第26話 ロザリーと冒険者ギルド
ロザリーたちがイムランの街へ到着したのは、昼を少し回った頃であった。
頑丈な石壁と木造の建物が雑多に肩を寄せ合う賑やかな街。
ここイムランは、王都からやや離れた場所にあり、駆け出しの冒険者が最初に集まる「旅立ちの拠点」としても知られている。
通りには武器や防具の店が並び、鍛冶屋の鉄を打つ音が心地よく響いていた。
素朴ながらも活気に満ちた、どこか懐かしさを覚えさせる街並みである。
「ここが、イムランですのね!」
ロザリーは少し目を輝かせながら街の様子を見渡した。
学園に通うまでは、あまり屋敷の外に出る機会は無く、こういった市井の街まで行くことは無かったから新鮮なのである。
絢爛な世界とはまるで違う、生き生きとした人々の活気がそこにはあった。
「お嬢様、冒険者ギルドは街道をまっすぐ進んだ中央広場の方にございます」
ジュールの案内のもと、三人は人波を掻き分けて進む。
やがて見えてきたのは、交差した剣と杖の紋章が描かれた看板を掲げる、一際大きな二階建ての建物だった。
「……ふー、緊張しますわね」
「お嬢様。まだ、中にも入っておりませんですよ」
「初めての冒険者ギルドですもの。何事も初めてというのは緊張するものですわ。……そう言えばテスカは、ギルド経験者でしたわね」
「まあ、暗殺者ギルドなので、こういう冒険者ギルドとは別だと思いますですけど」
「……ワタクシが振っておいて何ですけれども、何かごめんなさいですわ」
「い、いえいえ!お嬢様がお気になさることじゃないでございますです!」
そんなやり取りで少しは緊張が解れたのか、ロザリーはフッと小さく微笑むと、表情を引き締めた。
「では、行きますわよ。テスカ、ジュール」
「はい」「はいです」
ロザリーは小さな手に力を込め、重厚な木製の扉をそっと押し開いた。頭上からは乾いたベルの音が響き渡る。
ギルドの内部は、外の喧騒を上回る熱気に包まれていた。
酒場が併設されているからか、食事や酒の匂いが、真っ先に鼻に入ってくる。
目立つ場所に置いてある掲示板には所狭しと依頼書が貼り出されており、それを覗き込む武具を身につけた男たちや、酒場エリアで木樽のジョッキを傾けながら大声で笑い合う荒くれ者たちの姿がある。
一見すると柄の悪い場所にも思えるが、何処かカラッとした開放感が漂っていた。
見慣れぬ貴族風の少女たちの登場に、ギルド内の視線が一瞬だけロザリーたちに集まったが、すぐに興味を失ったように各自の雑談へと戻っていった。
「あら?こんな格好ですから、悪目立ちするかと思いましたけれども……」
ロザリーは自分の格好を見やる。
普段から着ているお気に入りの赤いドレスは、明らかに場違いであったが、誰も気に留めていないように思われた。
「ほっほっほ。冒険者ギルドには様々な人が来ます。ベテラン程、他者をいちいち気にしないものなのです」
「確かにワタシのメイド服もそんなに見られていないようです」
「なるほどですわ。ということは、この場に今いるのはそういった方々なのですわね」
改めて、ロザリーはギルド内の人々を見回した。
「では、お嬢様。冒険者の登録をしに行きましょう」
「あ、ええ。分かりましたわジュール」
ロザリーは一応の見栄はあるので、なるべく気後れしないように胸を張り、奥にある木製のカウンターへと歩みを進めた。
カウンターの向こうでは、受付嬢が手際よく書類を処理しながらも笑顔で対応している。
「あ、あのー……」
「ようこそ冒険者ギルドへ!本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付嬢は、ロザリーたちに向かってにこやかに微笑みかけた。
「し、新規の冒険者登録をお願いしますわ!」
「冒険者登録ですね!かしこまりました。三名でよろしかったですか?」
「あ、ええと……」
ロザリーはチラッとジュールへ視線を向けた。
昔、冒険者だったのならば、ジュールは既に冒険者証を持っているかも知れないと思ったからである。
その視線の意味を瞬時に悟ったジュールはそっとロザリーに耳打ちをした。
「私が冒険者だったのは、二十年以上前のことです。そこから更新もしておりませんので、既に失効しているかと」
「そうなんですの?」
「はい。ですから、この爺もお嬢様と一緒にFランクからのスタートとなります」
「ジュールと一緒……」
そのことがロザリーは何となく嬉しく感じた。
「わ、ワタシも同じFランクです!」
「フフ、そうですわね。テスカも一緒ですわ」
ロザリーは受付嬢へと視線を戻した。
「ワタクシたち、三人で登録をお願いしますわ!」
「はい!承りました!」
受付嬢はそう言うと手慣れた手つきで羊皮紙と羽ペンを三人分取り出し、カウンターの上に並べた。
「では、こちらの用紙にお名前、年齢、職業、その他得意なことなどがあればご記入下さい!文字の読み書きが難しい場合はこちらで代筆もいたしますが、如何いたしましょう?」
