第41話 ロザリーと大聖堂の人たち②
聴衆たちと一通りの会話を終えたアリーは、大聖堂の廊下でマギの背中を見掛け、慌てて駆け寄った。
「マギ司祭!」
「おや、アリー。私に何か用ですか?」
振り向いたマギに、アリーは思わず言葉を詰まらせてしまう。
相手は、自分よりも位の高い人物。畏れ多い上に、尋ねることも踏み込んだ内容である。
しかし、アリーは身を乗り出して頼んできたロザリーたちの表情を思い出すと、意を決して口を開いた。
「ええっと……。実は先程お昼前に、マギ司祭がフードを被った二人組を案内しているのをお見掛けしまして……」
「ふむ」
「その……もう、お帰りになったのですか?その方たちは?」
「……何故、貴女がそれを気にするのですか?」
そう言うマギの表情は一見すると変わらないように見えたが、何処か温かみのようなものが消えていた。静かな、それでいて相手の奥底までを見透かすかの如く鋭い視線がアリーを捉える。
「あ、そ、それはその……」
視線を泳がせながら、アリーは必死に言葉を紡ぐ。
他の人からそう尋ねて欲しいと頼まれた──と、正直に言ってしまえば、余計に警戒され、望む答えなど得られないだろう。
アリーにもそれは理解出来ていた。
「あ、あまり大聖堂ではお見掛けしないような雰囲気の方々でしたので……その、少し気になってしまいまして……」
自分でも苦しい言い訳だとは分かっていたからか、冷や汗が彼女の背中を伝う。
マギはアリーのそんな動揺を見つめた後、おもむろに口を開いた。
「確かに、あの二人組は私の客です。ですが、既に用を終え、お引き取り頂きました。……この答えで満足ですか?」
「は、はい。有難うございます……」
「……アリー、貴女の年頃を考えれば好奇心旺盛なのは仕方ありませんが、何でもそう首を突っ込むものではありません」
「は、はい。す、すみませんでした!」
「貴女はまだ修行の身なのです。今はご自分の職務に集中しなさい。関係のないことに気を取られてはいけませんよ」
そう言ってマギはアリーに背を向けた。
アリーは、去って行くその後ろ姿を見つめることしか出来ないでいる。
(……すみません、ロザリーさん)
力になれなかった不甲斐なさに、ぎゅっと拳を握るアリー。
遠ざかっていくマギの足音だけが、虚しく耳の奥に響いていた。
アリーの前を辞し、廊下の曲がり角を曲がった直後、マギの表情からは穏やかな笑みが消え、思案の色が浮かんでいた。
(……アリーがあの二人のことを聞いてくるとは思わなかったな)
歩幅を広げて廊下を進みながら、マギは静かに思考を巡らせる。
(興味本位で聞いてきたのか?そういうタイプの娘では無かったと思うが……)
彼が知るアリーは、時々修行を抜け出すような年相応のやんちゃさを持ってはいるものの、基本的には真面目で素直な性格の少女であった。
噂話などを好み、嗜むような姿を見たことは無い。
(それとも、誰かから聞いてくれと頼まれたのか?……ふむ、その方が自然だな)
アリーが必死に言葉を繕っていた様子を思い返し、納得したように頷く。
(それに、ユリアンヌ司祭も同じことを聞いてきたのは偶然では無いだろうな)
強い胸騒ぎが、彼の胸を締め付けた。
(嫌な予感がする……。二人には話しておいた方が良いな)
マギは周囲の気配を伺いつつ、地下室へと急ぎ、足を向けた。
一方、その頃。
大聖堂の回廊に佇んでいたロザリーたちは、肩を落としながらトボトボとこちらへ向かって歩いてくるアリーの姿を見つける。
近付いてきたアリーは申し訳なさそうに眉を下げ、ゆっくりと首を横に振った。
「すみません、ロザリーさん。マギ司祭にお探しの方のことをお聞きしてみたのですが、もうお帰りになったと言われまして……」
「いえ、アリーさんが謝ることでは無いですわ」
落ち込むアリーに対し、ロザリーは優しく声を掛け、努めて明るく微笑んでみせた。
「貴女に無理をさせてしまったみたいで、寧ろこちらの方が申し訳無いですわね」
「いえいえ、そんなことないです!」
慌てて両手を振るアリー。
ロザリーは胸元にそっと手を添え、案じるように瞳を伏せた。
「……でも、手掛かりが遠退いたのも事実ですわね。これからどうしましょうか?」
「ふぅむ。アリー様。マギ司祭は、『お帰りになった』とそう仰られたんですね?」
腕を組み、顎に指を当てていたジュールが、静かに問いかける。
「は、はい。そのように仰られていました」
「マギ司祭がその二人組を案内していたのはどのくらい前でしょうか?」
「えーっと……、お昼より少し前だったかと」
「ということは、我々が聖地サントへ辿り着いてから間もない頃となりますか。私は参道で行き交う人々を注意深く見ておりましたが、フードを被った小柄な二人組は見掛けませんでした。テスカはどうです?」
ジュールの問いに、テスカが首を横に振る。
