第20話 ロザリーと留学生のケス
ロザリーは戦慄した。
ケスの言葉に人狼ザギのことを思い出したからである。
それ程に、その言い方や表情はとてもよく似ていた。
「ま、魔族?わ、ワタクシが?」
動揺を隠し切れず、目に見えて慌てるロザリー。
それを見て、ケスはクックックと声を上げて笑う。
「へへへ、隠したって分かるよお。おいらもさ。『闇の力』持ってるもん」
そう言って、ケスは手のひらを見せると、そこに黒い靄が集まってきた。それは紛れもなくロザリーのと同じ、闇の力であった。
この世界で、ロザリー以外に闇の力を持つ人間はいない。
つまりは──。
(……魔族!?)
交流授業のためにやって来た者の中に魔族が紛れ込んでいた。このことは、一大事という言葉だけでは済まない程の事件である。
(そもそも、何故ワタクシが闇の力を持っていると分かったのかしら……?)
ソトス学園の生徒たちにはロザリーが闇の力を持つことは開示されておらず、また、そのことを漏らさぬようにと特待クラスは事前にマグミスの口から言われていた。
ロザリーも彼らの前で闇の力を使用したことはないため、知りようがない筈なのだ。
(ワタクシの知らない間に誰かが口を滑らせた?……いえ、だとしても、トールさんたちの態度を見るに、その可能性は低いですわね)
特待クラスの生徒たちでさえ、忌避される闇の力をロザリーが持っていることを知らされた時には驚きを隠せないでいたのに加え、好悪に関わらずその後のロザリーへの態度を変化させていた。
いくらトールたちが底抜けの善人だったとしても、そのことを知って微細な変化すら見せないというのは、不可能に近いだろう。
少なくとも、トールたちが知り得るような形でその情報が漏れたということは考え難い。
(そう言えば、前にケスさんが何か言いかけたことがありましたけれども……)
〘あんた、もしかして……〙
(もしかして、あの時にはもうワタクシが闇の力を持つことを知っていた、或いは見抜いていたということかしら?)
ロザリーは一度軽く深呼吸をした。かつてジュールから、どんな時にも冷静でいること、冷静であろうと努めること。それが危機を脱する助けになると教わっていたからであった。
(……落ち着くのですわ、ロザリー・ローゼス・ロッソ。口調や態度を見るに、奴はワタクシを同族と思って話し掛けている。敵意も感じませんわ。ならば、それに乗っかってこの場をやり過ごしつつ、可能であれば奴から少しでも情報を引き出すのが得策ですわ!)
そう心を決め、ロザリーはケスへと向き直る。
「な、何故ワタクシが闇の力を持っていると分かったんですの?」
「ん?」
ロザリーが尋ねると、ケスは不思議そうに首を傾げた。
「逆に聞くけど、あんたにはおいらの闇の力が分かんないのか?」
(うっ、いきなり墓穴を掘ってしまったかもですわ!)
もし仮に魔族が共通で闇の力を感じ取ることが出来るのであれば、今のロザリーの質問は失言である。
「……ま、魔族が全員闇の力を使えるわけじゃないしなあ。そういうのもいるっちゃいるかあ」
だが、どうやらそうでは無かったようで、ケスは勝手に納得してくれたようであった。
「そ、そうですの。ワタクシ、闇の力は持っているのですけれども、使い方が全く分からないのですわ」
これに関しては全くの嘘ではない。
ミングから闇の力についての知識などは今も学んでいるが、その使い方となると初日に感覚を体で覚えさせられて以降は、大きな進展は無かった。
ザギとの戦いの時は無我夢中だったので、その再現を、となると困難を極めているのが現状である。
(テスカが言ってましたわ。『相手を欺く時は、百の嘘を吐くよりもなるべく多く真実を混ぜた方が良い』って)
「そうかあ。力、持ってて使えないって、そりゃもどかしいもんなあ」
彼女の言う通り、ケスはロザリーの言葉を疑いはせず、寧ろ同情までしてくれている。
「も、もしよろしければ、闇の力を視る方法とか、軽くでもいいから教えて頂けますと助かるのだけれども……。だ、ダメかしら?」
ロザリーがそう言うとケスは腕を組んでしばし天井を仰いだが、やがて視線をロザリーへ戻し、ニヤニヤと笑ってみせた。
