第28話 ロザリーと初めての討伐クエスト
サピオを加え、四人となったロザリーたちは現在冒険者ギルドにて、クエストを探していた。
──数時間前
「冒険者証は、全世界共通。また、等級も共通です。可能であれば、この街でDランクまでは上げておきたいところですな」
「それはどうしてですの?」
「理由としては二つ。一つは上級のクエストを受けるための最低ランクが『D』からということ。上級のクエストは更なる昇格には必須で、中には貴重な情報をもたらすものもございます。そして、もう一つが入国審査で、こちらが大きな理由となります。国によっては低ランクの冒険者を入国させないこともあるので、その憂いを少なくするためにも、特に目的なども無く手すきの今に上げた方が何かとよろしいかと存じます。また、イムランは王都程大きくは無いですが、一通りの施設は揃っておりますので、一先ずの拠点とするに申し分無いかと存じます」
「冒険者経験のあるジュールの意見ですから、含蓄がありますわね。素人のワタクシとしては従うことにしますわ」
「聞き入れて下さり、至極恐悦にございます」
と、ジュールのアドバイスに従い、目下のところ、冒険者のランク上げに勤しんでいたからである。
「生き物の素材や植物の採取、鉱物の採掘……と、Fランクのクエストは似たようなものが多いのですわね。討伐クエストはEランクから受けられるみたいですわ」
掲示板に並んだ依頼書を一枚ずつ眺めながら、ロザリーが呟く。
「Fランクは主に駆け出し用のクエストですからな。まずは仕組みに慣れて貰うという意図があるのでしょう。同時に、試験を通ったばかりの冒険者が信頼に足る人物かを見極める目的もあるのだと思われます。中には冒険者証だけ貰ってクエストを一つもこなさない者もおりますから」
「つまり、こういった雑用をきちんとこなせる方を見極めている。ということですのね」
「はい、その通りにございます。ですので、地道にランクを上げて行きましょう。信頼とはコツコツと積み上げていくものですからな」
「顔と名前を売るための下積み、とも言えますわね。ワタクシ、コツコツと積み上げるのは嫌いではありませんけれども、ある程度見通しは欲しいところですわ」
「あの、ジュールさん……。冒険者のランクはどうすれば上がるんでしたっけ?」
サピオが、ジュールを見上げて質問した。
「Cランクまでは、実績によって上がります。こなしたクエストの数……つまりは結果が重要ですが、その過程も重視されております。例えば、同じ植物の採取でも、質のいいものを渡す方が評価は高くなり、より早くランクが上がるのです。急がば回れ、という奴ですな。ホッホッホ」
「そうなんですか……!Bランク以上は違うんですか?」
「Bランクからは、実績の他に昇格のための試験と面接が加わります。腕が立っていても、それを活かす頭脳と品格が求められる、というわけでございます」
「なるほど……。ジュールさんって、凄く物知りなんですね……!」
サピオは感心したように言う。
「なあに、皆よりも歳を重ねているだけのことですよ。でも、お褒め頂き有難うございます、サピオ様」
「さ、様なんて、僕には勿体無いです……」
「おや、申し訳ございません。職業柄、癖のようなものですので、お気になさらず」
「い、いえ、そんな、謝ることじゃ……」
「……これは今言うべきですわね」
ふと何かに思い至ったように呟くと、ロザリーはサピオの方へと向き直った。
「サピオ!」
「え?あ、ハイ!」
突如名前を呼ばれ、サピオは思わず返事をする。
「ワタクシたちと貴方が出会って、どのくらいが経ったかしら?」
「え?えっと……二週間くらいだと思います」
「そう、二週間。そして、ワタクシたちと貴方は仲間ですわ。それにしては、余所余所しいのではなくて?」
「!」
サピオが言葉を詰まらせると、ロザリーは更に一歩詰め寄った。
「仲間とは家族みたいなものですわ!……多分。少なくとも、ワタクシはそう思っております。貴方のことも弟のように思って……いや、つまり何が言いたいかと言いますと、ワタクシたちに遠慮とかそういうのはいっっっっっさい無用ですわ!」