「ワタシも見ていないですね。見ていたら報告していますです」
「大聖堂の裏手は険しく整備されていない山。裏から下山するとなれば相応の時間が掛かりますし、表の参道を通っていない以上、こんな短時間で人目を避けて姿を消すのは不自然です。そもそも、それほど急いで立ち去るなら、わざわざリスクを冒してここへ寄る理由の見当がつきませぬな」
「つまり、フードの二人組はまだ大聖堂にいる……と、ジュールは考えているのですわね?」
「はい。その可能性が高いと思います。勿論、マギ司祭の言うように、既にこの地を離れた可能性がゼロというわけではございませんが、大聖堂を粗方調べてからでも遅くはないと具申します」
二人の会話を真剣な表情で聞いていたアリーは、意を決したように身を乗り出した。
「で、では、私が案内します!」
「アリーさん。いいの?」
サピオが尋ねると、アリーは即座に首を縦に振る。
「はい。それに修行中とはいえ私もここの関係者ですので、ロザリーさんたちだけで探索するよりも何かとスムーズに行くところもあると思います!」
力になりたい一心で真っ直ぐに見つめてくるアリー。その健気な申し出に、ロザリーは感謝を込めて頷いた。
「分かりましたわ。では、お願い出来ます?アリーさん」
「はい、勿論です!」
こうしてロザリーたちは、アリーの案内のもと、大聖堂の本格的な探索へと乗り出すのであった。
──大聖堂 地下室
薄暗い地下室の静寂を破り、階段のほうからコツリ、コツリと靴音が近づいてくる。
「おやあ?マギ司祭、ボクたちに何か用だろうか?」
「……いえ、足音が違います。マギ司祭ではありません」
キャスリーンが小さい声でそう制した直後、重々しい木製扉が静かに押し開かれた。
そこから現れたのは、優美な司祭服に身を包み、手に錫杖を持った一人の女性であった。
「やはりここに居ましたか。誰かを匿うとしたら、自室かここくらいしか選択肢は無いですからね。尤も、この場所の存在を知っている者は限られますが」
「……貴女は誰です?」
身を潜めていた暗がりから一歩進み出て、警戒露わに身構えるキャスリーンに対し、女性はクスッと艶やかに微笑む。
「ユリアンヌ……そう言って伝わりますでしょうか?」
「生憎と、宗教関係には疎いものでして」
「……まあ、いいでしょう。私の名がどれ程知られているかなど、些事に過ぎません」
ユリアンヌはキャスリーンの返答を意にも介さず、室内を値踏みするように見回した。
やがて、その視線が影に潜む二人を捉える。
「あのマギ司祭がわざわざこうして動いて隠していたのですから、何事かと思いましたら、子供と獣人ですか。珍しい組み合わせではありますがね。でも、獣人……」
ユリアンヌは指先を顎に当て、思い出したように視線を細めた。
「もしかして、マグミスが言っていた罪を着せた獣人とは貴方のことでは?」
「…………?何故、そこでマグミスの名前が出て来るんですか?」
「どうやら、あなたたちは知らないようですね。そうして逃げ回ることになった主な原因を」
「ヒッヒッヒ。そういうことか」
薄暗がりの中で、ミングが低く歪んだ笑いを漏らす。目元に落ちる陰りが、一瞬で険しいものへと変わった。
「ボクを嵌めたのはマグミス先生……そういうことだね?」
「ご明察です」
ユリアンヌは白々しく頷き、思い返したように言葉を継いだ。
「先生……。そういえば、あの女狐はそんなことをやっていましたね。まあ、私もこんなことをやっていますから、どの口がという話ですが」
「話が見えませんねー。貴女とマグミスが知り合いなのは分かりましたが」
噛み合わないやり取りに、キャスリーンが呆れを含んだ眼光を向ける。だが、ユリアンヌの表情が崩れることはない。
「知り合い……便利な言葉ですね。確かに私とマグミスは互いを知っている間柄。ですが、特段仲が良いというわけでもない。ですから、知り合い。丁度良い言葉です」
ふっと吐き出された溜め息には、隠しきれない見下すような響きが混じっていた。
「無論、忌み嫌っているわけでもありませんが、ここであの女に恩を売っておくのもいいでしょうね。己の不手際の尻拭いをしてくれたなど、あの女には屈辱でしょうし」
「……何だか、穏やかな雰囲気ではなさそうだね」
「一体、何なんでしょうこの人?」
異様な空気感を察し、キャスリーンとミングは互いに視線を交わすと、じりじりと後ずさりして間合いを取る。
そんな二人の小さな抵抗をあざ笑うかのように、ユリアンヌはゆっくりと歩みを進めた。
「……何故、こんな話をしているのか?という顔ですね。フフ、ご安心なさってください。ここで死にゆく者が、秘密を漏らすことなどありませんからね。聖地の地下深く……届くことのない悲鳴。この私が、冤罪を晴らす機会を永遠に奪って差し上げましょう」
そう言うユリアンヌの体からは、黒く禍々しい邪気が漏れ出していた。




