第23話 ロザリーとカール王子暗殺の首謀者①
──数ヶ月前
「ミング先生はどうして学園へ来られたんですの?」
「ヒヒヒ。愚問だねえ。闇の力の研究……それ以外にあると思うのかい?」
ロザリーの質問に、ミングはそんな当たり前のことを聞くなとばかりに答えた。
「……質問の仕方が間違っていましたわ。どういう経緯で学園へ来ることになったんですの?失礼なことを申し上げるようですけれども、先生が普通に教師の試験を受けて……って姿が想像出来なくて」
「ヒヒヒ。そういうことか。この学園の教師は通常の教員試験以外にも学園長自らスカウトで雇用することがあるのさ」
「スカウト……確かにその方がミング先生らしいですわね」
「勿論、教員試験を受けたとしても、ボクなら簡単に合格出来ると思うよ?ただ、スカウトされなかったらボク自らここへ来ようとは思わなかっただろうねえ。闇の力の研究自体はボクたちの里でもある程度は出来ていたから」
「ミング先生の里……。つまり、獣人の里ですわね」
「獣人ってのはねえ、意外と研究家気質の者も多いのさ。獣のイメージから、あまりそうは思われないけどねえ」
ロザリーは、初めてミングの元を訪れた時のことを思い出した。
闇の力の使い方を体で教えるため、突如襲い掛かって来たミングはまさに誰もがイメージする獣人の姿そのものであったように思う。
「獣人は手先が器用な者も多い。だから、マジックアイテムを作ったりするのもお手のものなのさ。何なら獣人特有のマジックアイテムだってある」
「そうなんですの」
「例えばだね……」
──現在
「ボクが、彼を?何の冗談だい?」
副学園長のゴルガナから名指しで犯人扱いされたミングは、マグミスのように狼狽することなく、呆れたかのように言った。
(ミング先生が……殿下を狙った犯人!?)
目の前で発されたゴルガナのその言葉に、寧ろロザリーの方が動揺を見せる。
確かに、ミングが本気を出せば獣人の身体能力を使ってキャスリーンの追跡を振り切ることは可能であろう。あの小さい見た目からは想像出来ない力を、身を以て体験したロザリーだからこそ、それは分かる。
(でも、先生は真っ先に否定した。それに、先生が殿下を狙う動機もありませんわ!)
少なくとも、ロザリーの知るミングは研究以外に興味を持つような人では無かった。
無論、人には他人に見せない側面というのはあり、ロザリーもミングの全てを知っているわけではない。
だが、それでもミングがカールを殺そうとするようには思えなかったのだ。
「副学園長。ミング先生は先程までの会議に出席していた筈ですが。名簿にも名前はありますよ」
クリフヴァルツがそう口を挟むも、ゴルガナは即座に首を振った。
「学園長、お忘れですか?ミング先生は遅刻したじゃないですか。毎度の如く、非常識にも程があるくらい大幅に。参加などしていないに等しい」
「ヒヒヒ。参ったね。普段からの遅刻癖が自分の首を絞めることになるとは」
ミングはわざとらしく肩をすくめて自嘲気味に笑う。
「アリバイが無いことは認めるよ。でも、ボクが首謀者だという根拠でもあるのかい、ゴルガナ副学園長?」
「それはこのインクですよ、ミング先生」
ゴルガナはクリフヴァルツの持っていた羊皮紙を取ると、その匂いを嗅いだ。
「私には遠くからでも分かる僅かに漏れ出た魔力。そして、この香りは間違いありません。このインクは特殊で、魔力を用いることで文字の書き換えが容易に行えるマジックアイテムです。本来の用途としては誤った時の修正なのでしょうが、使い方によってはこうして他人の筆跡を真似て偽造を行うことも可能です」
(それって……)
ロザリーは以前にミングからそういうマジックアイテムがあることを聞いていた。
「そんなものがあったのですか。そう言えば、貴女はマジックアイテムの収集が趣味でしたな、副学園長」
「……学園長が知らないのも無理はありません。このインクは、十年前に一度、試供品という形で学園内の売店に置かれたものですから。先の通り、悪用すれば洒落にならないことになりますから、その旨を伝えて製造を禁止し、その時のものは概ね処分しております。故に、今では通常の方法で入手することは出来ませんし、保存も難しいため、仮に十年前のものを持っていたとしても使えなくなっているでしょう。このようにね」
ゴルガナは何処からか小さな瓶を取り出すと、その蓋を開けてみせた。
中には黒い塊が、完全に固まった状態になっている。
「こうなってしまうと、もうインクとしては使えません。水などを入れても一切溶けないのです」
そう言うとゴルガナは空いている方の手を軽くかざし、小さな水の球を生み出すと、そのまま瓶の中へと滑り込ませてよく振った。
その後、瓶を傾けると水は綺麗な透明のまま地面へ滴り落ちていく。
