第23話 ロザリーとカール王子暗殺の首謀者②
マグミスからの呼び出し。
一見、穏やかに見えながらも有無を言わさぬ威圧感に、ロザリーは逆らうどころか、まともに返事をすることも出来ずに彼女の後ろを黙って付いていく形となった。
やがて辿り着いたのは、誰もいない空き教室。そこは奇しくもケスとの一連があった場所であった。
部屋に入るなり、マグミスは何か詠唱を行う。
「……人払いと防音の魔法をかけました。これで、余程のことが無い限りは誰もこの部屋に入って来れませんよ」
(つまり、助けを呼んでも無駄。と、言いたいわけですわね)
人狼ザギやケスよりも明らかに格上の存在。
ロザリーは恐怖に心が折れそうになりながらも、懸命に自分を奮い立たせ、マグミスと対峙する。
(落ち着きなさい、ロザリー・ローゼス・ロッソ。ワタクシをすぐに殺すつもりならば、もう既に行動へ移している。まだ、こうしてワタクシが生きているということは、きっと何らかの意図があるのですわ)
そこに付け入る隙があるかも知れないとロザリーは神経を研ぎ澄ます。
「ミス・ロザリー」
不意にマグミスが名前を呼んできた。
「まさか、貴女が闇の力を視る方法を身に付けていたなんてね。ちょっと齧ったくらいで闇の力の識者気取りのあの獣人では、その存在を知ったとしても決して他人へ教えることは出来ないだろうと高を括ってましたが……。ああ、もしかして、あのケスとかいう下っ端が教えたのでしょうかね?全く、余計なことをしてくれたものです」
「まさかはこっちの台詞ですわ。マグミス先生が魔族だったなんて……」
ロザリーは目だけを動かしながらマグミスの全身を見回すも、外見は人間のそれであった。
ケスは人間を装うために闇の力で変身をしていた。ということは、マグミスも同様に人間へと変身を行っているのだろうか。とロザリーは思った。
「……フフフ。私は外見を変えてなどいませんよ。ミス・ロザリー」
(!?視線の動きだけで気付かれましたわ!何故、見ているのか。その理由に……)
「人間にも醜い者と美しい者がいるように、魔族も千差万別。私は外見が人間に近い種族なのです。無駄に力を消費をしてまで人間に化ける必要がないのですよ」
「……勉強になりましたわ」
「その勉強。次に活かせるといいですね。フフフ」
マグミスは小馬鹿にしたように薄く笑う。
「勉強ついでに、私の闇の力をもう一度視てみなさい」
ロザリーは、取り敢えず言われた通りに額へ意識を集中させ、マグミスを視た。
「え?」
先程、僅かに湧き上がっていた黒い靄が、今は全く見えなくなっている。
「どうです?見えないでしょう?先刻は闇の力を使った直後でしたので、僅かに漏れ出ていたのを偶然見られてしまいましたが、本来の私はこの通りです。その意味、分かりますね?」
「ええ。闇の力を留めておけるだけの力を持っている……そういうことですわね?」
加えて、マグミスは教師だけあってロザリーを遥かに上回る魔力と知識を持っている。当然、使える魔法も比較にならないレベルだろう。
「素晴らしい!流石ですよ、ミス・ロザリー!」
マグミスはパチパチと乾いた音で拍手をした。
「それだけ聡明ならば、お分かりですね?私と貴女の力関係。逆立ちしても到底私には敵わないということに」
「……ッ!!」
ロザリーは何も言い返せなかった。
悔しさすら感じない程に、今の自分と目の前のマグミスとの差を感じていたからである。
生殺与奪を握っているのは間違いなくマグミスであった。
「フフフ。現実を正しく認識出来る生徒は好きですよ」
「……一つ、質問をよろしいかしら」
「あら、何でしょう?」
「何故、ワタクシをすぐに殺そうとしないんですの?こうして、屈辱を与えるため?生憎ですけれども、絶望的に差があり過ぎて、何を言われても屈辱どころか納得感しかないですわ」
「あらあら。減らず口だけは御立派ですね、ミス・ロザリー」
余裕を崩さぬ態度のマグミス。
事実として余裕なのだが、そこを突けるのではないかとロザリーは一歩踏み入れる。
「では、単刀直入に伺います。貴女の目的は何ですの?」
「……舐められたものですね。そう聞かれて、ぺらぺらと私が喋るとでも思っているのですか?」
一転、マグミスからロザリーを侮るような感じは消えた。
