第41話 ロザリーと大聖堂の人たち
「如何なされましたかな?」
マギと名乗った司祭の男は、まじまじと視線を向けるロザリーへそう問い掛ける。
「い、いえ。とても背の高い御方だなと思いまして……」
咄嗟にロザリーはそう答えた。
彼が接触していたという二人組が、もし仮にミングであったならば、それを探るような言動は警戒させるだけだと思ったからである。
実際、マギという人物は長身であった。それでいてヒョロっとした印象はない。格好が違えば、とても頼りになる戦士かその類と思っただろう。
「ジュールより背の高い方は、なかなか見ないもので珍しくて……お気に障ったのであれば、申し訳ございませんわ」
ジュールは、男性の平均よりは背が高い方である。
老齢でありながらも、姿勢が良く背筋もシャンとしており、その頼れる背中がロザリーはとても好きであった。
「ああ、確かに初めて私を見た方々は驚かれますね」
マギは自身の頭上に視線をやる。
「幼い頃から背だけは大きかったものですから、奇異の視線を向けられることはこうして慣れ過ぎて最早気付かなくなった程でして。しかし、この身体は両親から……そして神から賜った大切な贈り物ですので、今では自慢に思っております」
「そ、そうなんですのね」
「ところで、その話し方や佇まい。もしかして、身分の高い方々ですか?」
「え、ええまあ」
「そういった方々が来ることはとても珍しいことでしてね、是非とも御贔屓に……。御寄付等は勿論歓迎でございます」
マギはそう言うとにっこりと笑ってみせた。
同じ聖職に携わる者であっても亜麻色の髪の少女とは違い、大人な一面を見せた。それでいて胡散臭さやがめつさをあまり出さないのは司祭という立場故なのか。
「……それでは、私はこれで。急に声を掛けられて驚いたでしょうが、こうして祈りに訪れた方々と話をするのも我々の職務でして。ご理解頂けると助かります」
そう言うと一礼してからマギはロザリーたちの元から去り、近くにいた者たちへ話し掛けた。
「うーん。目的の方とは出会えて話せましたけれども、フードを被った仮面の二人組については聞けずじまいでしたわね」
「それは致し方無きことにございます、お嬢様。『フードで顔を隠した仮面の二人組を知らないか』などと尋ねれば、知る知らぬに関わらず警戒させますでしょう」
「分かってはいますけれども……核心に触れられないのは何とももどかしいですわね」
「あのマギという男、一見するとそうは見えぬように振る舞ってはいますが、聖職者とは思えぬ程に鍛えられております。それも、トレーニングといったレベルではなく、恐らく実戦を重ねた上でのもの」
「そ、そうなんですの?」
「わ、ワタシも気付きませんでしたです!」
「それだけ実力を隠すのが上手いということ。私も間近で見なければ、そのことには恐らく気付かなかったでしょうな。つまりは、それだけの人物。仮に件の二人組に関与していたとしても、そのことを簡単に漏らすようなことは無いかも知れません」
「ますます、どうやってミング先生のことを聞き出せばいいのか分からなくなりましたわ……。暗礁に乗り上げたとはこのことですわね」
その時であった。
「あら?」
可憐な声が不意に背中から聞こえてきた。
振り返ったロザリーたちの視界に飛び込んできたのは、見覚えのある亜麻色の巻き毛をした少女の姿であった。
「貴女たちは……」
そう言いかけてからハッと目を見開くと、慌ててすぐに口を両手で抑える少女。
「……ようこそお出で下さいました。神は誰であろうと歓迎されますでしょう」
仰々しい程の口調。
少女は、まるでロザリーたちとは初見であるように振る舞っている。
「ええっと、貴女は確か……」
「オッホン!……何処かでお会いしましたでしょうか?私は、ずっとこの大聖堂でお祈りをしていて、一歩も外には出ていませんので分かりかねますわ」
