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第29話 ロザリーと光の力

(は、速い!!速過ぎますわ!!)


 まるで瞬間移動のように現れたストレイウルフの突然変異種は、獲物の品定めのようにロザリーたちを見下ろしている。


「お嬢様!私の後ろへ!」


 ジュールはそう言うと無駄のない所作でロザリーの前へと移動する。また、テスカもその隣に並んでいた。


「……やれますね、テスカ?」


「はい!そのためにワタシはジュール様に教えを受けて来たんです!」


 テスカはいつの間にか眼鏡を外し、一対のダガーを構えて一瞬で戦闘スタイルに切り替えている。


「お嬢様はサピオを守りながら、隙を見て援護を!」


「分かりましたわ。サピオ、こっちへ」


「……うん。僕は足手まとい……ということだよね?」


「正確には、足手まといにすらなっておりません。が、それは詮無きこと。状況の正確な把握は、冒険者として大事なことです」


 ジュールは目の前の敵に注意を払いつつも、そう言ってサピオのことを気遣った。


「サピオ。貴方は私が絶対に守りますわ!」


 毅然と胸を張って前に立つロザリーの姿に、サピオはハッと息を呑んでいた。

 戦うための態勢が整ったと見るや、ジュールは胸元の隠し刀を抜くと同時に相手を斬り付ける。

 だが、敵は巨体に見合わぬ身軽さでそれを後方へ跳躍して回避した。着地後、即座に前方──ジュールへ向かって跳躍し、鋭い爪を振り下ろす。


「ハァッ!」


 ジュールは刃でそれを受け止めると、力の方向に逆らわずに受け流し、相手の腕を地面へと叩き付けた。

 その隙を突いたテスカは、両手のダガーで巨狼の首の辺りを切り裂く。


「グァッ!?」


 何か違和感を覚えたのか、ストレイウルフの突然変異種は、ジュールたちから距離を取った。

 テスカに切られた部分をしきりに気にしている。


「……どうやら、毒が少しは効くみたいですね。尤も、これは普通の人間であれば一瞬で死ねる奴なんですが」


「効いてはいても、効果が薄い。自然由来の毒は、耐性を持たれてるのかも知れませんな。毒の種類を変えてみては?」


「考えてみます」


 そんな会話を交わす二人を見ていて、ロザリーは少しだけ心に余裕を取り戻した。

 敵は確かに強大だが、それでもこのパーティでどうにかなる相手だということが、ジュールとテスカを通して言葉ではなく伝わったからである。


(油断は出来ませんけれども、必要以上に怯える必要もなし……ということですわね。セイヴァン先生もそんなことを仰ってましたわ。落ち着きなさい、ロザリー・ローゼス・ロッソ!)


 ロザリーは集中し、次に目の前へ来た時に食らわしてやろうと、その手に黒い靄を纏わせた瞬間、すぐ後ろにいたサピオの身体がビクッと跳ねた。


(……………………?)


 それは、敵に向けられた力の筈なのに、サピオの胸の奥が何故だかとてもざわつく。


「グァアアアア!!」


 その理由も分からぬまま、その時はすぐに訪れた。

 巨狼は、再びロザリーたちの元へ跳躍する。


「フィアー!!」


 ロザリーは、そう唱えて黒い靄を目の前に迫り来る敵へ放った。

 相手に強い恐怖を与える、ケイオスベアーをも退けた闇の力が相手を襲う。

 しかし、その巨体は瞬時に危険を察知したのか、手前で着地した後にすぐ後方へ下がり、フィアーの範囲内へ入らないように動いた。


「躱された!?」


 相手のスピードに改めて舌を巻くロザリー。


(あの速さだと、『ダークアロー』をただ使っても避けられてしまいますわね。動きを止めなければ……って、その動きを止めるための『フィアー』も当たらないのに、どうすれば?)


 テスカの毒刃も効果が無いのか、或いは効果は出ていて、なおこのスピードを維持しているのか。


「落ち着きましょう、お嬢様。奴は、お嬢様の闇の力を避けました。避けるということは食らいたくない、食らっては不味いということ。お嬢様の力は有効なのです」


「で、ですが、ジュール。いくら有効でも、あの速さの相手に当てるのは至難の業でしてよ!」


「然らば、私とテスカで隙を作りましょう!」


「ハイです!」


 ジュールとテスカは、今度は二人の方から向かって行った。地を蹴る音を二重に響かせ、ジュールとテスカは左右へ分かれて挟撃の構えを取る。


「グゥルルルル!!」


 巨狼は、両者を見下ろすように唸り声を上げると、まずは手近なテスカへと標的を定め、巨大な前脚を振り抜いた。風を断つ轟音が響く。


「ッッ!!」


 テスカは身を低く沈めてそれを躱すと、そのまま滑り込むように爪の下を潜り抜けた。同時に、逆手に構えたダガーを相手の足首へ走らせる。

 

