第39話 ロザリーと聖地で出会った少女
「ご、ごめんなさい!私、余所見していたみたいで……」
ロザリーにぶつかって来た亜麻色の巻き毛の少女はそう言うと、フードが脱げる程の勢いで頭を下げて謝罪した。
「い、いえ。ワタクシは気にしていませんわ」
突然のことに面食らいつつも、ロザリーは衣装の乱れを整える。
「でも、前方不注意ですし、危険ですわよ。一体、何をそんな夢中になられて?」
「あはは……ここの露店、入れ代わり立ち代わりで色々な商人が店をやってまして、来る度に違うものが並んでるものだから、ついつい見ちゃいまして」
少女は照れくさそうに言った。
フードで、顔の下半分しかよく見えないが、何処となく紅潮しているようである。
「ふぅむ」
その様子をじっと見ていたジュールが、顎髭を弄りながらふと呟く。
「その口振りからすると、貴女はここに常駐されているように聞こえますな。聖地サントは巡礼地でもあり、一般の居住区は無いと存じております。もしや、貴女は修道者かその関係者なのでは?」
「凄いですね!ちょっと話しただけでそこまで分かっちゃうんですか!」
ジュールの指摘に少女は素直に驚き、隠す素振りすらなくあっさりと認める。
「お髭のお爺様の言うように、私はここで修行をしていて、ここで暮らしているんです」
「そうでしたの。失礼ながら、神に仕える方々は、もっとお硬い言葉遣いをなさるものだと思っていましたけれども、お話ししてみるとそうでもないのですわね」
「修行中とか公の場ならば、もっと畏まった話し方になりますね。神の御前ということで、同じ修行仲間の前でもそう徹底されています。……ですから、もう息苦しくて、息苦しくて!」
少女は左右を素早く見回し、誰も聞いていないことを確認すると、ひそひそ声で囁くように身を乗り出した。
「色々溜まって爆発しちゃいそうな時は、こうして隙を見ては抜け出して、露店巡りをしてストレス発散しているんです。これ、他の人たちには内緒ですよ?」
「ぬ、抜け出すとか、大丈夫なんですの?」
「半々ですね」
「半々?」
「見つかって怒られるのと、見つからずに済んで万々歳!ってのとの半々です」
「そ、それは半々と言うのかしら?」
そう言うロザリーに、少女はえへへと笑ってみせた。
「まあ、上の方々が本気で止める気なら、抜け出せないように鍵でもかけちゃいますからね。なら、今の内は甘えちゃおうかなって!」
「したたかなのですわね」
「そこまでして抜け出すなんて、修行ってやっぱり大変なんですか?」
ここで、ずっと話を聞いていたサピオが素朴な疑問を口にする。
「…………大変ですね」
少女はどこか遠くを見るように顔を上げた。
「修行、本当に厳しくて辛いんです。私、まだ十四歳ですし……こういう息抜きでもないとやってられませんよ!」
愚痴をこぼしながらロザリーの顔に視線を戻した少女は、ふと何かに気付いたかのように、改めて彼女の全身を見回す。
「……ねえ、もしかして貴女も同い年くらい?」
「そうですわね。ワタクシも十四歳ですわ。春が来れば十五歳になりますけれども」
「私もです!なんか、偶然ですね!」
少女は嬉しそうに笑うと、ロザリーの手を両手でギュッと握りしめた。
「あ、今更ですけど、その上質な御召し物からしますと皆様はその、御身分の高い方々ですか?」
少女の問いに、ロザリーは頬を指先で掻きながら困ったような笑みを浮かべる。
「そうであって、そうでない……今はそんな感じかしら?説明すると長くなりますので、元貴族の現冒険者と思って下さって結構ですわ」
「そうなんですか。場所が場所なだけに、そういった方々が物見遊山で来ることはあまり無いので、つい気になって詮索してしまいました。気分を悪くされたらごめんなさい」
「確かに、観光するにしても貴族の身でここまで来るのはよっぽど信心深いか、奇特な方だと思いますわ」
「その言い方ですと、観光に来たわけではないのですか?」
「我々は、ここに人を探しに来てましてな」
静かに二人の会話を見守っていたジュールがすっと前に出ると、穏やかな口調で尋ねた。
「丁度、貴女のように目深にフードを被った小柄な二人組で、仮面を付けているそうなのですが、心当たりは無いでしょうか?」
「フードを被った……小柄で仮面を被った……二人組?」
暫く考え込んでいた少女は、何かを思い出したようにハッとなった。
「マギ司祭様が案内されていた方々が、確かそんな感じだったような……」
思わぬ重要情報に、ロザリーたちは顔を見合わせる。
「チラッとしか見てないので、確かなことを言えなくてごめんなさい」
「いえ、こちらも情報を絞り切れなくて途方に暮れていたところでしたの。一歩前進ですわ!」
