第32話 ロザリーと出発の朝
「明日、この街を発ち、聖地サントへ行きますわよ!」
ギルドマスターからミング討伐クエストについての情報を教えられたロザリーは、宿に戻るなり皆へそう告げる。
ロザリーの「天啓」について知っているジュールとテスカは即座に肯定の意味で頷くも、何も知らないサピオは戸惑いの色を隠せずにいた。
(……サピオにも『天啓』のことを話すべきですわね)
そう思ったロザリーは、自らの口からサピオへ伝えることにした。
幼い頃、突如頭の中に流れ込んだ未来の記憶について、その顛末までを包み隠さず。
「……そんなことがあったんだ」
全てを聞き終えたサピオの言葉に、ロザリーはそっと息を呑む。
「ワタクシが他の候補箇所の中から聖地サントを選んだ理由、分かったかしら?」
「うん、僕でもそうすると思う」
そう真っ直ぐな瞳で返されたことで、ロザリーの肩の力がふっと抜けた。
「……突然こんな突飛なことを言い出して、ドン引きされても仕方無いと思っていたのだけれども、信じてくれて有難うですわ、サピオ」
「ロザリーお姉ちゃんが嘘を言っていないのは分かるよ。何となくだけど」
サピオの表情には何の取り繕いなども無く、本当に信じてくれたのだということがロザリーには伝わってきた。
闇の力と光の力を持つ人間同士、言葉を超えて合い通じる何かがあるのかも知れない。
「……それにしても、また『天啓』に振り回されることになるなんて。つくづく、ワタクシの人生において立ちはだかってきやがりますわね!ジュールの言った通り、『油断は禁物』でしたわ」
「しかし、これで凡そ確信が持てましたな。『天啓』の中での節目の出来事は、身を置く環境などの細部や経緯が違えども起きてしまうのだと」
「お嬢様!聖地サントでは、どんなことが起きましたですか?」
「そうですわね……」
テスカに尋ねられ、ロザリーはジュールへ目配せする。と、ジュールは「天啓」の内容を覚えている限り書き記した手帳を胸元から取り出してロザリーへと手渡した。
「ええっと……ああ、ありましたわ。どうやら、ワタクシは聖地サントで聖女修行をしている子たちを相手に色々やらかしてるみたいですわね」
うんざりしたようにロザリーは言った。
あくまで未来の自分のやったことで、今のロザリーはやっておらず、やろうなどとこれっぽっちも思いはしないが、それでも何処か恥ずかしさを覚える。
「あと、それを咎める教師にも暴言の限りを尽くしているみたいですわ。……自分で言うのも何ですけれども、未来のワタクシって何でこんな荒んでいるのかしら?」
文字で読むことで、「天啓」の記憶の情景が、僅かながらロザリーの脳裏に蘇っていた。
(……………………え?)
その中で、ロザリーはふと、フードを被った小柄な人物がいたことを思い出す。
(もしかして、あの方はミング先生なのではないかしら!?)