「いや、つい先程お話しましたわ」
「……そういうことにしておいて下さいますか?抜け出したこと、まだバレていないんです!」
「わ、分かりましたわ。ワタクシと貴女はしょ、初対面ですわ」
「有難うございます」
そう言って少女はニッコリと笑うと、ハッと気付いたように姿勢を正した。
「……そう言えば名乗っていませんでしたね。私の名はアリー。聖女になるため、この聖地サントで修行しています」
そう言って胸の前でそっと手を合わせるアリー。
ロザリーたちも各々名乗りを返す。
挨拶を一通り終えると、アリーは思い出したようにパンと手を叩いた。
「大聖堂へ来たということは、マギ司祭へ会いに来たんですよね?」
「ええ。つい先程、そのマギ司祭本人と話しましたわ」
「そうですか!では、目的を果たされたのですね?」
「いえ、それが……」
ロザリーは困ったように眉を下げ、聞きたいことを聞けなかった旨をアリーへ説明した。
「そうですか……」
「その二人組の片方は、ワタクシたちの大切な知り合いかも知れなくて。何としても無事を確認したいのですけれども、これ以上探って怪しまれるのも困りますし……打つ手がなくて困っていましたの」
「それならば、私の方からマギ司祭に話を聞いてみましょうか?」
「本当ですの!?」
思いがけない提案に、ロザリーは嬉しそうに身を乗り出した。
この地に来たばかりの素性の知れぬ者が尋ねるよりも、彼女が尋ねる方が上手くいく可能性は高いだろう。
「それでは、お願いしてもよろしいかしら?」
「はい。任せて下さい!」
そう言い切ったアリーは、頼もしく胸を張ってみせた。
ふと、ロザリーは大聖堂に入った際にミシェルたちの姿が何処にも無かったことを思い出す。
「そう言えば……ガーデンドール学園の生徒が巡礼研修で来ている筈なのに、お見掛けしませんわね?凄い方の説教だから、大聖堂に居ると思ったのですけれども」
「ああ、学生さんたちでしたら宿舎の方にいらっしゃいますよ。本日が初日なので、向こうで他の司祭様たちから色々と説明を受けていると思います」
「なるほど、そういうことでしたのね。貴女も忙しい身でしょうに、見ず知らずのワタクシたちのためにそこまでして下さるなんて、何だかこちらが申し訳ありませんわ」
「いえ、困った方がいらしたら、そこに救いの手を差し伸べるのが聖女だと私は思っています」
真っ直ぐな瞳で言い切るアリーの言葉に、ロザリーは感心したように頷いた。
「とても素晴らしい考えだと思いますわ」
「そう言って頂けますと嬉しいです。大聖堂だと、この考え方は未熟と言われますから……」
寂しげに伏せられたアリーの睫毛が影を落とす。
ロザリーは僅かに眉を顰めた。
「未熟?救うべき人たちを全員救うのが聖女ではないのかしら?」
「私もそう思います。でも、実際に救えるのはその中のほんの一握り。全員を救おうとして取り零すよりも、確実に救える者を救うべきなのが聖女なのだとお考えの方もおられるのです」
「それはそうかも知れませんけれども、何とも寂しい考え方ですわね」
「!」
「理想くらい高く持っても罰は当たらないのではないかしら?それに、最初からそんな諦めたみたいな目標だと、努力にも上限が生まれてしまうと思いますわ」
「そ、そうですよね!」
アリーの顔がパッと明るくなる。
「以前はあの方も、私の『世界中の全ての人を救いたい』という願いを応援してくれていたんです。でも、修行が本格的になってきた頃に、突然『世界中の人間を全て救うことなど出来ない』と言い始めて……」
拳をギュッと握りしめるアリーの語気には段々と熱がこもってくる。