「そう……なら、良かった。お役に立てて光栄です」
その時、遠くからゴーンと鐘の音が聞こえた。
「あ、予鈴の音!すぐに戻らないと、抜け出したのがバレちゃいます!」
焦った少女は、脱げかけていたフードをぐっと被り直すと、弾むような声でロザリーに話し掛けた。
「色々と話せて楽しかったです!初めて会ったのにそんな感じ全然しなかったですね!」
「こちらも楽しかったですわ。それに、手掛かりも手に入りましたし」
「大聖堂へ来るのでしたら、午後からユリアンヌ様の有難い説教がありますので、是非聞いて行って下さいね!では、私はこれで!」
そう言って人混みの中へ消えていく亜麻色の髪を、ロザリーたちは見送る。
まるで、冬と春の間の季節に吹いた気まぐれな暖かい風のようであった。
「……賑やかな方でしたわね。聖地で修行をなさってる方のイメージが大きく変わりましたわ」
「そうでございますね。尤も、まだ年若き少女ですから、修行者と言えど、素の姿はあんなものなのかも知れませぬな」
(でも、あの方。何処かで見たような……?フードで顔がよく見えませんでしたけれども、何故だかそんな気がしますわ)
「お嬢様!次は大聖堂に行くんですね?」
記憶を辿るロザリーだったが、テスカの声にハッと我に返る。
「……ええ、そうですわね、テスカ」
ロザリーは意識を切り替え、事もなげな様子で言葉を続けた。
「ユリアンヌという方の有難い説教を聞くかはともかくとして、大聖堂へ行く方がまた聞き込みに戻るよりも得策だと思いますわ!」
「ロザリーお姉ちゃん、聞き込み飽きたんだね……」
サピオのそんな呟きにギクッとなりながらも、聞いてないフリをしながらロザリーは次に向かう場所である大聖堂の方へと足を向けるのであった。
──聖地サント 大聖堂地下
「ここなら、早々人は来ないですねぇ……」
ひんやりとした静寂が満ちる石造りの地下室で、小柄な人影がぽつりと呟くと、目深に被ったフードを取り、仮面を外す。
「ふぅ……。何か、久々に自分に戻れた感じがしますー」
ツインテールの少女──キャスリーンは、大きく両腕を伸ばして息を吐いた。
「ヒッヒッヒ。では、ボクも……」
同じようにフードを取り、仮面を外したのは、小柄な少年のような容姿をした人物──ミングであった。
獣人特有の獣然とした耳が、久々の自由を謳歌するようにぴょこぴょこと動いている。
「何とか匿って貰えましたねー。ヴォッツ隊長に教えて貰った通り、マギという方に話をしたら協力して頂けましたよ」
「ヒッヒッヒ。王国の要人専用の護衛騎士。その隊長ともなると、人脈も凄いみたいだ」
「私としては、あの人に頼るのは屈辱なんですけどねー」
キャスリーンは冷たい石壁に背中を預け、ハァと溜め息を溢した。
「……あの人は色々謎なんです。今の護衛騎士団が設立された頃からの付き合いであるドガス先輩でも、王国に来る前の経歴はよく知らないそうですから」
「腕も相当立つみたいだしねえ?」
「……あの時の私は冷静さを欠いてましたから。まあ、負けは負けなんで、そこは素直に認めますけれどー」
拗ねたように小さく肩を竦めるキャスリーンに、ミングはクックッと喉を鳴らした。
「しかし、潜伏先が聖地サントというのは偶然にもボクにとっては渡りに舟だったよ」
「と、言いますとー?」
「聖地サントへは一度行ってみたいと思っていたんだよ。『光の力』について、宗教的観点からしか得られない情報があると言うしね」
「あれー?貴方、確か研究してたのは『闇の力』じゃありませんでしたかー?」
「ヒッヒッヒ。『光の力』を調べるのは『闇の力』をより知るためだよ。相反するものには、必ず類似性や共通したものがあるものなのさ」
そう笑みを浮かべながら語るミングに、キャスリーンはジト目で返した。
「……ところで、今日は言わないのかい?『その不気味な笑い方、止めて下さい』って」
ミングは不思議そうに首を傾げてみせた。
見た目だけであれば少年の仕草そのもので、見る人によっては庇護欲を唆りそうである。
「言っても聞いてくれないので諦めましたー。私が我慢すればいいだけのことですからー」
しかし、キャスリーンは徹底して塩対応であった。
「そうかい。それは、寂しいねえ。ヒッヒッヒ」
「……我慢、我慢」
ブツブツと自分に言い聞かせるキャスリーンを、ミングは何処か可笑しそうに見つめていた。
その時、ミングの獣耳がぴくりと跳ね上がる。
暫くすると、遠くからコツコツと静かな足音が聞こえてきた。
そちらへ視線を向ける二人の前で、小さな燭台の頼りない灯りに照らされた薄闇の中から、一人の長身の男が姿を現した。




