第30話 ロザリーとミングの行方
様々なことが起きた一日も、日の暮れと共に終わりを迎えつつある。
宿に戻ったロザリーたちは、今日一日の出来事を振り返っていた。
「……あの依頼書の似顔絵。あれは、どう見てもミング先生でしたわ」
ロザリーは神妙な面持ちで口を開いた。
「ロザリーお姉ちゃん……」
サピオは思わずロザリーの顔を覗き込んでいた。
彼はミングのことを知らなかったが、ロザリーの様子を見て、大切な知り合いなのだろうということは分かったようである。
「討伐クエストの依頼を出されているということは、少なくとも、彼が生きているのは間違い無いでしょう。そして、どうやってかは不明ですが牢獄から脱出し、行方をくらませているのだと思われます」
「討伐って、ミング先生を殺すつもりですの!?」
ジュールの冷静な言葉に、ロザリーは眉を顰めて問い返した。
「それに、脱獄した人を追うのならば、王国の衛兵や騎士団の仕事の筈ですわ。何故ギルドに、それも討伐依頼なんて形で出ていますの?」
「ミング殿には王子暗殺の疑いが掛けられていました。しかし、その情報はまだ公にされていなかった。ある程度の調べを終えた後に公開する予定だったのでしょうが、その前に脱獄されたため、こうしてギルドへの依頼という形で冒険者にも捜索をさせているのだと思われます」
「あの……王国は、どうして手配書を出さないんですか?」
サピオがおずおずと尋ねると、ジュールは静かに頷いた。
「良い着眼点です、サピオ様。ひとえにミング殿の容疑が固まっていないことに尽きるでしょう。彼が王子暗殺の件において無罪である可能性が少なからずある以上、大々的に指名手配をすることが憚れたのだと思われます」
「そっか……。指名手配したのに後で無罪だと分かったら、とんでもないことになっちゃうから……」
「その通りにございます」
「でも、だからといって討伐だなんて……」
「お嬢様。依頼書には『生け捕り』が基本路線となっておりました。丁寧に、『殺せば報奨は無い』とまで添えて。これは討伐クエストとしては極めて異例のことです。そして、もう一点注目すべきは『上級クエスト』であるということです」
「なるほどです。このクエストを受けられる人は限られているということですね」
テスカが頷きながら答えた。
「ええ。このクエストに挑むのは、ある程度ギルドから信頼を得た冒険者たち。であるならば、出された条件を無視してまで討伐対象を殺すといった愚行はしないでしょう。無論、絶対とまでは言えませんが」
「ミング先生……」
ロザリーはミングのことを案じる。
「良い方に考えれば、当面はミング殿が処刑されることは無いということでもあります。もしかすると、もう王国から遠く離れているやも知れません。でなければ、こんな遠方にまでわざわざ討伐依頼を出さないでしょうから」
「ワタシはそのミングという方とあまり面識は無いのですが、獣人であるならばその身体能力は戦士で無くとも常人を遥かに超えていると聞きますです。逃げることを優先すれば、おいそれとやられることも無いと思いますですよ」
ロザリーは、初めてミングと出会った時のことを思い出す。闇の力の使い方を教えるという理由で急に襲われたのだが、後で聞けばあれでもかなり加減はしていたという。
(……加減した状態でもワタクシをあっさりと捻り殺せそうな程に力強く荒々しかったですわ)
その上で、「生け捕り」という制約もついているならば、テスカの言うように簡単には捕まらないだろう。
(それに、変装くらいはする筈ですわ。そう簡単には見つからないかも知れませんわね)
ロザリーはそっと胸元に手を当て、溢れ出そうになる不安を押し殺すように息を整えた。
「ミング先生のことも気掛かりですけれども……。もう一つ、どうしても確かめておきたいことがありますわ」
ロザリーはチラリと隣に座るサピオへ視線を向けた。
彼が、ストレイウルフの突然変異種に対して放った眩い光。
それは紛れもなく、ロザリーが宿すものと相反する「力」であった。
「サピオ……。単刀直入に聞きますわ。貴方、もしかして『光の力』を持っているのではなくて?」
「……分からない」
サピオは身を縮め、居心地悪そうに答える。
「村が魔獣に襲われた時も……同じようなことがあって。隠してたわけじゃないんだけど、自分でもどうしていいか分からなくて……」
