第31話 ロザリーと新たな行き先
「……はい、クエスト達成確認いたしました!ロザリーさんは、これでDランク昇格となります!」
ロザリーは笑顔の受付嬢からDランクの冒険者証を手渡された。
Eランクの時と同じ鉄製のプレートであったが、縁には細やかな装飾が施されており、ずっしりとした重みが手に残る。
「ふぅ、これで一先ずの目標は達成しましたわね!」
ロザリーはひと息ついたという感じで言った。
イムランの街を訪れてから約一ヶ月、ランク上げに集中していたとはいえ、その期間での昇格は早い方であった。
それも偏に、冒険者経験豊富なジュールがいたからであるとロザリーは実感する。
(ジュールの知識がなければ、こうも効率的にはいきませんでしたわね)
稀少な植物が何処に生えているか、目的の魔獣が活発になる時間帯まで、ジュールはそれらの情報をまるで辞典のように熟知していた。
そのお陰で、通常の新米冒険者であれば二、三日は掛かりそうなクエストでも、早ければ半日で終わらすことが出来、次々と効率よくクエストを回せたのである。
「うわあ…………」
隣ではサピオがキラキラとした目で、感慨深そうにDランクの冒険者証を見つめている。
ロザリーたちと出会わなければ、今こうして冒険者になれなかったのだ。その思いも一入であろう。
「これで上級クエストも受けられるようになりましたですね、お嬢様!」
嬉しそうに言うテスカに頷きつつ、ロザリーは依頼書が所狭しと貼られた掲示板へと視線を向けた。
その中で、やはりある一つの討伐クエストが目に付いてしまう。
(ミング先生……)
初めて目にした時からまた少し時間が経過したが、ミングの討伐クエストの依頼書はまだ剥がされておらず、引き続きクエストの受注者を募集中のようであった。
「お嬢様。爺からの提案ですが、このクエストをお受けしては如何でしょうか?」
「……理由を伺ってもよろしいかしら?」
「上級クエストともなりますと、ギルドからクエスト受注者にのみ情報共有がされることもございます。ミング殿の行方を掴めるかも知れません」
「なるほど、確かにそうですわね」
ロザリーがクエストの受注を決めると、ジュールは手際よく掲示板から依頼書を剥ぎ取り、慣れた足取りで受付カウンターへと向かう。
「はい!クエストの方、承りました!こちらは特別なクエストですので、この街以外の冒険者ギルドでも達成報告を行うことが出来ますから、遠方からこちらへ戻って来る必要はございません!」
手渡された依頼書を確認し、慣れた手つきで処理を進めながら受付嬢が明るく説明する。
「それはご丁寧にどうも。ところで、このミングという獣人。今、何処にいるか、ギルドへ情報が降りてはいませんでしょうか?」
ジュールは、手慣れたようにさも雑談の延長であるかの如く自然な口調で尋ねた。
「……少々お待ちくださいね」
そう告げた受付嬢は、一礼した後に奥の方へと消えていった。
間もなくして、その奥から壮年の男が姿を現す。
「お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ」
促されるままに進み、ロザリー一行は奥の静かな一室へと通された。
「紹介が遅れました。私はこの冒険者ギルドのギルドマスター、ビンスと申します」
落ち着いた声でそう挨拶を口にすると、ビンスは応接スペースの革張りのソファを指した。
「どうぞ、掛けて下さい」
ロザリーたちが腰を下ろすと、彼の秘書と思われる女性が人数分のティーカップを運んで来て、それをテーブルの上に一つずつ丁寧に置いていく。
「イムランの一級茶葉です。若い者には少し渋みが強いかも知れませんが」
「いえ、深く芳醇な香りで、ワタクシは嫌いじゃありませんわ」
「それは良かったです」
優雅にカップを傾けるロザリーにビンスは目を細めた。
一方で、ロザリーの真似をして一口含んだサピオはその渋みに思わず目を白黒させている。
それを見たビンスが秘書に目配せを送ると、彼女は無言で頷き、素早くミルクを持って来てサピオのティーカップへと注いだ。
「あ……。どうもありがとうございます……」
改めて一口飲み、先程とは打って変わって表情を輝かせるサピオを、ビンスは微笑ましく見つめている。