「私が持っているものが使用出来ないことは伝わりましたね?このインクは魔力の揮発と共に『不溶性の魔力結晶』へと変質する。この状態ではいかなる魔法薬を用いたとしても再液化は不可能です」
「話の腰を折るようで済まないのですが、副学園長は何故それをお持ちで?」
クリフヴァルツは表情を崩さぬまま、淡々と問いかけた。
「サンプルとして一つだけ私が保管していたのです。ですが、十日程でこの状態になりました。残念なことに……いえ、何でもありません」
ゴルガナはわざとらしく咳払いを挟んでから言葉を続ける。
「……お分かりですね?このインクを今使うとしたら、一から作るしかないのです。そして、十年前にこのインクを作ったのはミング先生、貴方ですよね?」
「……ああ、そうだね。それはボクのオリジナルのマジックアイテムだ。実験作で、十日で使えなくなったのも誤算ではあったけどね」
「他に作れる者はいますか?」
「まあ、いないだろうねえ。レシピもボクの頭の中にしかないから」
ミングは怯むことなく、素直にそれを認めた。
「そして、ミング先生を犯人と目すもう一つの理由があります。このインクを作るのに必要な素材。それが、獣人の血液だからです。貴方が私に仰ったことですが、これも間違い無いですね?」
「間違いないね」
「では、ミング先生。もし潔白と仰るならば、血液の提供をお願い出来ますか?今、ここで」
「断る理由は無いねえ」
そう言うと、ミングは親指をその鋭利な牙で噛み、真紅の血を流す。
ゴルガナは用意していた布を一枚取り出すと、その血を静かに拭った。
「……では、学園長。この血液と羊皮紙のインクに同一の成分のものが入っているか、鑑定魔法をお願い出来ますか?私がやってもいいのですが、一人の人間だけで事を進めると、余計な疑惑を挟む可能性もありますからね」
「ふうむ。どれ」
クリフヴァルツはゴルガナに言われた通りに鑑定魔法を使う。
「……なるほど、分かりました」
「結果は如何ですか、学園長?」
「このインクに含まれた成分とミング先生の血液が一致しました。このインクはミング先生の血液から作られている。それは間違い無いようです」
「申し開きはありますか、ミング先生?」
「……やれやれ、身に覚えが無い。と言ったところで君たちは信じないだろう。逆の立場なら、ボクもそう思うだろうからねえ。ヒヒヒ」
「ま、待って下さい!」
ロザリーは思わずそう声を上げていた。
「今の話ですと、その羊皮紙に使われたインクにミング先生の血液が使われていた。それだけですわ!ミング先生がそれを書いた証拠にはならないんじゃないかしら?」
「貴女は……。生徒が意見を挟む場ではありませんよ?」
「い、いいから答えて下さい!」
「……確かに、貴女の言うことは間違ってはいません」
「ほ、ほら!」
「ですが、考えてみなさい。このインクは実際に使われており、それにはミング先生の血液が使われています。そして、このインクの作り方を知っているのはミング先生のみ。犯人と疑うに十分かと思いますがね」
「うっ……」
「それとも、貴女はこう言いたいのですか?やはり、マグミス先生が犯人だと?それとも、このインクの成分について知っている私が真の犯人なのではないのかと?」
「い、いえ……」
ゴルガナの説明を覆すだけの理屈も証拠も無く、ロザリーはそれ以上、何も言えなかった。
「一つ、いいか?」
そう声を上げたのはセイヴァンであった。
「……何でしょう、セイヴァン先生?」
「マグミス先生を疑うわけじゃねえんだが、ミング先生と共謀していた可能性は無いのかよ?」
「その可能性が皆無とは言いませんが、ほぼ無いでしょうね。マグミス先生が名前を貸すことで、疑いを自分へ向ける意味が全くありませんから。ミング先生がマグミス先生を嵌めようとしたと考える方が自然かと。何故、そんなことを聞くのですか?」
「フン、あんたがあまりにミング先生だけを犯人にしたがってるように見えてな。差別主義者の視野狭窄なのかと思って、そのご推理の一助を申し出ただけですよ、副学園長」
「あの時の意趣返しのつもりですか。何も、ミング先生に恨みや憎しみがあるわけではありません。状況と物証が彼が犯人であると言っている。それを説明したに過ぎません」
「そうかい。良かったよ。あんた程の人が、『獣人は魔族の末裔』だの『獣人は魔王の信奉者』だのの巫山戯た与太話を信じる阿呆共の仲間じゃなくてな」
「くどいですよ、セイヴァン先生」
(先生が魔族……そんなことって)
偏見から生まれたそんな馬鹿馬鹿しい噂話など信じるに値しないが、それでも万が一はあるかも知れない。
ロザリーには、それを確かめる手段があった。
(そ、そうですわ。例の闇の力を視る奴で!)
