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第40話 ロザリーと大聖堂

「ご不便はありませんか?」


 影の中から歩み出てきた長身の男は、キャスリーンとミングに向けてそう声を掛けた。


「マギ司祭」


 キャスリーンは素早く前に踏み出す。

 彼女の身体に隠される形となったミングは、その隙にフードを被って獣人の特徴を隠した。


「こんな如何にも怪しい私たちを何も言わず匿って頂き、その御心遣いに感謝します」


「いえいえ。『彼』からの頼みですから」


 マギと呼ばれた男は穏やかな笑みを崩さぬまま、静かに言葉を繋ぐ。


「……珍しく彼から伝書鳩が飛んで来ましてねえ。『もしも訳アリの二人組がそちらへ来たら便宜を図れ』と、こちらが承諾するのが前提のような内容で」


「ウチの隊長がご迷惑をお掛けしました」


「なあに、寧ろ懐かしいくらいでしたよ」


 マギは小さく笑ってみせた。


「マギ司祭は、昔の隊長をご存知なんですか?」


「ええ、色々と。ですから、あの人の緊急の頼み事など、真っ当なものではないと覚悟しておりましたよ」


 そう言って遠い目をするマギに、キャスリーンは苦笑いを返すに留めた。


「……勿論、私はあなたたちの事情など全く知りませんが、こういう所にいますと、耳に入る話、入らない話がありましてね。彼からの伝言とを照らし合わせると察することもあります」


 マギはそこで一度言葉を切り、芝居がかった手つきで両手を広げてみせる。


「ですが御安心を。私は密告などはいたしません。もし、仮にそのようなことがあった場合でも私は関与していないと強く主張させて頂きます」


「……確かに密告する気ならば、そんなこと私たちには言わないと思いますが」


「そう思わせて、敢えて……ということもあるかも知れないねえ。ヒッヒッヒ」


 薄暗がりの中で、ミングはそう言った。笑い声を上げてはいるが、フード奥のその目は笑っていない。

 しかし、マギは気にした風もなく、ゆっくりと首を振った。


「こればかりは、信じて頂くしか無いでしょうね。疑いだせばキリが無いですから。我々、神徒は信じることが本分ですが、信じて頂くということに関しましては強制は出来ません」


「……一先ずは、そういうことにさせて頂きます」


「それは良かった。何事も最初の一歩というものは小さなものです。しかし、小さくともその一歩があればこそ、次に繋がるというもの。貴女の勇気に感謝いたします」


 無駄のない所作でキャスリーンへ向けて礼をするマギ。

 ミングは微動だにせず、彼の一挙一動を見定めているかのように影で隠されたその目を向けている。


「それで、用件はなんだい?まさか、ボクたちと世間話したかったってわけじゃないだろ?」


「あなたたちのことを嗅ぎ回ってる一味がいます」


 その言葉に、キャスリーンの顔が僅かに硬くなった。


「……王国からの追手が来るには、少し早い気がしますね」


「こんな話はご存知ないですか?各冒険者ギルドに、変わった依頼が出されていると」


「冒険者ギルドには立ち寄る理由が無かったので」


「何でも獣人の討伐クエスト。モンスターや魔獣ではなく獣人のとは珍しい。それも、生け捕りが絶対条件であるとのことです」


「……………………」


 キャスリーンとミングの間で、見えない緊張が走る。


「もしもの話ですし、これ以上の詮索を私の方からはしませんが……そちらの方が獣人であったならば、恐らくはそういうことです」


「……情報の共有有難うございます」


「いえいえ。では、私はこれで」


 燭台の灯りを揺らしながら、マギの足音が暗闇の奥へと遠ざかっていく。

 完全に気配が消え去ったのを確認すると、ミングがぽつりと呟いた。


「ボクたちを探す一味……マギ司祭のボクに対する討伐クエストの話から考えても、目的はそれなんだろうが、少し妙でもあるね?」


「ええ。だとしてもやはり早過ぎますねー。ここへ辿り着くのが」


「この付近に冒険者ギルドがある町は無い。クエストを受けた冒険者が取り敢えず手近を探す……にしては、やはり距離があり過ぎるので、その線はほぼ無いと見ていいだろうねえ」