「…………」
目を白黒させているサピオ。
それを見て、ロザリーはハッと我に返ったように少し表情を和らげた。
「勿論、すぐに変えるのは無理だと思いますわ。ワタクシも同じこと言われてすぐ出来るかと言われれば、自信ありませんし……。けれども、少しずつでいいからもっと気楽に接して下さいまし。その方がワタクシたちも嬉しいですわ」
「…………う、うん。僕、頑張ります」
恥ずかしそうに視線を泳がせながらも、サピオはしっかりとロザリーの目を見て頷いた。
「……よろしい!では、クエストをこなしていきますわよ!」
そうしてロザリーたちは、Fランク用の地道なクエストを受けては次々とこなしていった。
Fランク用のクエストは、どれも街の近場で完結するものだったので、日によっては複数のクエストを完了させることも出来た。
ジュールからのアドバイス通り、なるべく質のいいものを選ぶということも忘れてはいない。
──五日後
「……はい、クエスト達成確認いたしました!ロザリーさんは、これでEランク昇格となります!」
ロザリーの手には、鉄製のプレート──真新しいEランクの冒険者証があった。
「Eランク昇格により、討伐クエストを受けることが可能となります。説明の方、お聞きしますか?」
「お願いしますわ」
「では!……討伐クエストとは、言葉の通り依頼書に書かれたモンスターや魔獣を討伐するというものです。こちらの依頼書にはギルドの定めた危険度が記載されていまして、危険度によって、報酬や昇格への実績に差が出ます。危険度の高さによっては、一度のクエスト達成で次のランクまで昇格することもありますが、とにかく危険ですので無理は絶対にしないで下さい!また、討伐の証明として、対象の部位を持って帰ることを忘れないで下さいね!これ、結構やらかしてしまう冒険者も少なくないので!」
受付嬢は手慣れた感じで立て板に水の如く説明を行ってくれた。
まだ日も暮れておらず、今日の宿を取るには早いということで、ロザリーたちは昇格早々に討伐クエストを受けることにした。
受けたのは、近郊の森に生息して街道を行き交う人々を脅かしているとされる狼の魔獣「ストレイウルフ」の討伐クエストであり、危険度は「E」。
サピオもいるということで最初から無理をせず、また危険度の塩梅についての確認も行おうということで決定した。
なお、かつて学園の授業で討伐する予定であった「ハンターラビット」の討伐クエストの危険度は「F」と最低ランクであった。
「では、行きますわよ!」
張り切って、討伐対象がいるという森へ向かう。
「『ストレイウルフ』は、通常の狼と異なり、群れを決して作らず常に一匹で行動します。仲間意識も希薄で、仮に同族が襲われていても加勢に入ることは殆どございませんし、そもそも近寄ることすらしません。故に、初心者冒険者たちにとっては討伐依頼の良い練習台となっております」
「ということは、こちらの数が多ければ多い程有利になる相手ということですのね」
「はい。無論、油断は禁物ですが」
「狼の魔獣……」
ロザリーはふと魔狼率いる人狼ザギのことを思い出した。
結果的に倒すことが出来たとはいえ、一歩間違えれば全滅は必至だった恐るべき魔族。
トラウマとまでは行かずとも、同じ狼ということでつい身構えてしまうくらいにはロザリーに恐れを与えていた。
「大丈夫です、お嬢様!ワタシもあの頃より強くなりました!もう後れを取ることはありませんです!」
「そう……ですわね!ワタクシだって、あの頃よりも強くなっている筈ですわ」
ロザリーは、あの時から更に二度、魔族との対峙を経た。そこで得た力もあれば、その経験自体が間違いなく彼女の精神と行動に影響を与えている。
「ですので、大船に乗ったつもりでいて構いませんわ、サピオ!」
「う、うん!」
サピオは答えた。
ロザリーに言われてからなのか、サピオは「ハイ」ではなく「うん」と言うようになっていた。