「……いいんですのよ、サピオ。急に得体の知れない力に目覚めたら、怖くて当たり前ですわ。その気持ちは痛い程よく分かりますもの」
そうサピオを慮るロザリーの脳裏には、自分が闇の力に目覚めた時の光景が浮かんでいた。ただでさえ、孤独の中にいた彼女を更に孤立させた忌まわしき力。幼いその胸の中では、恐怖だけでなく怒りや悲しみなど様々な感情が渦巻いていた。
その時のことを、ロザリーはまるで昨日のように思い出せる。
「そう言えば、ロザリーお姉ちゃんも……」
「ええ、ワタクシは『闇の力』を持っていますわ」
ロザリーがそっと手のひらを広げると、揺らめく黒い靄のような魔力がその指先を包み込んだ。
「……恐ろしいかしら?」
「……ううん!」
通常であれば、誰もが気圧されるような禍々しい気配。
しかし、サピオは眉一つ動かさず、魅入られたかのようにそれを見つめていた。
闇の力を持つ少女と光の力を持つ少年。対極にある二つの力を持つ者同士、通じ合うものがあるようだ。
「……ふぅむ。サピオ様が『光の力』を持っているということは、それは即ち『勇者』ということになりますかな?」
腕を組んだジュールが、深く頷きながら言った。
この国に伝わる、勇者が魔王を討つという有名なお伽噺。その勇者は「光の力」を有していたという。
したがって、光の力を持つ者は勇者であると結び付けるのは、ごく自然な発想であった。
「ぼ、僕が勇者……!?」
サピオは驚きのあまり声を裏返らせた。
「だ、だって、僕は弱いし、そんな凄い人じゃ……」
「ホッホッホ。光の力を持つ者が後に『勇者』と呼ばれるようになったのであって、『勇者』とて最初から強くも凄くも無かったと思いますよ、サピオ様。それに、貴方は呑み込みが早い。実力はすぐに追い付いて来ますから、御自身をそんな卑下なさらないでくださいませ」
「そうです!ワタシだって、最初はなんにも出来なかったですから!サピオくんはこれからです!」
テスカも身を乗り出して力強く同意した。
「あれ?でも、勇者パーティが王国を出発したって、そんな話を何処かで聞きましたですが、それはどういうことなんでしょう?」
「結論から言えば、それは偽物でしょうな」
首を傾げたテスカの疑問にジュールが答える。
「ここに光の力を持つサピオ様がいるのであれば、現在『勇者』とされている者は、光の力を持っている筈がございません。光の力を持つ者は、世界にただ一人しか存在し得ぬのですから。お嬢様の闇の力と同じように」
「そうしますと、その勇者を名乗る方々の目的は何ですの?」
「王や国をも偽る一級の詐欺師か、自分を本気で勇者と思い込んだ狂人か。或いは、王国側が仕立て上げたプロパガンダという可能性もございますな」
「王国が?どうしてですか?」
「一番は、魔族への牽制でしょうな。お嬢様が学園で出逢った留学生に扮した魔族やマグミスのように、魔族側はこちらの世界に対して諜報を行っているようです。王国側もそれを把握してるからこそ、魔族に対してのカウンターとなる『勇者』の存在を大々的にアピールしたと考えられます」
「色々考えるものですわね……。旅を続けていたら、もしかしてその勇者パーティと出会うこともあるかも知れませんわね」
「その可能性は十分ございますが……すぐにということは無いでしょう。当面の目標は引き続き、Dランクまで昇格することですな。千里の道も何とやらでございます」
「Dランクになれば受けられる依頼も増えますし、もっと遠くの街まで行けるようにもなりますからね!」
ジュールの言葉に、テスカも元気よく応じた。
「……僕もいつまでも足手まといになんてなりたくない」
サピオは小さな拳をぎゅっと握り締める。
「だから、ジュールさんにテスカさん。僕を鍛えてください!あの試験の時のように!」
「ええ、勿論でございます」
「ワタシでよければ!」
二人はサピオの決心を快く承諾した。
「ワタクシも、貴方の光の力について何か教えられることがあるかも知れませんわ。ワタクシの場合は闇の力ですけれども、どちらも世界でただ一人しか使えないもの。何処か共通点があるかも知れませんし」
「ロザリーお姉ちゃん……。うん、頼りにするね!」
サピオは笑顔で言った。
(くぅぅ……何という破壊力。思わずキュンとなってしまいましたわ!)
