第27話 ロザリーと少年サピオ
「どうなさったの?」
ロザリーは自分でも驚いていた。
いくら困っている様子だからといって、見ず知らずの子供に自ら声を掛けるなど、コミュ力が然程高くない彼女が取れる行動では無かったからである。
だが、それでも声を掛けずにはいられなかった。理由は彼女にも分からない。
「…………あ」
その子は、それだけ言うと俯いてしまう。
自分と同じようにコミュ力があまり高くはないのだろうとロザリーは思った。
ロザリーもこんな時に掛けるべき言葉が上手く浮かばない。
「……………………」
「……………………」
互いに沈黙する。
改めて見てみると、あちこち汚れていて格好もボロボロであった。だが、年季が入ったという感じではなく、ここ二、三日の間にそうなったという風に見える。
(……この街の子供では無いのかしら?)
何となくロザリーはそう感じた。
ぐぅぅ……
突如の腹の音に、ロザリーの目の前の小さな顔は紅潮し、横を向く。
どうやら、発生源はこの子のようであった。
「……ふぅむ。少し遅くなりましたが、お昼といたしましょうか」
そう切り出したのはジュールであった。
街に着いてすぐに冒険者ギルドへ赴き、そのまま登録の試験を受けたので、ロザリーたちも昼食をまだ済ませてはいない。
「一緒に如何ですかな?」
「え?」
思わぬ提案にその子は戸惑いの声を上げる。どうしていいか分からず、視線をあちこちへ彷徨わせた。
「そ、そうですわ!」
ロザリーは、ジュールの出してくれた助け舟に乗っかる。
「ワタクシたちも、丁度お昼にしようと思ったところですの。それに、これも何かの縁という奴ですわ!」
縁にしてはあまりに接点は無かったものの、目の前の困った子供を放っておけないのは紛れもなく本音である。
暫し目を丸くしていたその子であったが、ロザリーの勢いに負けたのか、こくりと小さく頷いた。
(少し強引だったかしら?でも、何故だかこのままこの子と別れてはいけないと内なる自分が警告しているような気がしますわ)
その直感を信じてロザリーたちはその子を伴い、ギルド内に併設された酒場のエリアへ移動する。昼と夕の間くらいの時間なので空いており、四人でもすぐに席を確保出来た。
メニューを読むと「酒場」とは言ってもアルコールだけではなく食事も豊富にあるようで、注文を取りに来た給仕へロザリーたちはそれぞれ食べたいものを答えた。
「遠慮なさらないでいいんですのよ。誘った手前、お代はこちらで持ちますわ」
「……あ、はい」
ロザリーに促され、その子も遠慮がちに注文する。
料理が来るまで、少し時間が空いた。
「そ、そういえば……まだお互いに名乗っておりませんでしたわね」
不意にロザリーが口を開いた。
「ワタクシはロザリー・ローゼス・ロッソ。こちらが執事のジュールとメイドのテスカですわ。あなたのお名前は、何と仰るのかしら?」
「……サピオ」
「サピオ。それがあなたの名前ですのね?」
こくりと頷く。
口数があまり多くないのは元からなのか、それともこんな状況故か。
ロザリーもよく知らない集団から食事を誘われたら同じような感じになるかも知れないなと思い、無理に誘ったことを反省する。
「……もしかして、迷惑だったかしら?」
「え?」
「もしも無理をさせてしまっていたならばごめんなさい」
「……いえ、迷惑ではないです」
サピオは答えた。
「そ、そう」
こうして言葉を返してくれるのは、少しは心を開いてくれたからではないか、とロザリーはほんの少し安心を覚える。
「一応、聞きますけれども、あなたは男の子でよろしかったかしら?」
「……はい。よく女の子と間違われますけど」
確かに、見た目は中性的である。
声変わりし始めといった感じの声を聞かなければ、ロザリーも彼を少女としか思わなかったであろう。
「あの……僕も聞いていいですか?」
「ええ、勿論ですわ。何でも聞いて下さいまし」
「執事とメイドがいるってことは、お姉さんはもしかして貴族様なんですか?」
「まあ、そうであるような、そうでないような……」
出自は間違いなく貴族であるが、世話になった屋敷を出て行った身の今は貴族と呼べるかは微妙なところであった。
「……まあ、あまり畏まらなくても良いぐらいの身分なので、もっと楽になさって良いですわ」
「……うん」
そうこうしていると、注文した料理が運ばれてきた。
パンに焼いた肉と野菜を挟んだものに、香ばしい玉ねぎが主張するスープ。屋敷でも学園でも見たことのない、まさに市井の料理であった。
「これは凄く美味しそうですわね!」
ロザリーが目を輝かせると、サピオもコクっと小さく喉を鳴らした。
「冷めない内に頂きましょうか」
というジュールの声を合図に、食事の手が伸びる。
サピオは最初は遠慮がちであったが、一口食べるとその勢いは一変した。よほどお腹が空いていたのだろう。一生懸命に、けれども行儀よく料理を口へ運んでいく。
そんな彼の姿を見て、ロザリーたちも自然と笑みをこぼしていた。
お腹が満たされるにつれ、場の空気も少しずつ和らいでいく。
「サピオ。差し支えなければ、どうしてあそこで困っていたのか、理由を教えて下さらないかしら?」
食後、ロザリーはなるべく優しく聞こえるようにそう声をかけた。
「あ、勿論、話したく無ければ無理に話す必要はありませんわ」