ミングは普段はフードを被り、特徴的な獣の耳を隠している。そのことを知っていたからこそ、ロザリーはかの人物がミングではないかと思い至ったのであった。
(仮にそうだとして、あのミング先生が聖地サントにまで赴くなんて……)
普段は自身の研究室へこもり、出不精のミングが、何故巡礼研修に同行しているのか。
一応教員なので学園行事に駆り出されたのだと予想は出来るが、それすらも断りそうなのが、ロザリーの知るミングのイメージであった。
そんな彼が、わざわざ遠出したくなる程の何かが聖地サントにはあったのだろうか。
「どうかしたの、ロザリーお姉ちゃん?」
手帳を見つめたまま固まっているロザリーへ、サピオは不思議そうに声を掛けてきた。
「え?あ、ああ。ちょっと思い出したことがあったのですわ」
我に返ったロザリーは、「天啓」の中でミングと思われる人物が聖地サントにいたことを皆へ打ち明けた。
「『天啓』の通りに事が運ぶとは限りませんけれども……それでも、他の候補地を闇雲に探すよりもミング先生と出会える可能性がより高くなったと思いますわ」
「ここから聖地サントまではかなり遠く離れております。長旅になるでしょうな」
「では、ワタシは取り敢えず数日分の食料や水、薬とかの必需品を買い出しに行ってきますです!もう少しで日も暮れちゃいますですし」
「では、私もお供いたしましょう。サピオ様、お嬢様をよろしく頼みますよ」
「う、うん!」
サピオは緊張しながらも、小さく胸を張って頷いた。
半ば冗談交じりとはいえ、ジュールからロザリーを託されたということが、認められたみたいで嬉しかったのだろう。
二人が宿を出ていくと、部屋には途端に静けさが訪れる。
「……ロザリーお姉ちゃん」
ふと、サピオが意を決したようにロザリーへ声を掛けてきた。
「ん?何かしら?」
振り向いたロザリーに対し、サピオはギュッと拳を握りしめると、真っ直ぐ彼女の目を見つめた。
「ロザリーお姉ちゃんを処刑になんて……僕が絶対にさせないから!」
一点の曇りもない瞳。
幼さの残る顔立ちとは裏腹な、真剣そのものな力強い眼差しがロザリーの視線を射抜く。
冗談や気休めなどではない、心からの言葉なのだと一瞬で理解させられ、ロザリーは思いがけず言葉を詰まらせた。
(〜〜〜っ!こ、この子と来たら、ドキドキさせるような言葉を……!し、心臓に悪すぎますわ……)
「……え、ええ。頼りにしていますわ!」
ロザリーは熱くなった頬を隠すように軽く顔を背け、そう短く返すのが精一杯であった。
──翌日
約一ヶ月を過ごした宿で最後の朝食のパンを食べた後、ロザリーたちはイムランの街を出発した。
振り返ってみれば、ランク上げのためにクエストをこなしていた記憶がその殆どを占める。
だが、ロザリーたちが正式に冒険者となり、サピオという新しい仲間が増えた思い出深い街であった。
背後で少しずつ小さくなっていく街並みに、一同はそれぞれ思いを馳せる。
「いざ、聖地サントへ!……と、言いましても、どう行けば良いのかしら?」
「聖地サントへは、途中でレオバード王国に寄り、そこから出る移動馬車を乗り継いで行くのが常套となります。また、少し遠回りにはなりますが、ブルグの里へ行って飛竜便を使うという手もございますな」
旅慣れた様子で順路を説明するジュールに、サピオが興味深そうに身を乗り出した。
「飛竜って小さいけど竜なんですよね?」
「ええ。竜の中でも小型のワイバーンと呼ばれる種を使役していると聞きます」
「竜は、どんな魔獣よりも凶暴って村の人から聞いたことあるけど、よく大人しくさせられますね?」
「ブルグの里には、竜を従えさせる方法が代々伝わっていると聞きます。どんな方法か、までは存じ上げませんが」
「へえー」
未知の乗り物の話に興味津々なサピオを微笑ましく見つめながら、ロザリーは信頼する執事に意見を求めた。
「ジュールのお薦めはどちらかしら?」
「不肖ながら、私の考えといたしましては、レオバード王国から移動馬車を乗り継ぐ方をお薦めいたします。飛竜便は確かに速いですが、その分お金も掛かります。クエストの達成報酬でいくらか路銀に余裕はございますが、だからと言って無駄遣いは避けるべきかと。それと、飛竜便は事故も多いと聞きますからな」
「事故?」
ロザリーが怪訝そうに首を傾げると、ジュールは静かに一つ頷いた。
「多く聞くのは、飛竜が途中で言うことを聞かなくなって暴れ出し、操縦者を乗客共々振り落とすそうです」
「そ、想像するのも恐ろしいですわね……」
「そんなことされたら、翼のないワタシたちにはもうどうしようもないですねえ」
テスカが困ったように言うと、ロザリーも神妙な面持ちで同調する。