「少なくとも、ここであるという何らかの根拠があって決め打ちした。そう考えるのが自然でしょうねー。つまりは、その一味はそれだけの手練れということです。勿論、偶然ここへ来た可能性もゼロというわけじゃないですが……」


「一体、何者なんだろうねえ?ヒッヒッヒ」




 ──聖地サント 大聖堂




「……神は我々に伝えようとしているのです。平穏は永劫ではないのだと。大切なものを守るには、その手に剣を持たねばならぬ時もあるのだと!」


 フードを被った亜麻色の髪の少女の言葉に導かれ、大聖堂へと足を踏み入れたロザリーたち。

 その門を潜った時には彼女の言っていたユリアンヌという人物の説教が始まっており、一行はそのまま信徒らに交じっての静聴を余儀なくされていた。


(うーん。恐らくとても素晴らしく有難いことを言っておられるのでしょうけれども、全然頭に入って来ませんわ……)


 急速に重くなっていく瞼。

 ロザリーは押し寄せる猛烈な眠気と必死に戦っていた。


(やはり、『神』というものとあまり相性がよろしくないのかしら?)


 尤も、ガーデンドール学園の入学式の時もクリフヴァルツの長い挨拶の中で同じような死闘を演じていたことは記憶に新しいところである。


(そうですわ!眠気覚ましも兼ねて、闇の力の訓練でもしましょう!瞑想ならば、ここでも出来ますわ!)


 瞑想をしながら寝てしまわないように細心の注意を払いながら、意識を内へと集中させる。


(闇の力を……全身に留める……)


 ケスに教わった、闇の力を留め、相手から感知されないようにする方法。

 簡単なようで難しく、ロザリーは就寝の前など、隙間の時間を見つけては鍛錬を行っていた。

 当初よりも出来るようになってきてはいたが、留めておける時間はそう長くはない。


(……これを日常的に行うなんて、とてつもない集中力ですわね。改めて、マグミスは強敵なのだと実感しますわ)


 そんなマグミスでも、闇の力を使った直後は留めきれていなかったことをロザリーは思い返す。


(あれは、闇の力の使用者共通の隙なのか、それともマグミスよりも優れた魔族であれば、そんな隙なんてないのか……判断するには情報が足りませんわね)


 丁度、ロザリーも闇の力を留めきれなくなり、疲れたように息を吐いた。


(…………え?)


 前方に視線を戻した瞬間、遠く説教壇の上に立つユリアンヌの眼光が、真っ直ぐ自分を射抜いたような気がした。

 ロザリーの背筋に冷や汗が流れる。


(あのユリアンヌという方、今ワタクシを視たような?)


 一瞬の出来事であったが、その目は明らかに周囲の信徒ではなく、自分自身を捉えていたようにロザリーは感じた。ハッと胸に手を当てる。


(……そう言えば、ここは聖地。光の力に深く関わっている場所ですわね。ということは、ワタクシの闇の力に反応するのもおかしいことじゃないですわ!あのユリアンヌという方も高位の神官っぽいですし)


 自らの不覚に気付くにつれ、血の気が引いていくロザリー。


(あれ?もしかして、これマズいことをやってしまったのでは?)


 ロザリーは、咄嗟に説教壇から視線を逸らし、祈るふりをした。


(う、うう……。あのユリアンヌという方となるべく会わないようにしたいですわね……)


 ロザリーがそう思考を巡らせていると、説教は最後の結びの言葉へと差し掛かっていた。


「……我らの願いを叶えずとも良い。その御耳に届くことすらなくても良い。しかし、それでも我らの祈りを、小さき忠誠の証を、それだけは受け取り給え。アーーー、エイメス!」


 ユリアンヌの言葉に呼応するように、大聖堂全体から信徒たちの「エイメス!」という重厚な唱和が巻き起こり、説教は終わった。

 信徒や一般参加者が次々と席を立つ中、呆然としているロザリーへサピオが不思議そうに顔を向けた。


「?ロザリーお姉ちゃんどうしたの?」


「さ、サピオ。ワタクシ、やらかしてしまったかもですわ!」


 ロザリーはサピオ、ひいてはジュールとテスカにも先程のことを伝えた。


「ふぅむ……表向きは全てへの慈悲を謳っておりますし、教団の過去の記録を見ても異端として断罪された例はございません。お嬢様が闇の力の持ち主だと知られたところで、すぐさま危害を加えられるとは考えにくいですが……」