その動揺をロザリーは何とか表へ出さぬように努める。
気が付けば、色々あった一日は間もなく終わろうとしていた。
──某所
「おやあ?珍しいですねえ」
街から街へ、人を乗せて運ぶ大型の馬車。
通称「移動馬車」の中で、商人と思わしき中年の男が、向かいに座るフードを被った小柄な二人組の旅人へと話しかけた。
「子供だけの二人旅ですか?魔獣も増えてきたこのご時世に大変でしょう?」
相手を子供と認識しても敬語を崩さないのは、長年の職業柄からなのだろうか。
「……お構いなく」
二人組の片方が素っ気なくボソッと答えた。
「……ああ、姉弟か姉妹なんですね。それも、ワケありと見ました」
商人は、深く被ったフードの隙間から覗く仮面と、そこから漏れた声で二人の事情を察した様子で頷く。
「でしたら、一言忠告を。ここだけの話ですが、レオバード王国から重罪人が牢から逃亡したそうでしてね」
「……そうなんですか」
「ええ。それでその重罪人はどうやら獣人なんだそうで。何をしたかは分からないですが、きっと凶悪な奴でしょうから、獣人を見掛けたら近寄らない方がいいですよ」
「……ご親切にどうも」
「へっへっへ……。忠告ついでに、旅のお供の薬草やポーションなんかもあるのですが、どうです?」
「あ。それ結構ですー」
即答。
顔の見えぬ仮面の奥からでも、塩対応なのが伝わりそうな声音であった。
「おっと。それは残念。気が変わりましたらお声がけくださいな」
商人らしき男は肩を竦めると、それ以上は深追いせずにあっさりと引き下がった。
「……だ、そうですよー」
仮面の少女は、馬車の走行音に紛れさせるように、隣へ座る人物にしか聞こえない小声で話し掛ける。
「ヒッヒッヒ。なかなか面白いことになってきたじゃないか」
「自分のことをまるで他人事のように言いますねー」
呆れたように仮面の少女は溜息を漏らした。
「はあ……。私、王子様の護衛騎士の筈なのに、何でこうなってしまったんでしょうかねー?まあ、自分で蒔いた種という側面も無くはないんですが……」
「ボクは争いごとはそんな好きじゃないからねえ。護衛としての君の力、頼りにしてるよ。ヒッヒッヒ」
「こんな仮面で顔隠すような真似までして……」
彼女はげんなりした様子でフードの奥の仮面を指先で叩く。
「……完全にお尋ね者ですねー」
「生きとし生けるもの全て、何かしらの仮面を被っているようなものだろ?ヒッヒッヒ」
「哲学ですかー?今はそういう話をする気分じゃないですねー」
「おや?では、何時ならいいんだい?」
「未来永劫無いと思って下さると助かりますー」
「おやおや、これは手厳しいねえ。ヒッヒッヒ」
「あと、その不気味な笑い方も止めて下さいと言いましたよねー?」
仮面の上からでも不機嫌さが伝わってくる彼女と隣で不気味な笑い声を上げる小柄な人物を乗せて、移動馬車はガタゴトと音を立てながら進んで行く。
──レオバード王国 騎士の詰所
「……大丈夫なんでしょうか?」
エリオットは眉を寄せて心配そうに言った。
「おやあ、エリオットくん?いっちょ前に後輩の心配をするようになったの?随分と偉くなったねえ」
背もたれに深く体重を預けながら、そう言葉を発したのは護衛騎士隊長のヴォッツだった。
「隊長。揶揄わないで下さい!」
「ハッハッハ。まあ、大丈夫でしょ、キャスリーンちゃんなら」
「そんな無責任な……」
「エリオットの言う通りだぞ、ヴォッツ」
重々しい声で割って入ったのは巨漢の男、ドガスであった。
「本来ならば、キャスリーンの行いは厳罰に処した上で護衛騎士の任を解くべきものだ」
「まあ、そうだな」
「『カール王子暗殺の首謀者と目される獣人が脱獄。キャスリーンがそれを単独追跡中』……よくもまあ、そんな都合のいい名目にすり替えて上を納得させたものだ」
「ほら。俺って部下には優しいからさ。幸い、一部始終を他の誰にも見られて無かったし、いけるかなあと思ってたら、いけちゃったのよ」
「……………………解せぬな」
声もなくそこに立ち続けていたのはジザイであった。
相変わらず気配を完全に消し、壁の影のように佇んでいる。
「キャスリーンの言い分には物証も何もない。唾棄すべき戯れ言に過ぎぬ。それが分からぬ貴様では無いだろう?」
「いやあ、俺もそう思ったよ?だから一度は止めたし、お灸も据えたわけなんだけどさあ。あの何よりも規律を重んじるリアリストのキャスリーンちゃんが、勘だけで動いてあそこまで言うんだぜ?じゃあ、見てみたいじゃないの。その確信の行く先って奴をさ」
「…………凡そ正気の沙汰とは思えぬな」
「確かに、まともじゃあ無いな!」
ヴォッツは高らかに笑った。
「……でも、何の根拠も無いわけじゃあない。キャスリーンちゃんは王子暗殺未遂事件の現場にいた当事者だ。犯人の追跡もしている。その上で、あの獣人が犯人ではないと判断したんだから、そこは汲み取る価値はあるんじゃないかって思ったんだよ」
「それならば、キャスリーンと立ち会う前にそう言ってやれば良かったんじゃないか?」
ドガスが突っ込む。
「あの時はあの時で、部下の暴走を止める隊長の心持ちだったんだよ!あと、キャスリーンちゃんにはそろそろ上には上がいるってことを教える頃合いだなあってね。丁度いい機会だと思ったの!」
「…………何とも行き当たりばったりな」
「臨機応変と言ってくれ!」
ジザイの容赦ない突っ込みに、ヴォッツは悪びれもせず胸を張ってみせる。
「……まあ、今はキャスリーンちゃんを信じて待とうじゃないの。果たして、鬼が出るか蛇が出るか、それとも何も出て来ないのか。楽しみだねえ」
ヴォッツはそう言ってニヤリと笑った。
詰所内は、呆れてものも言えないというように重い沈黙が支配する。
「……全く、勝手な人ですね」
エリオットは誰にも聞こえぬようにボソッと呟くと、遠い空の下にいる同僚で後輩の無事を静かに祈るのであった。




