワタクシは好感が持てますわね」
「……………………」
アリーの目から一筋の涙が流れた。
「!?わ、ワタクシ、何かマズいこと言いまして!?」
「い、いえ。違うんです!」
アリーは頬を伝う涙を慌てて袖口で拭う。
「……有難うございます、ロザリーさん。そんな風に言って貰ったこと、今までありませんでしたから」
そう言うアリーの笑顔を見てホッとしたのも束の間、ロザリーはふと「天啓」の中で見た光景を思い出す。
(あれ?これって、『天啓』と同じ……?)
「天啓」の中で、未来のロザリーは聖女候補の少女を泣かせていた。勿論、過程は全く異なるものの、結果だけを見れば、ロザリーはアリーを泣かせている。
(ぐっ……、またもワタクシを悩ませる『天啓』……。一体、何時この呪縛から抜け出せるのかしらね……)
「?どうされましたか?」
「い、いえ、何でもありませんわ!ホホホホ……」
高らかに笑って誤魔化すロザリー。そこへ、遠くから微かに鐘の音が聞こえてきた。
「……もうすぐ、次の予鈴が鳴る時間。ガーデンドール学園の生徒さんたちもそろそろ宿舎から大聖堂へ移ってくる頃ですね」
「大聖堂の方は、僕たちの行ける範囲はもう全部見終わっちゃったかな?」
サピオが周囲を見回しながら尋ねる。
「そうですねえ、あと探せていないのはマギ司祭の部屋くらいですが……」
「そうなると、流石にアリーさんがいても難しいね」
サピオが、うーんと唸って首を捻った。
「誰もがみだりに入れぬ……という意味では、確かに私室は候補に入りますが……。アリー様、司祭の部屋というのはどのくらいの広さなのでしょうか?」
「私たち修行者に割り当てられる部屋と大体同じくらいです。尤も、私たちは二人一組でその部屋を使うのですが、正直手狭に感じる広さですね」
ジュールの問いに、アリーはすぐさま思い当たる光景を浮かべて答える。
「ふぅむ。そうなりますと、人を……それも二人組を匿うには、あまり向いておりませんな。私室と言えども、思わぬ来訪などはあるでしょうから。部屋の中に秘密の空間があるとかであれば、話は別ですが」
「あ、それは無いと思います。マギ司祭の部屋には隠し部屋も通路も無いかと」
アリーはきっぱりと言い切った。
「ほう。何故そこまで言い切れるのですか?」
「司祭様の部屋には、私を含めて多くの子が床磨きや大掃除で何度も何度も入っていますから。壁の隅から棚の裏まで拭き掃除をさせられますし、室内の家具を運ぶ時に壁とかにぶつけちゃったりする子もいますので、隠し扉なんかがあれば絶対に誰かが気付くと思います」
そう語るアリーだったが、ふと思案するようにこめかみへ指を当てた。
「ただ、大聖堂の歴史は古いですからね。何処かに隠し部屋の一つや二つはあってもおかしくないかも知れません。私たち修行者が立ち入れない場所もありますし」
「あるかどうか分からない隠し部屋よりも、その『立ち入れない場所』の方が、マギ司祭が誰かを匿っている可能性は高そうですわね。そこへ案内して下さるかしら?」
ロザリーがそう言うと、アリーは少し気まずそうに視線を落とした。
「案内するのはいいのですけど……。でも、そこは何時も鍵が掛かっていますし、それに……」
「……確かに、アリーさんがそこに入るのはよろしくないですわね。表向きは真面目に修行してるのですから」
「しゅ、修行自体は常に真面目です!手を抜いたり疎かにはしていませんよ!」
「ふふっ、そうでしたわね」
慌てるアリーに、ロザリーは思わず微笑む。
「でしたら、場所だけ教えて下されば、あとはワタクシたちが勝手にやったことにしますわ」
「ただの鍵でしたら、如何様にも出来ましょう」
「手段を選んでなどいられませんですからね!」
胸を張るテスカに続いてサピオも小さく頷く。
無垢な少年は無法な会話に多少困り顔ながらも、その気持ちは皆と同じであるようだ。
「……いえ、ここまで来たのですから、せめてその扉の前まではご一緒させて下さい」
アリーは意を決したようにロザリーを真っ直ぐ見つめる。
「いいんですの?もしも、その『立ち入れない場所』で何かあった時にワタクシたちと一緒にいるところを誰かに見られでもしましたら、アリーさんにご迷惑では?」
「私が、困った人がいたら誰にでも手を差し伸べる性分だということは大聖堂の人たちは皆知っていますから。もし、見つかったとしても、最悪ユリアンヌ様のお説教で済むと思います」
「それならば、絶対に見つからないようにしないといけませんわね!」
ニヤリと悪戯っ子のような笑みを浮かべるロザリー。
と、アリーは小さな声で呟いた。
「……有難うございます」
「?御礼を言うのはこちらの方ですわ」
「それでも言わせて下さい。『有難うございます』」