 ジュールは一度言葉を切り、説教壇の方を静かに仰ぎ見た。


「……お嬢様の懸念も決して無いとは言えませぬな。古今東西、宗教には少なからず過激派がおります故、気を付けるに越したことは無いでしょう」


 そこまで真面目な顔で分析していたジュールだったが、ふと眉を顰めると、戒めるような視線をロザリーへ向ける。


「……ですが、お嬢様。いくら説教の長さに耐えかねたとはいえ、真面目に聞かずに別のことをするなど感心しませんな。礼節を欠く行いですぞ」


「うっ……!」


 ぐうの音も出ない正論を突きつけられ、言葉を詰まらせるロザリー。

 だが、ジュールの厳しい視線はすぐに彼女から、その隣へと向けられる。


「それ以上に言語道断なのは貴女ですよ、テスカ!」


「…………zzzz」


 未だ腰を下ろしたままのテスカは、深く頭を垂れた姿勢からピクリとも動かない。

 一見すると熱心に祈りを捧げているようにも見えるが、その分厚い眼鏡の奥では、とっくの昔に心地よい夢の世界を堪能していた。


「起きなさいテスカ。ここが戦場だったら、お嬢様を死なせてますよ」


 ジュールが静かに歩み寄り、その耳元で低く囁く。

 その瞬間、テスカは弾かれたように跳ね起き、慌てて眼鏡のズレを直しながら周囲を見回した。


「て、敵ですか……!?」


 寝惚けたようにそう言うテスカ。

 だが、すぐに己の不覚に気付くと、縮こまりながらペコペコと頭を下げた。


「あ……。も、申し訳ございませんです……移動馬車での長旅の疲れなのか、急激に眠くなってしまって、つい……」


「『つい』の一言で済まされる問題ではございませんよ?」


 テスカが思わず首を竦める程に、ジュールから鋭い眼光が放たれる。


「まあ、かつて一瞬の油断をも許されぬ闇へ足を踏み入れることとなってしまった貴女が、それ程までに一般の感覚へ戻って来たのだと思えば、それ自体は感慨深くもありますがね。それに非戦闘時であることに加え、大聖堂の中は暖かく、外との寒暖差によって眠気を誘発されてしまうのは致し方無い」


 直後、穏やかだった声のトーンが急速に冷え込み、ジュールの眉間へ一気に皺が寄る。


「ですが、従者の身でありながらこのような不覚を晒すなど、礼節を欠くばかりか、お嬢様を護る立場として落第点もいいところ。猛省なさい」


「はい。反省しますです……」


「……やれやれ。お嬢様も含め、二人ともサピオ様を見習うべきですな」


 ジュールが深々と溜め息を吐きながら、真面目に説教を最後まで聞いていたサピオを指し示す。


「ワタクシも返す言葉がありませんわ……」


 サピオの爪の垢でも煎じて飲むべきと言わんばかりのジュールの視線に、ロザリーとテスカが並んで肩を落としていると、コツコツと足音が近づいてきた。


「如何でしたかな?」


 そう声を掛けてきたのは、神官服を纏った長身の男であった。

 洗練された佇まいからして、大聖堂の関係者なのだろうとロザリーは思った。


「え、ええ。と、とても素晴らしいお説教でしたわ」


 自分でも全く心のこもっていない引きつった笑顔を浮かべ、ロザリーはそう答えた。

 すると、男は穏やかな笑みを崩さぬまま、静かに胸元へ手を当てる。


「お気に召したのなら何よりです。紹介が遅れました。私は、マギと申します。この大聖堂で司祭をやらせて頂いております」


(マギ……!?)


 その名を聞いた瞬間、ロザリーの脳裏に露店で出会った亜麻色の髪の少女の言葉が蘇った。



〘マギ司祭様が案内されていた方々が、確かそんな感じだったような……〙



(では、この方が……)


 ミングたちに繋がるかも知れない、その手掛かりを持った唯一の人物。

 思わぬ形での巡り合わせに胸を高鳴らせるロザリーに対して、マギは静かに一礼してみせた。

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