第24話 ロザリーとガーデンドール学園との別離
ロザリーとジュールに対しての事情聴取という名の形式的な手続きは、僅か数日で終わった。
マグミスの痛々しい程のダメージ痕が決定的な証拠となり、彼女の偽証が裏付けられてしまう形となったのだ。
──ガーデンドール学園 学園長室
「……以上の通り、教師に対する暴行および殺人未遂の罪により、ロザリー・ローゼス・ロッソは当学園を退学とする」
クリフヴァルツの重々しい声がその残酷な裁定を告げた。
罰を言い渡されたロザリーは、背筋を一切曲げず、凛とした表情で堂々と前を見据えている。
「……分かりましたわ」
「申し開きはないのかね?」
クリフヴァルツの問いにロザリーは黙ったまま、ただ首を横に振った。
ロザリーは、マグミスが魔族であることを伝えなかった。
かつてミングは世間話の中でロザリーへこう話したことがあった。魔族と人間を外見的特徴以外で見分けることは難しい、と。匂いなども、人間の衣服を纏い、香水などを使えば、例え鼻の利く獣人であっても騙すことは容易だと言う。
ロザリーが偶然にもマグミスの正体を見抜けたのは、ケスから学んだ「闇の力を視る」という技があったからに他ならない。だが、それは闇の力を持つ者──つまり、ロザリーを除けば魔族にしか使えない。故に、マグミス本人が自白でもしない限り、周囲に信じさせることは実質不可能なのだ。下手に告発してマグミスを刺激すれば、最悪の場合学園に残されるミシェルたちへ危害が及ぶ恐れすらあった。
(マグミスがミング先生に罪を着せたのは、ごく僅かでも正体を見抜かれる可能性を排除したいという意図もあったのでしょうね……)
改めて、マグミスの抜け目のなさにロザリーは舌を巻きつつも、フツフツと胸の奥で煮え立つ怒りを覚えていた。
「……では、本日中に荷造りなさい。明日には送迎の馬車でここを発ってもらいます」
「ご配慮感謝いたしますわ、学園長」
「もう一度聞くが、本当に申し開きは無いのかね?私はまだ、君の話を聞いていない。君の話次第では、退学も……」
「ワタクシは何も話せません」
「……そうか。それが君の答えなのだね?ロザリー・ローゼス・ロッソ」
ロザリーはこくりと頷く。
「それでは、失礼いたします。クリフヴァルツ学園長」
振り返り、部屋の扉へ向かって歩き出すロザリーの足取りは意外にも堂々としていた。
そんな彼女の背中をクリフヴァルツはただ静かに見守る。右手の中に小ぶりな水晶を握りしめながら。
──貴族寮 ロザリーの部屋
「……お嬢様。そのマグミスという女。今すぐ殺しに行って良いでしょうか?許可を下さい」
テスカが怒りを通り越し、一切の感情を殺したような顔で言った。
「お止しなさい、テスカ。仮に殺せたとしても、王国一の学園の教師を殺したら、生涯お尋ね者ですし、もしも捕まった時に何されるか分かりませんわ」
「構いません。ワタシの命一つでお嬢様のお気持ちが晴れるのであれば、惜しくなどありません」
「そう思うのであれば、その命を大事にしてくれる方がよっぽどワタクシのためですわよ。ジュールもそういうところありますけれども、命を簡単に捨てられる方が困りますわ」
「お嬢様……。はい、分かりましたです」
いつもの口調に戻ったテスカが承知したように頭を下げた。
よく見ると彼女の身体のあちこちには、新しく出来た傷や痣が見える。
最近、ジュールと二人で密談を交わしていたり、一人で姿を消すことが増えていたが、間違いなくそれに関連しているのだとロザリーは悟った。
マグミスとの一件の時もそれでテスカは別行動だったのだろう。でなければ、彼女もジュールと共に駆けつけて来ていた筈だ。
「はぁ……。まさか、退学だなんて。屋敷に戻って叔父上と叔母上の顔を見るのが、今から憂鬱ですわね」
ロザリーを忌み嫌うあの叔父夫婦が、高い学費を払ってまで学園に行かせたのは、世間体のこと一点である。
それなのに、退学を言い渡されたなどと知ったら、どんな態度でロザリーを迎え入れるかなど、想像するよりも容易い。
「……まあ、国外追放にならなかっただけマシかも知れませんわね。それに考えようによっては、処刑を回避出来たかも知れませんし、悪いことだけでは無い……と、思いたいですわ」
「天啓」が見せた二年後のロザリーの処刑。
切っ掛けとなったのは、平民に扮したカッセルことカール王子に危害を加えたことであった。
だが、カール王子は学園を去り、ロザリーもまた退学という形で離れようとしている。
ここまで前提が崩れたのならば、処刑そのものがもう起きないだろうと考えるのは自然であった。