「!!やはり、硬いですね!皮膚の表面は切れても中まで刃が通りません!!」


 浅く刻まれた傷口。刃に塗られた毒も何処まで効いているか分からない。

 巨狼は、即座に太い尾を鞭のように薙ぎ払った。


「テスカ、飛びなさい!」


 ジュールの鋭い声と同時に、テスカは地面を強く蹴って尾の軌道から出る。

 虚空を薙いだ尾の風圧だけで地面の土煙が舞い上がった。

 体勢を崩さぬまま着地したテスカは、再び後方へ飛び、相手と距離を取る。

 一方で、ジュールの方は流れるような足運びで敵の懐へと踏み込んだ。


「グアアアアアァッ!」


 巨狼は咄嗟に顎を開き、ジュールの頭部を丸呑みにせんと噛みつきを繰り出す。牙の一本一本がまるで短剣のように鋭い。

 しかし、ジュールは一切動じることなく、緩急をつけた動きでその一撃を躱し、その流れに沿う形で隠し刀を振るった。


「グャオゥッ!?」


 刃先は敵の右目を確実に斬り裂いていた。

 巨狼は痛みに仰け反り、視界を奪われたことでパニック状態になったのか、咄嗟に頭部を激しく振り回した。


「ふぅむ。テスカの言う通り、硬く刃が通りにくい。出来れば、この一撃で脳ごと両断してやろうかと思ったのですが、難しいようですね……。仕方あるまい」


 ジュールは、すぐに視線をロザリーへ向けた。


「お嬢様!お願いします!」


「分かりましたわ!!」


 ロザリーは、二人が相手の動きを止めようとしている間に、闇の力を右手に集中させていた。


「行きますわよ!ダークア……」


「……オォォォロォォォオオッッッ!!!」


 突如、空気を破砕するような衝撃波を伴い、鼓膜を直接叩き割る重低音の咆哮が森を震わせた。


「ッ!く、悪あがきを……!」


「み、耳が……!」


 ジュールとテスカは思わず耳を押さえた。

 ロザリーも耳がキーンとなり、練り上げていた闇の力が霧散してしまう。


(こ、これはケイオスベアーの使ったものと同じ!?)


 あの時はロザリーを除いた四人が、鼓膜へのダメージだけでなく体の震えを起こし、動けないでいた。

 ジュールもテスカも、耳は押さえているものの、動けないという感じではないので、耐性があったか、似て非なる攻撃だったのだろう。

 だが、その一瞬の隙を突こうと巨狼が動き始める。



(…………………あ)


 その時、サピオの脳裏に突然、故郷の村が燃えた日が、家族が自分を庇って死んでいったあの悪夢が、蘇ってきた。

 

(ああ……ああ……ああああ…………)


 もう、誰も失いたくない。


 守られるだけの自分は嫌だ。


 僕を仲間にしてくれたこの人たちを、死なせたくない──!


(うわああああああああああ!!!!)


 サピオの胸の奥で、カチリと何かの鍵が外れた。


「やめろおおおおおおお!!!!」


 サピオの魂からの叫び。それに応えるように、彼の胸元から閃光が溢れ出した。

 それは一瞬で周囲を照らし、その強烈な光が敵の目を貫く。


「グゥア!?」


 まるで太陽のような光を至近距離で受けた巨狼は視界を完全に失い、激痛に狂ったようにのたうち回った。


「なん……ですの、この光……?」


 あまりの光景に、ロザリーだけでなくジュールやテスカまでもが思わず息を呑む。

 だが、歴戦の従者は一瞬で我に返り、鋭く叫んだ。


「お嬢様!!」


 ジュールの声に弾かれたように、ロザリーは力強く地を蹴り前へ出た。

 目前で完全に隙を晒す巨狼へ向け、手元に残されたすべての闇を右腕へと凝縮させる。


「ダーク……アローーー!!」


 解き放たれた闇の矢は、その眉間へと吸い込まれ、そのまま後頭部へと突き抜けた。

 ドスン、と地響きを立てて巨大な身体が崩れ落ちる。


「……ハァ、ハァ。勝ちましたわ」


 荒い息を吐きながら、ロザリーは倒れ伏した巨狼からゆっくりと視線を外し、後ろで立ち尽くすサピオへと向けた。


「サピオ、貴方……」


 声を掛けられたサピオは、自分が何をしたかも分からない様子で、自らの掌を見つめていた。


「ぼ、僕……」


 恐怖によるものなのか、小刻みに震える彼を見て、ロザリーは息を呑んだ。

 巨狼の目を灼いた、あの強烈な光。

 闇の力を持つロザリーはその正体をすぐに悟った。


(初めて見たのにそれだと分かる……。サピオが今使ったのは『光の力』に違いありませんわ!)