(ワタクシが何も聞かずとも色々話してきたケスとはやはり違いますわね)
一筋縄ではいかない。と、改めてロザリーは思った。
「……でもまあ、今こうして貴女と二人きりで話している理由くらいは教えてあげてもいいでしょう。ミス・ロザリー。魔王様の下につく気はありますか?」
「え?」
「教師という立場から見ても、貴女は大変な努力家です。今は未熟でも、何れは大輪の花を咲かせるでしょう」
「……………………」
「闇の力を持つ人間は、魔族に災いをもたらす。古くからの言い伝えですが、魔王様はそれを遠ざけたり排除したりするのではなく、寧ろ手中に収め、逆に利用出来るのでは?と考えています。貴女が私と共に来るのであれば、この場は穏便に済ませると約束しましょう」
「……もし、断ればどうなりますの?」
「その時は、この世から闇の力を持つ人間が消えてしまったことを魔王様にご報告せねばならなくなりますね」
マグミスは残念そうに言った。
「ああ。それと聡明な貴女のことですから、偽りの返答でその場を凌ぎ、あまつさえ私をあの下っ端と同じように騙し討ちが出来る……なんて、まさか考えていたりはしませんよね?」
「そ、そんなこと!」
ロザリーにその考えが全く無かったと言えば嘘になるが、それが通じる相手でないことも対峙したこの短い時間で嫌という程に理解させられていた。
「もしも、そんなことをしたならば、貴女のお友達の命も無いと思って下さいね?幸運にも貴女はそれを見ることは無いでしょうが……」
(こんなの実質一択!最初から答えを押し付けてるのと一緒ですわ!)
脅迫じみたマグミスの言葉にロザリーは内心憤慨する。
一方で、逃げ道を完璧に塞がれた冷酷な事実に、ロザリーは奥歯を噛み締めた。
(……それに、ワタクシが素直に従ったところで、約束が本当に守られる保証もありませんわね)
従っても、従わなくても、待っているのは最悪の結末。
深く、静かに息を吸い込む。
(これはもう……戦うしかありませんわ!)
ロザリーは決心した。
だが、彼女の手持ちは相手に強い恐怖を与え混乱、恐慌状態にする「フィアー」と、闇の力をその手に集中させて矢のように放つ「ダークアロー」、そして初級の魔法だけ。
学生程度の魔法が魔族で教師であるマグミスに通じるわけもなく、実質的に戦力となるのは闇の力二つのみであった。
そして、「フィアー」に関しては同じ闇の力を持つ魔族に通じるのかすらも分からない。
(……泣きたくなる程に絶望的ですわね)
正しい現状把握。それが、ロザリーの闘志を薄らげる。
「フフフ。貴女の生死を左右する選択です。じっくりと考えて下さいね?」
だが、不幸中の幸いか、そのことが功を奏してマグミスにロザリーの戦意を勘付かせなかった。
つまりは、初めての油断である。
(今のワタクシが使える手札で効果が期待出来るのは『ダークアロー』のみ。でも、発動までに時間を掛けたら気付かれるでしょうし、集中が足りなければ倒すどころかダメージ与えることが出来るかどうか……。当てられるかさえも怪しいところですわ)
仮に万に一つ全てが上手く行ってマグミスを倒せたとしても、問題が山積みである。
(……そもそもマグミス先生が魔族であることを証明出来なければ、ミング先生の疑いを晴らすことも出来ませんわ)
現状、マグミスが魔族であることを見抜けるのはロザリーだけだろう。
だが、どうしてもロザリーにはそれを証明する手段が見つからない。
全ての状況がマグミスを有利にしている。
戦う前から勝負がついているとは正にこのことであった。
「…………完敗、ですわ」
それはロザリーの心からの言葉であった。
だからこそ、マグミスは満足そうに笑みを浮かべる。
「やはり、貴女は聡明ですね。念のために聞きますけど、その言葉は私と共に魔王様の下へ行く。そう捉えてよろしかったかしら?」
「皆には、絶対に手を出さないと約束して下さい」
「ええ、いいでしょう。こう見えても、私は生徒たちが大好きなんです。それを自らの手で殺さなきゃならないなんて、あまり気が進みませんもの」
わざとらしく安堵した表情を見せるマグミス。
(……そんなこと言いながら、一秒後には平気な顔で特待クラスの皆を殺せる。そんな風にしか見えませんわよ、マグミス先生!)