「……さて、皆様をここへ呼んだ理由について話させて頂きます」
ティーカップを静かにテーブルへ置くと、頃合いを見計らったようにビンスが口を開いた。
「冒険者登録から、ひと月に満たぬうちのDランクへの昇格……ただの新米冒険者パーティに出せる成果ではありません。我がギルドの最速記録です。腕っぷしだけでなく、深い知見に基づく計画性などもお持ちなのでしょう。それに加え、皆様の立ち振る舞いや醸し出す雰囲気は、とてもただの新米のそれとは思えません。そんな皆様の腕を見込んで、本来ならば当該クエストを受注した者たちの中でもBランク以上の冒険者にしか開示しない情報を特別に話すことにしました」
「秘匿性の高い情報故に、こうして我々を招き、ギルドマスター自らが説明を行う。そういう認識でよろしいですかな?」
「はい、その通りです」
ジュールの問いに答えた後、ビンスは机の上に一枚の地図を広げた。
その時、一瞬ビンスがジュールの顔を深々と観察するような視線を向けているようにロザリーには見えた。
「ところで、つかぬことをお聞きしますが、この討伐クエストを貴女はどう思われますか?」
「どう……と言われますと?」
ロザリーはチラリとジュールを横目に見る。
ジュールは変わらぬ笑みを浮かべ、静かに首を縦に振ってみせた。
「……討伐対象が獣人であることや生きたまま捕まえなくてはいけないのに討伐クエストとして依頼が出されていること。おかしなところが多過ぎて、何から言えばいいか分かりませんわ」
ロザリーは素直に自分の思ったままを答えた。
ビンスは満足そうに目を細める。
「まずそこに気付ける時点で、貴女たちは今のランク以上の実力を持っていると言って良いでしょう。大半の冒険者は、何も疑問を持たずにこのクエストを受けますからね。特に上級クエストが受注可能なDランクの冒険者には多い」
「そ、そうでしたの」
ロザリーは、正解を引けたことに内心ホッとする。
「……そこに疑問を持てるのであれば、薄々勘づいてはいるかと思われますが、件の獣人につきましては、ただの討伐対象ではありません。ここだけの話、彼は国を揺るがしかねない『重大な事件』の重要参考人なのです。その事件の内容に関しましては、誠に申し訳ないことに、お教えすることは出来かねますが、それを承知して頂けますと助かります」
ビンスの言葉に、ロザリーたちは密かに視線を交わした。
凡そは、以前に予測した通りなのだろう。
「……分かりましたわ。その辺の事情は聞かないことにいたします」
事件の詳細を知っていること、自分たちが当事者であることはここで明かす必要はないと、ロザリーは言わないでいた。
「理解が早くて助かります。やはり、私が見込んだ通りの方々ですね。ギルドとしましては、捕縛は無理でも、せめて足取りくらいは掴みたい。と考えております。貴方たちならば、或いは……と」
そこまで言うと、ビンスはどこか苦々しい表情を浮かべ、言葉を続けた。
「……これはあくまで私の考えであって確証は無いのですが、『捜索』ではなく『討伐』としているのは、王国側に万が一を望んでいる方がいるのかも知れません」
「万が一って……つまり、そういうことですの?」
ロザリーが問いかけると、ビンスは静かに頷いた。
「王国には古くから仕える者も多くおります。そういった中にはいるんです。……露骨な亜人差別主義者が」
「差別……」
サピオが悲しそうに眉を顰める。
ビンスは組み立たせた手に顎を乗せ、低い声で言葉を重ねた。
「『亜人如きを人間の法で裁くなど言語道断である』……そんなことを大真面目に主張する者が今も実在するのが現状なんです。宮仕えであれば、尚更そういった旧い考えを捨てられぬ者も少なくないでしょう。しかし、対象はあくまで重要参考人。生きたまま捕まえる理由があるからこそ、問答無用で命を奪うわけにもいかない。そこで思いついたのが、討伐クエストの依頼として出すことだったのでしょう」
「仮に冒険者の手で『討伐』されたならば、その責を負うは王国ではなく、冒険者ギルドというわけですか」
「ええ。その通りです」
ジュールの指摘にビンスは頷く。
(ただでさえ濡れ衣なのに、それをいいことに命を狙う人が、それも王国の中にいるなんて!)