「……………………」
サピオは少しの間、顔を下へ向けていた。視線の先には、床に置いた彼の剣がある。その小さな背丈に似合わぬ大人用の剣。
やがて、決心したかのように顔を上げると、サピオは小さな声を振り絞るようにポツリ、ポツリと語り始めた。
彼が住んでいた村が、突如現れた魔獣の群れに襲われたこと。
村は壊滅し、命からがら逃げ延びたのは自分だけで、他の生き残りは恐らくいないであろうこと。
そして、一人で生きていくために冒険者になろうと、この街のギルドを訪れたこと。
「……でも、試験に落ちちゃって」
拙いながらも、必死に自分の境遇を明かしてくれたサピオの言葉に、ロザリーは胸を締め付けられる思いだった。
「そう……そんな大変なことがありましたのね」
「それはとても……辛いですね」
テスカも沈鬱な面持ちで呟いた。
魔獣では無いが、彼女の両親もまた理不尽な仕打ちによって殺されている。
何処かシンパシーのようなものを感じているのだろう。
「……こちらで聞いておいて何ですけれども、よくそんな話を会ったばかりのワタクシたちにして下さいましたわね?」
身の上話にしては、あまりに重過ぎて軽々に話せる内容ではない。
「……僕も分かりません。でも、お姉さんには話した方がいいと、何故だかそう思ったんです」
サピオは真っ直ぐな瞳でロザリーのことを見つめる。
(この子も……サピオも同じだったのですわね)
ロザリーの胸の奥で、再び不思議な感情が湧き上がった。
「でも、やっぱり僕には無理だったんだ。僕なんかじゃ……」
「一度の不合格で諦めてはいけないと思いますわ」
落ち込むサピオの言葉を遮るようにロザリーが強く言った。
「試験にもう一度挑戦しましょう」
「でも、受付の人が規則で受けられないって……」
「冒険者ギルドの不合格者は、最低でも一週間は再審査は行わない決まりになっております。不合格の直後に再挑戦させれば、焦りや疲労などで不慮の事故が起こる可能性もあります故、それを防ぐための安全措置……ということです」
サピオの疑問に答えるように、ジュールが補足した。
「……一週間も」
サピオはまたも顔を曇らせ、ポツリと漏らす。
「宿をとるお金も無いし……僕、これからどうしたら……」
ロザリーはサピオに聞こえないよう、ジュールとテスカへそっと顔を寄せた。
「……ジュール、テスカ。ワタクシたちでサピオが冒険者ギルドの試験に合格するのを手助けしてあげることは出来ませんかしら?このまま放り出すのも忍びないですわ」
「ふぅむ。確かに急ぎの旅ではありませんからな」
「ワタシも、彼を放ってはおけませんです」
二人ともロザリーに同調する。
「試験の時に少し見た限りですが、あの少年の筋は悪くありません。身体の使い方などを教えれば、一週間もあれば見違えるかと思われます」
ジュールの確かな寸評に後押しされ、ロザリーはサピオに向き直った。
「サピオ。もしあなたが良ければですけれども……。これからの一週間、ワタクシたちに預けて貰えないかしら?」
「え?」
「あなたが合格出来るように、ジュールとテスカが色々と教えて差し上げますわ。宿の方も、そのくらいの余裕はありましてよ」
予想もしなかった提案に、サピオはポカンとする。
だが、ロザリーの真剣な眼差しに、それが決して揶揄いや冗談の類ではないのだと悟る。
「は、はい。お願いします!」
藁にも縋る思いなのか、サピオはそう言って頭を下げた。
──それから一週間後
冒険者ギルドの受付。
そこに再びサピオは立っていた。
「……はい、サピオさん。冒険者の登録ですね。では、試験を行いますので、あちらで待機していて下さい」
受付嬢に促され、向かったギルドの裏手の訓練場には、一週間前と同じ試験官がサピオを待ち構えていた。
(あの人は……)
「ん?ああ、一週間前の坊主か」
訓練用の模擬刀を肩に担ぎ、試験官がニヤリと笑う。
「時間が惜しい。始めるぞ」
どうやらサピオが試験の一番手のようであった。
慌てて模擬刀を手に持つと、すぐに構える。
その様子を見て、試験官が口を開いた。
「いいか、坊主。これは試験だからこうやって待ってやっているが、実戦では相手は待ってくれやしないんだぞ」
「え?あ……は、ハイ!」
「じゃあ、行くぞ!」
そう言うと同時に試験官は一気に踏み込み、サピオとの距離を大きく詰めてから模擬刀を素早く振り下ろした。
一週間前のサピオであったら、恐怖に竦み、まともに受けることすら出来なかっただろう。
だが、今のサピオは違う。
彼の脳裏に蘇るのは、この一週間、テスカから叩き込まれた身体の使い方であった。
〘男の子ですから、体が小さいことを気にしてるかもですが、体が小さいということは的が小さいということ。つまりは利点になります。的が小さければそれだけ相手の動きも制限されるです〙
〘あとは相手の動きをよく見ることです。あなたはまだ幼いですし、戦闘の経験も無いと思いますから、恐怖に負けて目を瞑ってしまうことは仕方ないです。ですので、これから一週間、ワタシはあなたを攻撃します。向かってくる攻撃に対して目を瞑らなくなるまで。それが出来るようになれば、あとは隙を見て打ち込むだけです〙
サピオは目を瞑ることなく体を捻り、試験官の振り下ろしを躱した。
(……本当だ! 僕の体が小さいから、大振りになって隙ができるんだ!)
