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第3話 ロザリーと専属メイドのテスカ

 ロザリーが十一歳の誕生日を迎えたその日、彼女の元に一人のメイドがやって来た。


「は、は、は、はじめましてお嬢様!ほ、ほ、ほんず……ほ、本日からお嬢様付きの専属メイドとなりましたテスカと申しますです!こ、今後ともよろす……よろしくお願いしますです!」


 オドオドとした様子で訛りを隠さず噛み噛みにそう挨拶してきた少女はテスカと名乗った。

 見た目的にロザリーより歳上ではあるだろうが、成人にはまだ満たないといった年頃か。

 瓶底のように分厚い眼鏡を掛け、薄く桃色がかった髪を雑に三つ編みにセットしたような姿はとても野暮ったく、彼女の魅力の一切を殺しているように見える。胸部の方も大きいと言うにはワンサイズ足らないといった感じであった。


 ロザリーはこのメイドを知っている。

 正確には「天啓」の中で見た姿であった。


 「天啓」の中の彼女は所謂ドジっ子メイドで、多種多様な失敗をしては未来のロザリーを苛立たせていた。それが積もりに積もった結果、未来のロザリーにより解雇を言い渡され、以後の記憶の中に彼女の存在は確認出来ない。

 何故、公爵家にそのような能力のメイドが雇われたのかロザリーは不思議に思ったが、自分に対する嫌がらせの一環と考えたら納得出来た。実際、未来のロザリーはかなりのストレスを感じていたようで効果は覿面だったのだろう。


(さて、ですわ)


 如何にドジっ子であろうと、専属メイドというからにはこれからテスカとはそれなりに長い付き合いとなる。少なくとも今のロザリーに彼女をクビにするつもりはない。


(それに味方は一人でも多い方が良いですわね)


 今のところロザリーの味方はジュールただ一人である。ジュールが如何に頼れる人間であろうとも、一人では色々と限界があるだろう。

 また、アンネは流石にまだ小さ過ぎる。


(とはいえ、誰でも良いというわけでは無いのですけれども……)


 テスカという少女については「天啓」による僅かな情報しかない。その中での彼女は確かにドジを踏んでばかりであった。そんな彼女を味方にしてもメリットは少ないように思える。


(でも、ワタクシに敵意を持っていない。それは、この屋敷の中ではとても希少な存在ですわ)


 「天啓」の中で見たテスカのドジはどれもが一生懸命やろうとした結果であり、ロザリーには彼女が悪意あってやったことのようには思えなかった。

 実際に今も叔父夫婦の手の者たちからありとあらゆる悪意をぶつけられている彼女だからこそ、その違いが感じ取れたのかも知れない。

 それに「天啓」によれば、この先の出会いで彼女程に敵意を感じさせない人間というのは、少なくともこの屋敷の中では現れないようであった。つまり、誰かを味方に引き入れる機会はここしかないと言ってもいい。


(全てを打ち明ける……とまでは行かなくても、いざという時にはワタクシたちに与してくれる。そんな人間はいないよりもいた方がいいに決まってますわ)


 無論、本当は叔父夫婦の差し金であり、スパイみたいな存在であるという可能性も否定は出来ない。

 だが、そんなことを言い出したら何も出来ないので、ロザリーはあくまで自分の直感を信じることにした。


「そんなガチガチに緊張しなくてもいいですわよ」


 ロザリーはなるべく優しげに聞こえるように言った。

 未来の自分が顕著だが、どうも自分は態度から表情まで高圧的に見えるようだ。無意識にやってるみたいなので、「天啓」という形での第三者目線で見なければ気付けなかった。

 生まれつきのものに加え、これまでの人生が形成した性質のようなので、完全に直すことはまず無理だろうとロザリーは諦めている。

 無論、改善の努力はなるべくするつもりではあるが。


「もう知っているでしょうけど、一応。ワタクシはロザリー・ローゼス・ロッソ。これからよろしくですわ」


 淑女らしい完璧な振る舞いで丁寧に挨拶をするロザリー。味方に引き入れることを視野に入れた上で最低限の礼を尽くすという彼女の矜持に基づくものだが、一メイド相手にここまでする貴族はそうはいない。

 された方のテスカはぽかんとしている。


(む?少し仰々しかったかしら?)


 ロザリーはここまで出自がTHE平民の人間と接するのは意外と初めてであった。

 公爵家の使用人には没落した元貴族の者だったり、平民でもエリート階級の優れた者が登用されるため、ここまであからさまなのは殆どいない。

 そもそも、ここの使用人たちはロザリーとまともにコミュニケーションを取ろうとしなかったのだが、それはまた別の話である。


「…………………………」


「…………………………」


 互いに沈黙する。

 ロザリーも決してコミュニケーションが得意な方ではない。屋敷内でまともに話せるのもジュールだけであり、それもつい最近のことで、その上ジュールがかなり会話の手助けをしてくれてる自覚はある。

 故に、こうして黙られると次に何を言えばいいのか分からないのであった。

 表情には出さないもののロザリーが内心、焦りを感じ始めたところで漸くテスカがハッと反応を示す。


「あ……。も、もしかして今のご挨拶はこのワタシにし、してくださったので?」


「ここには貴女以外いないと思うのですけれども」


「え?え?ええええええ!!?そ、そんな大層なこと、こんな卑しいメイドめに!!も、勿体ないでございますです!!」


 そう言うとテスカは慌てて床に平伏し、まるで祈祷するかのように土下座を繰り返す。

 ロザリーはその仕草を不思議そうに見ていた。


「……一体全体どうしてそんな面白い動きをなさってるのかしら?」


「ひぃぃ!!わ、わ、ワタシのような卑しい平民風情にそのような御言葉を賜ったなどと知られましたら、お、お嬢様の名誉に関わりますです!!」


「たかが挨拶くらいでワタクシの名誉は傷付きませんし、そもそも平民を卑しいなどと思ったことはありませんわ」


「で、で、で、ですが!!」


「……………………」


 ロザリーはため息を吐きたくなるのを何とか堪える。


(いくらなんでも怯え過ぎじゃありませんの?ワタクシ、何かこの子にしたかしら?)