ロザリーは額に闇の力を集める。
あれから幾度も反復、練習したことで以前よりも効率良く使えるようになっていた。
視線をミングへと向けると、彼からは闇の力は視えない。
(……やはり、ミング先生に闇の力は無いですわね)
尤も、ケスの話によれば上級の魔族は闇の力を隠すことも出来るらしいので、絶対とは言えないのだが。
その時、ふと視界にマグミスの姿が入る。
(え……?マグミス先生の周り……あれって?)
マグミスの体に僅かに迸る黒い靄。
それは、間違いなく「闇の力」であった。
と、マグミスが突然ロザリーへと顔を向ける。
「!?」
ロザリーは戦慄した。
普段の朗らかさが嘘のように、マグミスの瞳は冷たく、暗い殺意を宿していたからである。
視 た な ?
マグミスの声で脳内にその言葉が響いたような気がした。
(あ……ああ……。ま、まさか……)
マグミスが魔族。
そうなると、必然と浮かび上がる仮説。
ミング先生は陥れられたのだ。殿下を襲った真犯人に。
そして、その真犯人とは……。
そこまで思考が至った瞬間、ロザリーの全身を酷い悪寒が襲った。
蛇に睨まれた蛙とはこのことか、人狼ザギと対峙した時でもここまでの恐怖は感じなかった。
(こ、怖い……。この場から逃げ出したいですわ……!)
マグミスはもうロザリーを見てはいない。
だが、まるで今も全方位から監視されているようにロザリーは感じていた。
(で、でも、このままだとミング先生が……!)
カール王子暗殺の首謀者となると、間違いなく極刑だろう。それを食い止めるチャンスは、今この場しか無い。
(けれども、根拠がありませんわ……)
マグミスから漏れ出た闇の力。それを視認出来るのはロザリーしかいない。だが、その「視たもの」を証明する術は無いのだ。
「あのー。私からも、一つよろしいですかー?」
その時、声を上げたのはキャスリーンだった。
何処か、納得していないような、そんな表情をしている。
「……何でしょうか?」
ロザリーの時とは違い、ゴルガナはすぐに聞く耳を持つ。
副学園長だけあって、カールやキャスリーン周りの事情は知っているのだろう。
「犯人を追い掛けた立場から疑問に思ったことがあるのですけどー。そのミング先生の身なり。今まで隠れていた上にあれだけ走り回ったにしては綺麗じゃないですかねー?何なら、服の感じも滅多に外出しない人のそれだと思うのですがー?」
「質問に質問で返すようで申し訳ないのですが、貴女がマグミス先生を呼び出してから、ここへ教師たちが集まるまで、どのくらいの時間がありましたでしょうか?」
「十五分程ですかねー?」
「で、あるならば、身なりを整える時間はありますね」
「……私の疑問にお答え頂き、有難うございますー」
そう答えつつも彼女の表情はやはり納得のいっていない様子であった。
ミングが暗殺の首謀者であり、実行人。
そんな空気が場を支配し始めても、ロザリーにはどうすることも出来なかった。
「……残念ですが、これ以上ミング先生の容疑は晴らせぬようですね。後は然るべき者に任せましょう」
クリフヴァルツの厳かな指示により、この場は強制的に幕引きとなる。
容疑者となったミングは身柄を拘束され、王国から来た兵たちに連行されていった。それに伴い、教師たちもそれぞれの任務を果たすべく、足早にその場を後にする。
命を狙われたカールはキャスリーンに伴われて避難し、事件現場では徹底的な捜査と証拠保全が開始された。
その場にポツンと取り残され、ロザリーは悔しさに唇を噛み締める。
自分の無力さに拳を握りしめていた、その時だった。
「ミス・ロザリー」
背後から、低く、酷く冷徹な声が聞こえた。
振り返ると、そこに立っていたのはマグミスであった。
「……少し、お話をしましょうか。二人きりで」
その顔はいつものように朗らかであったが、その目は夜の海を思わせる程に暗く、逃げ道を塞ぐようにロザリーを見下ろしていた。