「ですが、確定したわけではございません。今までも、結果に違いはあれど、その出来事自体は起きておりました。処刑の日も訪れるかも知れません。二年後のその日を無事に終えるまで油断は禁物です、お嬢様」
言葉を濁さず、ジュールが冷静に釘を刺す。
「そう……ですわね。ワタクシとしたことが。やっぱり、実際に退学と言われて、ショックが大きかったのですわね……」
ガーデンドール学園で過ごした一日一日は、叔父夫婦の屋敷での、息が詰まるような日々と比べたら、まさに天国と地獄であった。
それを失うことになって、改めてロザリーの中に喪失感が募ってくる。
「この先、どうなるか分かりませんけれども、それでも二人ともワタクシに付いてきて下さるかしら?」
「滅相もございません、お嬢様。どこへ行かれようと、私の身も心もお嬢様と共にございます」
「当たり前です!ワタシは一生、お嬢様の従者なんですから!何処にでもお供します!」
「有難う……ジュール。テスカ」
二人の迷いのない言葉に、ロザリーは胸の奥に広がっていた喪失感が、少しだけ和らぐのを感じた。
(ワタクシは一人ではありませんわ)
ロザリーは小さく息を吐き出すと、背筋をすっと伸ばす。
「さあ、そうと決まれば、いつまでも落ち込んではいられませんわね。帰りの支度を終わらせましょう!」
そう口にしたロザリーの表情には悲壮感の影すらなく、その凛とした瞳は、既に次の一歩へと向けられていた。
──ガーデンドール学園 副学園長の私室
「……マグミス先生。此度は災難でしたね」
「いえ、副学園長。私は大丈夫ですよ」
これ見よがしに巻かれた包帯を見せながら、マグミスは弱々しく微笑んだ。
「……今思えば、闇の力を持った人間など、この学園に迎え入れるべきではありませんでしたね。こうなることは必然だったと言えるでしょう」
「ミス・ロザリーはきっと魔が差したのでしょう」
知る者が見たら白々しい程、マグミスは痛ましげな顔を作ってみせる。
「彼女自身が悪いのではありません。闇の力がそうさせたのです。恨むべきは、恐れるべきは闇の力なのです」
「それ程の傷を負わされながらも、まだ教え子を庇おうとなさるとは……」
ゴルガナは痛心したように溜め息をつき、深く首を振った。
「マグミス先生。貴女には謝罪せねばなりませんね。私は最初、貴女を疑っていました。ケイオスベアーの件も、カール王子暗殺についても。しかし、貴女は濡れ衣を着せられていた。……愚かな女と笑ってください」
「いえ、お気になさらず。同じ立場ならば、私もそう考えたと思います」
(本当に愚かですよ、この陰険ババアは)
ゴルガナを慮った言葉とは裏腹に、マグミスは心の中でそう毒吐く。
(疑った人間が実は罪を着せられていた。そんな陳腐なシナリオを与えてやったら、あっさりと私が無実であると信じ込んで……。これだから、自分で自分を賢いと思ってる人間ってのは御し易い)
「では、私はこれで……」
うやうやしく一礼し、マグミスは部屋を出て行った。
その気配が完全に消えると、ゴルガナはフンと鼻を鳴らす。
「……学園長。見て、聞いているのでしょう?」
《ええ。貴女の持つこの『双星の水晶』は素晴らしいマジックアイテムですね》
ゴルガナが右耳につけている水晶のピアスからクリフヴァルツの声が発される。
《片方で見聞きしたものがそのままもう片方へ届く……相手に気付かれぬよう話と動向を探るにはこれ以上ない品だ》
「とはいえ、距離が離れ過ぎては見聞きしたものも届きませんし、限界はありますがね」
《ゴルガナ副学園長。改めてマグミス先生と相対して、どう思われました?》
「何処か芝居じみたものを感じました。肩を大きく抉られるような傷を負わされ、恐怖を味わわされたにしては、私がロザリー・ローゼス・ロッソを悪く言った時に、乗っかってくるわけでもなく、寧ろ庇うようなことを言ったのは流石に臭すぎますね」
《貴女らしいご見解ですね》
クリフヴァルツは苦笑交じりに言った。
《……ロザリー・ローゼス・ロッソは、先程何一つ言い訳をせずに『話せない』と言っていた。それはつまり、何らかの理由で『話すことが出来ない』ということ》
「『ミング先生を陥れて』。ロザリー・ローゼス・ロッソの言葉です。ただの言い逃れにしては、鬼気迫るものがありました」
《ええ。だからこそ、こうしてマグミス先生を内密に調べることにしたのでしょう?我々の手で》
「……よくよく考えれば、一連の事件は単純にマグミス先生が真犯人であった方が辻褄も合いますし、話もスムーズでした。彼女に疑いをかける工作があったので、つい深読みしてしまいましたね。尤も、ミング先生が犯人の可能性が無くなったわけではないのですが」
己の導き出した推理を冷静に見つめ直すゴルガナ。
「ミング先生が処刑されるまでにはどのくらい掛かりますかね?」