 いくら貴族の前の平民と言えどもこの怯え方は過剰だとロザリーは感じていた。


(それだけのことをかつて貴族からされたのかしら?それならば怯えるのも分かりますが……)


 とはいえ、同じ貴族というだけで初対面でここまでの反応をされるのは流石にロザリーも傷付く。

 だが、それを露骨に表したところで事態は解決も進展もしないので、一旦呑み込むことにした。


「……オホン!」


 一先ず、わざとらしく咳払いをするロザリー。


「……取り敢えず、一つだけよろしいかしら?貴女はワタクシに挨拶をしました。だからワタクシも挨拶を返しました。挨拶をされたならば挨拶を返す。これは貴族とか平民とか関係なく、一般的な礼儀だと思いましてよ?」


「えっ?あ、は、ハイ!」


「ですので、貴女に非なんて一切ありませんし、仮に非があるならば、それは貴女を怯えさせたワタクシにありましてよ」


「そ、そんなこと!!」


「ほらまた!!」


 ロザリーはテスカの言葉を遮り、彼女へ向けてビシッと指を差した。


「貴女、また自分に非があると思い込んでますわね!?」


「え?え?」


 怒られてはいるものの、その理由が思ってたのと違うのかテスカは瓶底眼鏡越しの目を丸くしている。


「……確かにワタクシと貴女は、令嬢とメイドであり貴族と平民。主従関係であり、身分の差もありますわ。ですが、ワタクシは別に神でも何でもありませんし、何なら生まれてからたかだか十一年しか生きてない子供で、貴女の方が年長。必要以上に畏れることは無いのですわよ」


「し、しかし……」


「しかしも案山子も無いですわ!……何でそんなに貴族を畏れているんでして?」


 ロザリーは純粋に気になって尋ねる。


「そんなに怯えるということは、貴族に何かされたのかしら?」


「そ、それは……」


 そう言うと、テスカは急に目線を逸らし口を閉じる。


(あまり聞かれたくないことなのかしら?)


 テスカの反応にロザリーは率直にそう思った。


(まあ、確かにこれ以上は今の段階では踏み込み過ぎかも知れませんわね)


 まだテスカとは出会って一時間も経っていないのだ。センシティブなことを尋ねるには彼女との親密度があまりに足らなさ過ぎることはコミュ力不足のロザリーにも流石に分かる。


「……分かりましたわ。貴女のそのことについての話は一旦置いておきましょう。まだワタクシたちは出会ったばかり。いくら身分が上だとしても、よく知りもしない小娘には話せないことだってあって当然だと思いますわ」


「そ、そそ、そんな滅相な!!」


「ただ、一つ。これだけは予め言っておきます!」


 ロザリーは一息置いてから続ける。


「ワタクシは特に理由もなく貴女に危害を加えたりなどは絶対にいたしませんわ!」


 その言葉はロザリーにとっては宣誓のようなものでもあった。未来の自分は理由もなく危害を加えることでどんどん立場を悪くしていった。二の舞だけは避けなけれならない。


「それに、平民だからと言って見下すこともしませんわ。……少なくとも、ワタクシのお父様とお母様は平民相手でも平等に接していましたわ。ワタクシが小さい頃でしたが、ちゃんと憶えていましてよ」


「……ご立派な方だったんですね」


「ええ。亡くなった今でも尊敬していますわ」


 それは本心からの言葉であった。

 ふと、ロザリーは未来の自分のことを考える。彼女にも同じ両親の記憶はあった筈だ。それなのに平民を見下し、立場が下の者を見下し、時には明らかな目上すらも見下していた。

 そうして他者を見下さなければやっていけない程に自己肯定感を失っていたのだろうか。


(でも、少し分かるかも知れませんわ。ワタクシとて、ジュールがいなければきっと同じ道を辿っていたかも知れない)


 だからこそ、違う道を征く。それこそが、未来の自分への手向けにもなる。ロザリーは、そう思うことにした。


「改めまして、これからよろしくお願いしますわね」


 ロザリーはテスカの方に歩み寄り、瞼を閉じては再び丁寧に挨拶をする。


「は、はい!!」


 今度は即座にテスカからの返事が来た。

 心無しか入り過ぎてた力が抜けたように聞こえる。


「こ、こ、こ、これからもよろしくお願いしますですっ!!」


 テスカはそう言って誠心誠意を込め、強く頭を下げた。


 次の瞬間、ロザリーの目の前に星が散る。


 先程、歩み寄ったことで二人の距離は近くなり、頭と頭がごっつんこしたのであった。

 ロザリーはあまりの衝撃に思わず後ろへ倒れてしまう。


「きゅうぅぅ……」


「は、はえええ!?お、お、お嬢様ぁ!!しっかりして下さいませぇ!!」


 思い切り頭をぶつけたのだから自分も痛いだろうに、そんなことよりもロザリーのことを心配するテスカ。やはり、心根は優しいのだろう。

 敵だらけのこの屋敷で彼女を引き入れようという判断は決して間違ってはいなかった。

 このドジさえ無ければ。


「……前途多難ですわ」


 ロザリーは頭を抱えそうになったが、それでもテスカは深い落とし穴に垂らされた一本の蜘蛛の糸であると、その先っぽは離さないようにしようと思うのであった。

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