ロザリーは、心の中でそう毒づく。
当然、ロザリーはマグミスの軍門に降ったわけではない。
あくまで現時点で勝つ手段が無いことを認めただけで、それを降伏、服従とマグミスが勝手に判断したのだ。
現状を打開するには、その幸運を利用する。いや、しなければならない。
(せめて、何かしらの情報だけでも……)
ロザリーは、危険な賭けに出ることにした。
「……マグミス先生。親愛の証としてワタクシの手持ちの闇の力をお教えしますわ」
「……聞きましょう」
「ワタクシが今使えるのは、相手に恐怖を与える『フィアー』。それと、力を一点に集めて放つ『ダークアロー』。その二つだけですわ」
そう言ってロザリーは発動直前までの「ダークアロー」を見せた。
「『フィアー』の方も見せた方がよろしいかしら?」
「いえ、それには及びません。ケイオスベアーの一件。状況から鑑みても、その時に使ったのが、恐らくその『フィアー』なんでしょう?尋常ではない程に怯えてましたから、あの子は」
(!この言い草……もしかして、あのケイオスベアーを仕向けたのもマグミス先生!?)
ロザリーは、その言葉で実習中にケイオスベアーと遭遇した事件もマグミスの仕業であると確信した。
「しかし、驚きましたわね。本当に一人で複数の闇の力を持つなんて」
「え?そうなんですの?」
「応用次第で用途は増やせますが、基本的に闇の力は一魔族につき一つだけです。なるほど、闇の力を持つ人間は特別なのですね。これは、やはり排除よりも連れて帰って研究した方がいい。私の判断はやはり間違ってはいなかった……」
後半は、まるで目の前にロザリーがいないかのように、ぶつぶつと独り言を呟くマグミス。
先程までの彼女と比べれば、随分と口が軽くなったように感じる。ロザリーの心の底からの敗北宣言を疑っていないからだろう。
「……信じて頂けましたかしら?」
「なるほど。確かに受け取りましたわ。貴女の信頼。で、あるならば、私もその誠意には応えるべきですね」
そう言うと、マグミスから発された黒い靄の塊が徐々に人の形を取っていく。
すると、そこにはミングそっくりの……いや、ミングそのものが現れた。
「こ、これは!?」
「これが、私の闇の力。こうして他者の分身を作り、自在に操ることが出来ます。私はこの力を『サーヴァント』と呼んでいます」
作り出されたミングは、マグミスの指の動きに合わせてお辞儀をする。
「尤も、私よりも能力が下の者しか作れませんし、分身は魔法を使うことが出来ません。会話も不可能なので、完全に成りすますことが出来ないのは難点ですね」
(魔法が使えない……。だから、あの時に矢を使ったんですのね)
分身自体に魔法を行使する能力がないからこそ、物理的な手段に頼るしかなかったのだ。
「……フフフ。何故、私がこうして貴女に力を明かしたか分かりますか?」
「ワタクシを信頼してくれたから?」
「ええ、その通りです。その信頼、裏切らないでくださいね?」
マグミスは悍ましいくらいの笑顔で言った。
(つまり、ワタクシを殺す理由が出来たということですわね……)
ロザリーを生かされているのは、魔王が生きたまま連れて来ることを望んでいるからである。