彼なりに変えていこうというその一歩なのだと思い、ロザリーは少しだけ顔を綻ばせる。
そんな風に森の中を歩いていると、暫くして件の魔獣を遠くに発見した。
だが。
「……ええっと。討伐の危険度は確か『E』でしたわね?」
本来のストレイウルフは、野生の狼と変わらない大きさなのだという。
だが、視線の先のそれは体躯が一回りも二回りも大きく、馬車の馬どころか車を含めたくらいのサイズはあった。
「あれは、ストレイウルフの親玉か何かかしら?」
「!……お嬢様、あれは恐らく突然変異種と思われます」
ロザリーの疑問に答えるように、ジュールが小声で囁いた。
「突然変異種?」
「ごく稀に、通常とは異なる大きさや姿をしたものが生まれることがあり、それを突然変異種と呼びます。能力も大幅に上がっており、その危険度は最低でも『B』ランクはあると言われております」
「それって、ケイオスベアーと同じくらい強いってことですの!?」
「あくまで、低く見積もっての話でございます。奴がどれくらい強いのか、この距離で戦いもせずには、この爺にも流石に測れません」
ジュールは慌てる素振りもなく、冷静に言った。
「冒険者ギルドは、あれを『E』と判断したってことなのかしら?」
「いえ、そこまで杜撰な調査はしていないでしょうから、あの依頼書に書かれたストレイウルフは実際に居たのでしょう。依頼書は一週間程前のものでしたから、恐らくその後に奴が現れ、その存在に気付いてこの辺を去ったか、或いは奴に殺された……ということだと思われます」
遠くに見える巨躯の魔獣は、ゆっくりと首を振りながらその場を徘徊している。
「でも、ストレイウルフはストレイウルフには近寄らないんじゃ……?」
「良い質問です、サピオ様。突然変異種は元々の特性をも変貌させることがあるのです。穏やかで争いごとを好まぬ生物が、暴虐の限りを尽くす怪物になってしまうように。あのストレイウルフは、全く別の存在と思った方がよろしいかと」
よく見れば、大きいだけでなく、体色がまるで何かの紋様のような色分けをされているように見える。
依頼書に書かれていた似顔絵ではそのような特徴は無かった。
「ジュール、どうしますの?」
ロザリーは尋ねる。
ケイオスベアーと同等ならば、ロザリーにはそれを闇の力で退けたことがある。それに、ジュールやテスカもいるので、仮に戦うことになっても一方的にやられることは無いだろう。
だが、サピオはまだ幼く、つい先日冒険者になったばかりで、その試験には一度落ちているのだ。
ロザリーには誰かを守りながら戦うという経験が乏しい。強敵相手にサピオを守りきれる自信が無いのが正直なところであった。
「……戦うのが最善かと」
「戦いを避けるのでなく?」
「恐らく、奴はこちらの存在に気付いてますです」
そう言ったのはテスカであった。
分厚い眼鏡の奥の眼をギラリと光らせている。
「時々、僅かにですがこちらへ視線を向けて来ていますです。この状況で敵に背を向ける方が危険かと」
「ストレイウルフは俊敏な魔獣です。その突然変異種であるならば、この距離など一瞬で詰めて来てもおかしくはありませんでしょうな。獲物を前にしてああやって余裕を持ち、無闇に襲って来ないのは、奴がそれだけ脚力に自信を持っているということなのだと思います」
「戦うしかない……ってことですわね」
「……………………」
覚悟を決めたロザリーの横で、サピオはごくりと喉をならす。
冒険者になってからの初めての実戦。それも、相手は突然変異種というイレギュラー。あまりに状況が悪過ぎる。
その小さな体は、思わず震えていた。
「……大丈夫ですわ、サピオ。貴方はワタクシが守ります」
「ロザリー……おねえ」
「来ます!」
あの遠い距離からロザリーたちの戦意を感じ取ったのか、ストレイウルフの突然変異種は、巨躯であることをまるで意に介さず、稲妻の如く飛ぶように向かって来る。
次の瞬間には、ロザリーたちの目の前に到達し、その禍々しい姿を見せていた。