「度々事故を起こすというのであれば、竜を従えさせる方法とやらも完璧ではないのですわね」
「竜とは小型でも元来プライドが高き種族ですからな。ましてや、自分よりも下等であると認識している人間に従わされるなど、以ての外ということなのでしょう。ですので、安全面や金銭面を考えても、移動馬車の方がよろしいかと具申いたします」
「移動馬車……普通の馬車には何度も乗ったことがありますけれども、移動馬車に乗るのは初めてですわね」
「僕も移動馬車は聞いたことあるけど、乗ったことはないなあ」
「ワタシもです」
ロザリーの言葉に続くように、サピオとテスカも相槌を打った。そんな風に興味を示す三人へとジュールは更に説明を加える。
「移動馬車は、長距離移動用の大型の馬車で約二十名程乗ることが出来るものでございます」
「二十人!馬が大変そうですわね」
「移動馬車用に飼育された特別な馬を四頭使って引っ張るものですからな。しかしながら、乗車人数が多い分、かなり頑丈な造りになっているそうで、中には二階建てのもあるとか。乗り心地もなかなか悪くないと聞き及んでおります」
移動馬車の概要について一通り聞き、ロザリーは「そうなのですわね」といった様子で感心する。
「聖地サントまで、移動馬車だとどれくらい掛かるのかしら?」
「ふぅむ。特に何事もなく順調に進めば、十日といったところでしょうか?イムランからレオバード王国までは、徒歩で一、二日といったところですので、凡そ半月程で到着出来る見込みかと」
「……ちなみに、今歩いているイムランからレオバード王国までの間の道中って、宿とかあったりしますの?」
「ここ最近でもそういった施設が建てられたという話は聞きませんので、野宿になるかと思われます」
「うう……やっぱりそうなるのですわね……」
叔父夫婦の屋敷からイムランの街までは、半日歩き通せば到着出来る距離のため、野宿せずに済んだ。だが、今回はそのようにはいかないようであった。
「野宿……覚悟していたつもりですけれども、実際に野宿することが確定となると気が重くなりますわ。つくづくワタクシお貴族様なのですわね……」
「ぼ、僕も野宿は初めてだよ、ロザリーお姉ちゃん!」
「有難うサピオ。一人じゃないって心強いですわ。ジュールは……そういう経験があっても不思議では無いですわね。テスカは野宿したことあるのかしら?」
「ワタシは修行の一環で何度か。なので、野宿初めてのお嬢様たちを色々とお助け出来ると思いますです!」
「助かりますわ、テスカ。サピオ……。初めて同士、頑張りましょうね!」
「うん!」
まるで本当の姉弟のように笑い合う二人を、ジュールとテスカは目を細めて温かく見守っていた。
一通り話が落ち着き、再び前を向いて歩みを進めていたロザリーだったが、ふと思い直したようにジュールへ視線を向けた。
「……そう言えば、少し気になったのですけれども、実質一択みたいなものなのに、何で飛竜便の提案をしたんですの?」
「ホッホッホ。常に選択は広く、多く……でございます。あまりに現実的ではありませんので今回は省きましたが、ここから聖地サントまで全て徒歩で行くという手だってあるのですから」
「さ、流石に徒歩は御免ですわ」
極端な例えに、ロザリーは苦笑いを浮かべて首を振った。
そんな彼女の反応をどこか面白がるように、ジュールは軽やかな口調で続ける。
「お嬢様、最善手が必ずしも正解とは限りません。時には、悪手と思えるような選択が、逆に功を奏することだってございます。そのことを心掛けて下さりますと幸いです」
「であるならば、徒歩で行くのもある意味で正解かも知れない……ということですの?」
「はい、その通りにございます。大事なのは、選択肢を最初から捨てないこと。無論、あからさまにそれを選んではいけないというものもございますし、何でもかんでも選択肢に入れれば良いというものでもございませんが」
「うーん。難しいのですわね」
考え込むロザリーをジュールは温かい眼差しで見つめている。
「その取捨選択につきましては、お嬢様が人生の経験をお積みになることで養って頂ければと思います。それはテスカにサピオも同じこと」
並んで歩くテスカやサピオにもジュールは目線を送った。
「二人も、私から見ればこれからが楽しみな青く瑞々しい新芽。老い先短しこの爺の言葉を心に留めて頂けたならば幸いにございます」
そんな他愛もない雑談を交わしながら街道を進むうちに、空の色はゆっくりと黄金色から茜色へと移り変わっていく。
適当な野営地を見つけると、手慣れたジュールとテスカが準備に取り掛かり始めた。
ロザリーとサピオにとって初めての野宿が訪れようとしていた。