アリーは深く噛みしめるように言うと、少し俯く。
「……聖地サントの大聖堂は、大陸一の教会ですから毎日のように色々な人が訪れるんです。そういった方々とはお勤めとして一言、二言と言葉を交わすのですが、それだけでした」
胸の前で自らの手をぎゅっと握りしめるアリー。
「修行仲間にも歳の近い子たちはいますけど、なまじ『次期聖女の筆頭候補』なんて呼ばれるからか、対等に話してくれる子はいませんでした。だから、嬉しいんです。同い年の子と、こうして普通に話せることが」
「アリーさん……」
ロザリーは思わず彼女の名前を呼んでいた。
ぽつりと零されたアリーの言葉。
それは、周囲から特別視され、期待や遠慮の中で彼女が孤独であったことを物語っていた。
「今だって、私にとっては夢のような時間なんです。本当はしてはいけないことを、友達とこっそり……みたいな。あ、友達なんて失礼でしたね。会って、まだ時間もそんな経っていないのに……」
そう言葉を口にしてから、アリーは申し訳なさそうに視線を泳がせた。
だが、ロザリーは即座に首を横に振る。
「……いえ、時間なんて関係無いですわ!」
「え?」
「と、友達ってそういうものでは無くて?」
力強く言い切ったものの、自分で言っていて急に恥ずかしくなったのか、ロザリーの頬にすっと赤みが差す。
それを誤魔化すようにロザリーはぷいっとそっぽを向いた。
「……アリーさんがよろしければ、ワタクシと貴女は友達……ですわ」
「……ロザリーさん」
アリーは感極まったように瞳を潤ませていた。
ジュールとテスカはそんな微笑ましい二人を温かい目で見守り、サピオも顔を綻ばせていた。
引き続き、アリーの案内で普段彼女たちが立ち入ることの出来ないという大聖堂の深部へとやって来たロザリーたち。
ひんやりとした静けさが満ちる廊下の突き当たりには、重厚な木製の扉が佇んでいた。
アリーが緊張した面持ちで扉の取っ手に手を掛ける。
「あら?鍵が開いてます。こんなこと今まで無かったんですけど」
「チャンスですね!お嬢様!」
「ですわね!……アリーさんはどうしますの?」
「私は……」
──大聖堂 地下室
「……ユリアンヌと言いましたか?貴女の言ってることも目的も何だか分かりませんけど、私たちに危害を加えると言うのであれば、容赦はしませんよ?」
「どうするというのですか?」
ユリアンヌが一歩踏み出した瞬間、キャスリーンは既に間合いを詰めていた。
何時の間にか抜刀されたレイピアの切っ先が、寸分の狂いもなくユリアンヌの喉元を穿とうとする。
だが、それは何かに弾かれた。
鋭い刃はユリアンヌの皮膚にすら届くことなく静止し、キャスリーンは舌打ちと共に即座に後方へ下がる。
「……『加護』ですか。厄介ですね」
「ご明察。貴女の刃が私に届くことはありません」
加護。
それは、修行を重ねた神の信徒が使うことの出来る奇跡の技である。
その効果は多岐にわたるが、ユリアンヌが用いたのは自らの身を護る絶対の隔壁であった。
「神は仰られました。選別されるべき命もあると。それはあなたたちの命です」
「随分と物騒なことを言う神様ですねー。というか、それ本当に神様ですかー?」
「ヒッヒッヒ。ボクも宗教は詳しいわけじゃないけどね。それでも聖書の内容くらいは知っているけど、そんなこと神は一言も言ってなかったと思うよ?」
キャスリーンとミングが交互に言葉を投げかけるも、ユリアンヌはまるで意に介さぬかのように、二人を見下すような視線を向ける。
「私には聞こえるのですよ。神の声が!直接!」
「……大分イッちゃってますねー」
「私の言葉は神の言葉。それを疑うのは不敬というものです!」
ユリアンヌはそう声を張り上げると同時に、手にしていた豪奢な錫杖を激しく振るった。
その尖端から放たれたのは、神聖な光とは真逆の黒ずんだ禍々しい衝撃波だった。
「!?」
キャスリーンはすんでのところでそれを身を捩って躱す。
「……何ですか、アレ?『加護』っていうよりも、『呪詛』の間違いなんじゃないですか?」
「と、言うよりもこれは『闇の力』だね」
ミングは、何時ものような不気味な笑い声を上げることなく真剣な表情で言った。
「闇の力が使える人間はこの世界にロザリー・ローゼス・ロッソ、唯一人!それ以外には存在し得ない!」
「なるほど。闇の力の第一人者を自称する貴方がそう言うのであれば、そうなんでしょう。つまりは、このユリアンヌとかいう女は『魔族』。そういうことでよろしかったですか?」
「ああ、そうとしか考えられない!」
「……………………」
静まり返る地下室。
と、ユリアンヌは目を細め、くつくつと喉を鳴らすや否や、手に持った錫杖を静かに鳴らすと冷ややかな声で呟いた。
「…………ご明察」