 自らの手に残った、冷たい闇の余韻。

 サピオから感じられる、温かな光の気配。

 相反するその力に、ロザリーの背筋に確信めいた戦慄が走る。


「……………………」


 混乱したまま見つめ返してくるサピオの瞳には、困惑、動揺、恐れと様々な感情が綯い交ぜになっていた。


「……………………」


 問い質したいことは山ほどある。

 だが、今この場で彼を問い詰めるべきではないと、ロザリーは小さく息を吸って、その思いを胸の奥へと押し留めた。


「……帰りましょうか、サピオ」


 可能な限りいつもの調子で、優しくそう告げるロザリー。


「…………う、うん」


 サピオは、まだ強張った指先をぎゅっと握りしめ、小さく頷いた。


 その後、息絶えたストレイウルフの突然変異種の各部位をジュールたちが回収する。


「此奴は討伐対象ではありませんが、その存在はギルドへ報告する必要があるかと思われます。この辺を調査し、似たような突然変異種がいないかを確認して貰う意味も含めてですな。それと、魔獣の各部位は素材として重宝されますので」


 というのが、ジュールの見立てであった。

 作業を終えた頃には日も落ちてきたので、ロザリーたちは冒険者ギルドへ戻ることにする。

 森を抜ける道中も、サピオの肩はまだ微かに震えていた。

 自分でも説明のつかない力を使ってしまったことを上手く呑み込めていないのかも知れない。

 それに気付いたロザリーは、サピオの頭へそっと手を伸ばし、優しく撫でた。


「……よく頑張りましたわね。怖かったでしょうけれども、貴方が無事で何よりですわ、サピオ」


「……………………」


 サピオは無言でロザリーを見つめ返す。

 だが、その表情は少し落ち着いたようにも見えた。

 

 やがて一行は街へ帰り着き、そのまま冒険者ギルドへと向かった。


「では、私たちが報告してきますのでお嬢様は、あちらで休んでいて下さい」


 そう言ってジュールとテスカがカウンターへ報告に向かった後、ロザリーとサピオはロビーの長椅子へと腰を下ろす。

 二人になったのを見計らってサピオは意を決したようにロザリーを見上げた。


「あの……さっきは、ありがとうございました」


「さっき?」


 ロザリーが視線を落とすと、サピオはもじもじと両手の指先を絡め合わせていた。


「う、うん。僕、不思議な力を、自分でもよく分からない内に使っちゃって、とても怖くて……。でも、何も聞かずにただ『無事でよかった』って言ってくれて、頭を撫でてくれて、すごく安心したんです……。まるで、お母さんにして貰ったみたいに。それで、その……もし、嫌じゃなければなんですけど……」


 サピオは頬をわずかに赤らめ、迷うように視線を泳がせながら、小さな勇気を絞り出すように口を開く。


「ロザリー……お姉ちゃんって、呼んでもいいですか?」


「はっ、はひ?」


 ロザリーは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


「あ……ごめんなさい。変なこと言っちゃって……」


「い、いえ!決して、嫌だとかそういうわけではございませんの!た、ただ、その……こ、心の準備というものがありまして!」


 両手を激しく振って否定するロザリー。

 一度軽く咳払いをしてから背筋を伸ばすと、意を決したようにサピオへと向き直る。


「え、ええ!構いませんわ!ど、どうぞ呼んで下さいまし!!」


「ロザリー……お姉ちゃん!」


「……っっっ!!」


 破壊力抜群の響きに、ロザリーの心臓が跳ね上がった。

 カッと顔全体に熱が集まり、耳の先まで真っ赤に染め上がっていく。

 確かにサピオのことを弟のようにも感じていたが、実際にこんな真っ直ぐで無垢な感情を向けられると、どう反応していいのか分からない。


(な、な、なんという破壊力……!お、落ち着きなさいロザリー・ローゼス・ロッソ!)


 平静を装って胸を張ってみせるものの、動揺を隠しきれず視線があちこちへ泳ぐロザリー。

 このままサピオの顔を見つめ続けては顔面の沸騰が抑えきれないと悟ると、誤魔化すようにくるりと背を向け、近くの掲示板へと早足で歩み寄り、依頼書に目を通すフリをする。


「!?」


 その瞳が一枚の羊皮紙に留まった瞬間、彼女の体は完全に凍りついた。

 そこに貼られていたのは、魔獣ではなく「獣人」の討伐依頼。

 そして、依頼書に描かれたその似顔絵は、どう見てもあのミングの姿そのものであった。

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