「いえ、問題ありませんわ」
ロザリーはサラサラと自分の名前などを書き進めていった。
この世界において、識字率は決して低くは無いが、高くも無い。平民の中には、文字の読み書きを学べる環境にない者も少なくないのだ。
一方で貴族は殆どが文字の読み書きが行える。ロザリーも叔父夫婦に引き取られる前に、基礎的な部分は一通り学んでいたため、後は独学で身に付けていた。
「……出来ましたわ」
「有難うございます!……ええと、ロザリー様、ジュール様、テスカ様ですね。では、試験を行いますので、あちらで待機していて下さい」
「試験……」
ロザリーはここへ来る前にジュールから聞いた話を思い出していた。
〘冒険者ギルドで冒険者の登録を行うに辺り、必ず試験を受けることになります。冒険者になるのに年齢制限はありませんが、代わりに相応の実力が求められるというわけです〙
〘実力……。どういった試験があるんですの?〙
〘主に二つ。一つは『武』。剣などの武器や素手での格闘の強さを測るもの。もう一つは『魔』。魔力の大きさを測るもの。このどちらかに合格して、初めて冒険者として認められることになります〙
〘ワタクシの場合は『魔』の方になりますわね〙
〘ええ、私とテスカは『武』の方になりますでしょうな〙
〘うーん、大丈夫かしら?ワタクシ、魔法の方は決して得手というわけでは無いですし……〙
〘大丈夫です。お嬢様ならば必ず合格出来ると信じております〙
(……ジュールはそう言ってましたけれども、冒険者ギルドがどの程度を合格の基準としているのか分からないだけに、やはり不安ですわね)
ロザリーは闇の力についてはミングから学んだり、自分でも練習のようなことをしていたが、一般的な魔法に関しては、人並みであった。
そんな不安の最中のロザリーが案内されたのは、ギルドの裏手にある広い訓練場のような場所だった。
そこには既に、何人かの受験者たちが集まっている。
(当たり前ですけれども、ワタクシたち以外にも冒険者登録の試験を受ける方たちはいるんですのね)
その中に、ロザリーの目を引く人物が一人いた。
身の丈に合わない使い古された剣を持った子供。見た目は少年にも少女にも見える。背丈からして、十歳くらいだろうか。緊張した面持ちで佇んでいる。
(あんなに幼い子も……)
ロザリーがそんな風に見つめていると、担当の試験官と思われる男が現れた。
「よし、揃ったな!これより冒険者登録試験を始める!」
男の声が訓練場に響き渡る。
そして試験の内容を告げた。それはジュールが事前に言っていた内容と同じであった。
「魔力の測定はこちらです」
そう言ったのは柔和な雰囲気の女性であった。
大きな水晶が置かれた台へと案内される。
「その水晶に手を触れ、魔力を流し込んで下さい。水晶の光が一定以上の強さになれば合格となります」
「……分かりましたわ」
ロザリーは深呼吸すると意を決して前へ進み、そっと水晶に手をかざした。
(ええい、ままよ!)
ロザリーは体内の魔力をゆっくりと練り上げて水晶へと注ぎ込む。
次の瞬間、澄んだ音と共に水晶が眩い青白い光を放ち始めた。光はみるみるうちに強まり、訓練場の一角を明るく照らし出す。
「素晴らしい魔力量ですね!合格です!」
試験官の声に、ロザリーは胸を撫で下ろした。
純粋な魔力操作だけで無事に基準を上回ることが出来たことに自信が芽生えてくる。
ジュールとテスカの方は、試験官と模擬戦のようなものを行っていたようだが、二人とも拍子抜けする程に呆気なく試験官を打ちのめし、戦いを終わらせていた。
「ご、合格!文句なしの合格だ!」
そう言いながら額を拭う試験官の姿に、ロザリーは思わずくすりと微笑んだ。
こうして、三人は無事に試験を突破し、晴れて冒険者としての第一歩を踏み出すことになったのである。
カウンターに戻り、受付嬢から渡されたのは、銅で出来た小さなプレート──Fランクの冒険者証であった。
「おめでとうございます、ロザリー様、ジュール様、テスカ様!これで皆様も正式な冒険者となります!」
「有難うございますわ。これが……」
手に取った金属の冷たさに、ロザリーは小さな感動を覚えていた。
掌にずっしりと残る確かな重みが、これから始まる未知の旅路への期待をじわじわと押し上げてくる。
その時であった。
「お願いです!もう一度……もう一度だけやらせて下さい!」
隣で、必死な叫び声が聞こえてくる。
視線を向けると、そこには試験前に見かけたあの小柄な子供がいた。受付嬢に向かって、今にも泣き出しそうな顔で頭を下げている。
「ごめんなさいね。不合格者をその日のうちに再試験することは出来ないんです。規定ですから」
受付嬢は申し訳なさそうに首を横に振った。
「そんな……!」
必死に縋り付くその声は最後には掠れ、今にも涙が溢れ出しそうだった。強く握りしめられた小さな拳が、悔しさと絶望でガタガタと打ち震えている。
ロザリーは何故だかその子供のことが気になって仕方なく、思わずじっと見つめていた。