間髪入れずにサピオは模擬刀を横に払う。
しかし、試験官は即座に剣の腹でそれを受け止めた。
力量の差は歴然。力任せに押され、サピオの体勢が大きく崩れそうになる。
その時、サピオの頭にジュールの教えが鮮明に浮かび上がった。
〘剣というものは、力任せに振るうものではありません。大切なのは力でねじ伏せることではなく、理解することです。剣の特性、そしてそれを振るう者を〙
〘鍔迫り合いになった時に、力で対抗しようとしても今のあなたでは敵わないことも多いと思われます。ですから、逆に相手の力を利用するのが良いでしょう〙
サピオは崩れた体勢のまま、相手の模擬刀の力に逆らわず、自らの刀の身を滑らせて力を受け流した。
「何……!?」
自身の振りの勢いを殺しきれず、試験官の体が前傾姿勢になり、決定的な隙が生まれる。
サピオはその隙を見逃さなかった。一気に相手の懐深くに潜り込むと試験官の持っている剣を跳ね飛ばす。
「……参った。合格だ」
試験官の口から、サピオの一番聞きたい言葉が飛び出した。
「たった一週間でここまでやるようになるとは。凄い伸び代だな。お前の名前は?」
「さ、サピオです」
「サピオか。お前みたいな奴に会いたくて俺は試験官をやってるようなもんだ。いい冒険者になれよ!」
「は、はい!!」
「良かったですわ……!本当に、良かったですわ……!」
サピオから、合格して冒険者証を無事に得たことを聞いたロザリーは、胸を撫で下ろしながら安堵した。
隣ではジュールが満足そうに髭を撫で、テスカも嬉しそうに目元を緩めている。
「皆さん……本当に、ありがとうございました!」
無邪気に喜ぶサピオの笑顔を見て、ロザリーは自分のことのように嬉しくなる。
しかし、同時に一抹の寂しさが胸を掠めていた。
(サピオがこうして冒険者になれたのはとても嬉しいことですけれども……。ここでお別れだと思うと、少し寂しいですわね)
サピオの悩みが解決した今、彼と共にいる理由は無い。
チラリと横目で見れば、テスカもジュールも何処か名残惜しそうな顔をしている。直接指導をした二人なりに情が湧いているのだろう。
別れの言葉を言うべきかとロザリーが悩んでいたその時であった。
「あ、あの!」
サピオがロザリーを真っ直ぐに見上げ、意を決したように声を張り上げた。
彼の目には、出会った時とは打って変わって力強い意志が感じられる。
「僕を……僕を皆さんの旅に連れて行って貰えませんか?」
「え……?」
思い掛けない申し出に、今度はロザリーがパチクリと目を丸くしていた。
「こんなに……優しくして貰ったの、なんか凄く久し振りに感じて……。お父さんとお母さんを思い出して……。あ、変なこと言ってごめんなさい。でも、もう少しだけ皆さんと一緒にいたいと思ったんです。お願いします!」
頭を下げて必死に訴えるサピオ。
ロザリーは一瞬呆然としたものの、すぐにその顔に満面の笑みを浮かべた。
迷う理由など、何もない。
「勿論ですわ!何なら、こちらからお誘いしようと思っていたところですのよ!」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ!ワタクシたちも、あなたと……サピオと一緒に旅をしたいですわ」
「ワタシも大賛成です!」
「ホッホッホ。賑やかになりそうですな。では、改めて……歓迎いたします、サピオ様」
ロザリーたちの歓迎の言葉にサピオの顔がパッと明るくなると、溢れ出る嬉しさを抑えきれないかのように何度も何度も頷くのであった。