ロザリーは内心憤慨し、強く拳を握りしめるも、表情は努めて冷静を保った。
「……ですが、そんな一方的なリスクはなるべく負いたくはありません。だからこそ、ギルドとしては信頼の置けぬ冒険者に、この情報を渡すわけにはいかないのですよ」
ビンスは引き出しから封のされた一枚の羊皮紙を取り出し、ロザリーの前へと滑らせた。
「これは各地のギルドと連携し、共有された情報をまとめた潜伏推定地域の資料です。相手は逃亡者で、ましてや獣人という目立つ存在ですから、素顔を晒して歩く筈もない。単独行動とも限りませんし、協力者がいる可能性も考慮して、『人数は問わず、身元や顔を過剰に隠した不審な旅人』の報告を中心に精査した、現時点で最新のものとなります。しかし、情報は随時更新されていくものですので、その点はご留意を」
「いくつか候補があるのですわね」
羊皮紙に記された複数の地名を指でなぞりながら、ロザリーが呟く。
「はい。現状で絞りきれたのは四箇所。湖畔の町レイク、ドワーフたちの町ノール、山頂の町ペンテ、そして……」
「聖地……サント!?」
ロザリーは驚きのあまり、思わず大きな声を上げていた。
無理もない。
聖地サント、それはガーデンドール学園の巡礼研修で訪れる予定の場所だったからである。
「どうかされましたか?」
「……いえ、失礼いたしました。貴重な情報を有難うございます、ギルドマスター。これより我々は、この候補地を中心に捜索を開始いたしますわ」
「ええ、お気を付けて。皆様の朗報を期待しております」
そう言うビンスへロザリーたちは深々と一礼し、応接室を出ようと扉へ手をかける。
その時、ビンスがふと思い出したかのように口を開いた。
「ところで……もし間違っていたら大変失礼なのですが」
「はい、何でしょうか?」
声を掛けられたのはジュールであった。
ビンスは、探るような視線を彼へと向ける。
「もしかして、貴方は『ジュウロウ』ではありませんか?」
静寂が部屋を支配した。
少ししてジュールは、柔和な笑みを浮かべる。
「……人違いでございます。ご覧の通り、私はしがないお嬢様の元執事に過ぎませんから」
「……そうですか。不躾なことを尋ねてしまい、申し訳ございませんでした」
ビンスはそれ以上深くは追及せず、静かに深く頭を下げた。
応接室を後にしたロザリーは、隣を歩くジュールをチラリと見やる。
(ギルドマスターの言った『ジュウロウ』って、ジュールのことなのかしら?名前は似ていますけれども……)
いつも自分のことを大事に思ってくれて、迷った時には優しく導いてくれるジュールが、急に遠い存在のように思えてしまう。
(ワタクシはジュールのことを全然知らないのですわね……)
湧き上がったかすかな胸のざわめきを静かに胸の奥へ押し込め、ロザリーは視線を前方へと戻す。
(……それにしても、ここに来て『天啓』で見たことに繋がるとは思いもしませんでしたわ)
ロザリーが処刑される未来を見せる「天啓」。その惨劇へと至る記憶の中に、確かにガーデンドール学園の巡礼研修で聖地サントを訪れる自分自身の姿があったのだ。
(学園を去り、冒険者となったことであの運命からは外れたと思っていましたけれども……)
どうやら、「天啓」が見せる未来は、まだロザリーを逃してはくれないらしい。
(ミング先生を追い掛ける候補の中に、『天啓』が見せた聖地サントがある。……偶然とは思えませんわね)
ロザリーは鳥肌が立ちそうな程の運命の悪戯を感じていた。
彼女の中では、次の行く先は決まっていた。
聖地サント
確かな決意を胸に、一行は静かに歩みを進めるのであった。