「最初は厳しい現実を敢えて告げることで、それでも私の意思が揺らがないかをテストしていたのだと思っていたんです。あの方も出来るだけ多くの人々を救済したいという考えをお持ちでしたので、本心では無いと。ですが、ここ最近はまるで人が変わったように言うんです。『救える者だけを救いなさい』『皆が幸福になどなれません』と」
アリーの話に耳を傾けていたジュールは、思案するように顎に手を当てた。
「……ふぅむ。話を聞く限りだと厳しさを教えるにしては、変心が過ぎるように感じますな。無論、その方のことを我々は存じ上げないので、突如として意見を変えたことに関しましても、その方なりの理念あってのことなのかも知れませぬが」
「でも、ずっと自分の夢や目標を応援してくれてた人が、急にそんなこと言い出したら僕は嫌だな……」
共感を示すサピオの言葉に、アリーが深く頷こうとした矢先のことである。
「アリー!」
「あ、ユリアンヌ様……!」
現れたのは、先程まで大々的な説教を行っていた司祭であった。
闇の力の鍛錬中に視線を向けられたことを思い出して、ロザリーの背筋にひやりと冷たいものが走る。
「少し長話ではないですか?聴衆に話を聞くのはとても大事なことですが、貴女はまだ修行の身。一人を相手に時間を掛けるよりも、短くとも多くの者と接しなさい。その方が経験になりますからね」
「も、申し訳ございません。そして、ご助言感謝いたします」
恐縮して深く頭を下げるアリーに対し、ユリアンヌは微動だにしない。
「貴女は次の方の元へ参りなさい。この方たちは私が対応します」
「は、はい。すぐに!」
アリーは身をすくませると、消え入るような声でロザリーたちに頭を下げた。
「すみません、私はこれで。またお話出来て楽しかったです。それでは失礼します……」
叱責を受け、何処か落ち込んだ様子のアリーの顔を見て、ロザリーの脳裏に突如として「天啓」の記憶が蘇った。
(あ……ああ!こ、この子は!!)
ガーデンドール学園の行事である聖地巡礼。
そこへ訪れた未来のロザリーが虐めていた聖女修行中の少女。それこそが、目の前にいるアリーだったのだ。
「天啓」の中で目にした、あの理不尽な暴虐に涙を浮かべる顔が、まさに今、目の前のアリーと完全に重なり合う。
(ど、道理で、何処かで見たことがあると思いましたわ……)
彼女を虐めていたのは、あくまで天啓の中で見た未来のロザリーであって、今の自分ではない。
頭ではそう分かっていながらも、ロザリーは何処となく申し訳なさそうな眼差しで、その場を立ち去るアリーの背中を見送った。
「それで、如何しましたか?」
如何にも厳しそうな目がロザリーを捉える。
「ええっと……マギ司祭にお尋ねしたいことがあったのですけれども……」
視線を向けられたロザリーがそう言うと、ユリアンヌは薄い唇を引き結んだ。
「マギ司祭に?何を尋ねたかったのですか?」
「知人の行方について、少し……」
ロザリーが言葉を濁すと、ユリアンヌは特に納得した様子も見せず、ただ静かに頷いた。
「そうですか。後で私の方から聞いておきましょう」
それだけ言い残すと、ユリアンヌはロザリーたちの元から立ち去って行った。
「……あのユリアンヌという方。何も言って来なかったですわね」
ロザリーがポツリと呟く。
(ワタクシの勘違い?……いえ、違いますわ。あの時、絶対にワタクシを見ていましたし、何よりそのタイミングがタイミングですもの)
「闇の力」の気配を感じ取りながら、何故ユリアンヌは関心すらないかのようにあっさりと背を向けたのか。
追及されない安堵よりも、何かが静かに背中に纏わりつくような感覚がロザリーの中で勝っていた。
(何かしら……この嫌な予感は)
神聖な静寂に包まれた大聖堂。
しかし、その足元から静かに這い上がってくるような冷たい違和感は、ロザリーの胸の奥でゆっくりと影を濃くしていくのであった。