《背後関係の調査などもありますからね。ミング先生に刑が執行されるまで、まだ若干の猶予はある筈ですが……》
「……もし、ミング先生が処刑された後に彼の冤罪が分かったら、私はこの命を以て詫びる覚悟です。裏で糸を引かれていたとはいえ、彼を王国に引き渡したのはこの私なのですから」
《そうならないように私たちが動くのですよ、ゴルガナ副学園長》
学園長の落ち着いた声に、僅かな熱が宿る。
《あちらは私たちが『まんまと騙された』と思い込んでいる。隙が出来るとすれば、まさに今、相手が勝利を確信した、この瞬間です》
「高を括ったままでいてくれれば良いですがね」
ゴルガナは耳元のピアスにそっと手を触れた。
「無論、このまま向こうの思い通りにさせるつもりなどはありませんよ」
翌朝、授業に先立ち、特待クラスへロザリーの退学が告げられる。
カッセルに続く突然の発表であったが、その子細が語られることは無かった。
なお、マグミスはその日、怪我の治療の名目で特待クラスの教壇へは立たなかった。
罰則による退学のため、授業には出ず、別れの言葉すら無いまま部屋で荷物を纏めるロザリー。
屋敷に帰るのが遅くならぬよう、昼前には学園を発たねばならなかった。
学園が用意してくれた送迎の馬車へと向かう道で、駆け寄ってくる足音があった。
「ロザリー……!!」
声の主は、これまで彼女と行動を共にしてきた愛しき親友たちであった。
「ミシェル、ダイル、グレアーさん……」
思わず名を呼んだロザリーの前で、息を切らせた三人が立ち尽くす。
真っ先に口を開いたのはミシェルだった。
「ロザリー……!どうして……どうして退学なんてことになってるの!? 朝、いきなり発表されて……もう、意味わかんないよ!!」
涙をいっぱいに溜め、憤りと悲しみを隠そうともせず詰め寄ってくるミシェル。
「ロザリーさん……!理由も告げずに行くつもりなのですか?」
続いて、普段は冷静沈着なグレアーもまた、悲痛な色を瞳に宿してロザリーの手を強く握りしめた。その手はかすかに震えており、言葉以上に彼女の動揺を物語っていた。
「……おいおい、そんな一遍に言ってやるな。一番辛ぇのはロザリー嬢だろ?」
ダイルが二人を制するように間に入る。その表情には、やるせなさと隠しきれない寂しさが滲み出ていた。
「けどよ……本当に去っちまうのか?カッセルに続いて、ロザリー嬢までいなくなったらさ。寂しいなんてもんじゃねえよ」
三人の飾らぬ言葉と思い。
ロザリーはそれがただ嬉しく、そして別れなければならぬことへの悲しみを深める。
「皆……本当に有難うですわ。今は、それしか言葉がありませんが……いえ、もっと何か気の利いたこととか言いたいのですけれども、ワタクシこういう時に何て言えばいいのか……」
胸がいっぱいで、自分でも何を言っているのかよく分からなくなるロザリー。
「でも、でもこれだけは伝えたいですわ。ワタクシ、皆と……それに、ここにいないカッセルとも友達になれたこと……それは本当に大切で嬉しくて最高の宝物でしたわ!」
「ロザリー……」
「短い間だったけれども、本当に楽しかったですわ!」
「そんな風に言われたら、私……わたし……!!」
ミシェルは溢れ出る涙を拭おうともせず、声を詰まらせた。
「……宝物なんて言うなら、置いてくなよな。誰かに奪われでもしたらどうすんだよ!」
ダイルは涙を見せぬように視線を上に泳がせ、拳を強く握る。
「……私にとっても、ロザリーさんと過ごした日々は、かけがえのないものでした。……どうか、お元気で」
グレアーは言葉を一つ一つ確かめるように紡ぐと、深く頭を下げた。
ロザリーは三人の顔を愛おしむように見つめ、手に持った荷物をギュッとする。
「それでは皆様、ごきげんよう」
涙を堪えて微笑むと、ロザリーは振り返ることなく馬車へと足を踏み入れた。
「私も、ロザリーと友達になれて本当に良かった!だから……絶対に忘れないでね! また絶対、会いにいくから!!」
ミシェルが叫ぶように想いをぶつける。
「おう、学園を出たくらいで俺たちの縁は切れねえ!カッセルの奴も一緒に、またみんなで集まろうぜ!!」
ダイルは寂しさを振り払うように強気の笑みを浮かべ、大きく手を振ってみせた。
「ロザリーさん……あなたがどこへ行こうと、私たちはいつまでも貴女の友人です!!」
いつもは冷静なグレアーが、喉を張り裂かんばかりの声で叫んだ。
重々しい音を立てて車輪が動き始める。
馬車の窓から遠ざかる学園の校舎と小さくなっていく親友たち。
窓越しにいつまでもそれらを見つめるロザリーの頬を、すっと寒風が撫でていく。
季節はもうすぐ冬を迎えようとしていた。