だが、マグミスの言い方からすると、それは必ずというわけでは無く、可能であれば……といったニュアンスであった。
だからこそ、マグミスは自身の能力を開示することで、情報漏洩を防ぐためにと、ロザリーを始末するに足る大義名分を得たのだ。
恐らく魔王に対してではなく、マグミス自身に対しての。
「さて、行きましょうか?」
マグミスはそう言うと室内に置いてある姿見の前へと進んだ。
「移動鍵です。二つの地点を繋ぎ、移動することの出来るマジックアイテム。授業で習いましたね?」
「それで魔王のところへ行くのですわね?」
「不正解です、ミス・ロザリー。貴女らしくない初歩的なミスですね。直接、魔王様の居場所まで繋ぐ筈が無いでしょう。あくまで、学園の敷地内から脱出するためのアイテムですよ」
(不味いですわ……)
ここで、マグミスに付いて行き、学園の外に出てしまったら、それこそ詰みとしか言いようがない程に追い込まれることとなる。
だが、同行を拒否することはすなわち死を意味する。それも、ロザリーだけでなく、愛する者たちも含めての。
(もう、打つ手は無いの……!?)
《……汝、新しき力を求めるか?》
(!?)
頭の中に響く声。
その低く恐ろしさすら感じる声が今のロザリーにとっては福音のように感じられる。
思えば、この声が聞こえてくるのは、こういった極限の状況下であった。
(求めますわ!!)
《唱えよ。『バニシング』と》
「バニシング……!!」
このまま黙って従ったところで、最悪の結末しか待っていない。ならばと、ロザリーはたった今授かったばかりの、効果すら分からぬ新しき闇の力に全ての望みを託した。
次の瞬間、空間そのものが悲鳴を上げるように、周囲からパリンと硝子が砕け散るような高音が鳴り響く。
「なっ……!?」
異変の正体を真っ先に察知したのは、他ならぬマグミスであった。
「人払いと防音の魔法が!? まさか、今の力は……!」
(!!今ですわ!!)
「誰か!!!助けて!!!」
ロザリーは大声を上げた。
生徒も教師もあまり来ることのない空き部屋ではあるが、騒ぎを立て続ければそれを聞き付けた誰かが来る可能性は低くはない。
マグミスとしてもここまで正体を隠してきた手前、第三者の前で馬脚を現すような真似は出来ないだろう。
例え一時的であっても彼女の目論見は瓦解する。
完全敗北しか道のなかったロザリーにとっては大逆転に等しき結果と言えた。
「偽りましたね……?そんなことだろうとは思っていましたが!」
「あら、ワタクシは嘘など吐いていませんわ。一度たりとも貴女に服従するなどと言った覚えはありませんもの」
ロザリーは毅然と言い放ち、ふっと口元を綻ばせる。
踊らされていたのだと気付いた瞬間、マグミスの顔が怒りで歪んだ。
「貴様!今、ここで殺してやる!!」
鬼の形相となったマグミスが、狂暴な魔力を乗せてロザリーへ襲い掛かる。
だが、その凶刃が届くよりも早く、何者かが爆風のごとき速度で室内に滑り込み、その身を挺してロザリーを庇った。
「何ぃ!?何者だ!?」
「ジュール!!」
驚愕するマグミスと、目を見開くロザリーの視線の先。
そこに立っていたのは、いつもと変わらぬ背筋を伸ばした、愛しの老執事であった。
「私の目の届くところでお嬢様に手を出す者は、決して許しません!」