「……ま、知っておいて損はないからな。いいぜ、教えてやるよ。いいかあ?ここに闇の力を集めるんだよ」
そう言ってケスは額の辺りを指でトントンと叩いた。
「『視る』ってことで勘違いしがちなんだけど、目に闇の力を集めようとするとダメなんだ。ここに集めると、そいつが闇の力を持ってたら、それが視えるようになるんだよ。何でだかな」
「え?ちょ、ちょっと待って欲しいですわ。闇の力を集める……?」
「んんー?あんた、本当に何も知らねえんだなあ?」
ケスは怪訝な顔をしつつも、フンと鼻を鳴らして先を続ける。
「目ぇ瞑って、真っ暗闇を意識しなよ。全身がざわざわーっとするだろお?それが闇の力だよ」
「目を瞑って……暗闇を意識する……」
ロザリーは言われた通りにやってみた。
すると、確かに全身を小さな何かが這ってくるような感触を覚える。
「……ええ。確かに感じましたわ」
「んじゃ、そいつをここに集めんだ」
「闇の力を……集中させる……」
ロザリーは全身を覆う闇の感触を額へと集中させる。
すると、ケスから立ち昇る黒い蒸気のようなものが見え始めた。
「!?み、視えましたわ!!」
「おお!筋がいいな、あんた」
まるで自分のことのように喜ぶケス。
一方で、ロザリーは急激に襲ってきた疲労感に思わず膝をつきそうになる。
「ハァ、ハァ。た、立っているのがやっとですわ」
「あははは。おいらも最初はそうだったな。ま、慣れれば欠伸するくらい自然に当たり前に出来るようになるぜ?何せ、おいらですら出来るようになったんだからな」
そう言うと、ケスは懐かしむように頭を掻いた。
「……へへへ。こうして偉そうに教えちゃあいるが、おいらも最初から知ってたわけじゃなくてね。教えてくれた人がいたんだよ。おっと、おいらも人間の中に潜り込んだ時間が長過ぎて、ついつい『人』とか言っちまう。朱に交われば〜って奴かあ?ま、何度も何度も繰り返すこったな。」
「ハァ、ハァ。ど、努力しますわ」
「……ああ、そうだ。一応言っておくけどもよ、あんたがそうやっておいらの闇の力が見えるのは、おいらが雑魚魔族だからなんだぜ?」
「え?そうなんですの?」
「そうさあ。上の連中なんか、大概は闇の力を無駄に垂れ流しなんかしねえんだ。こうして常に溢れ出る闇の力を留めるやり方があるんだが、残念ながらおいらはそれをマスターしていない。知ってはいるんだけどね」
「どうやりますの?」
「理屈はさっきと同じさあ。闇の力を体全体に集める。みたいな感じかなあ?これが、思ってるよりも難しいんだあ」
ロザリーは早速試してみた。
しかし、一点へ集中させるのと違い、体全体へ集中させるのはケスの言う通り難しかった。
闇の力が均等に行き渡らず、各所に歪な形で集まってしまう。
「あっはっは。そうなると逆に目立つぜえ?」
「うう……」
「まあ、それも繰り返してりゃあ、その内出来るようになるんじゃあねえの?おいらは早々に諦めたけどな」
「ところで、失礼なことを聞くようですけれども、貴方はこれだけ色々知ってて雑魚なんですの?」
「ああ。そうだ。悔しいけど、流石においらもそのくらいは弁えてるよ。事実だから、失礼でもなんでもねえな」
不躾とも言える質問を意に介さずケスは答えた。
「尤も、魔族としては雑魚でも、そこらの人間相手なら負ける気はしないがねえ。あのトールとかいう人間のガキもおいらにとっちゃ敵じゃあない」
ケスはニヤニヤと薄汚い笑みを浮かべ、さらに言葉を続ける。
「……ま、その話は置いておいて、おいらみたいにこうして闇の力を垂れ流してるのは、それを留められないか、そのやり方を知らない雑魚ってことさあ」
ロザリーはふと人狼ザギのことを思い出す。
テスカの捨て身と機転、そして土壇場で目覚めた新しい闇の力で倒すことは出来たものの、あのまま全滅してもおかしくはなかった。
目の前のケスが雑魚であるならば、そのザギはどの程度の強さだったのだろうか。
「と、ところで、貴方は『ザギ』という方をご存知かしら?人狼の魔族なんですけれども」
「ザギぃ?人狼のお?」
ケスは少し考えるも首を振る。
「……悪ぃな。知らねえ。恐らく、おいらと違う派閥かはぐれじゃねえかな?人狼ってのは、群れる癖にそういうのには入りたがらねえしなあ。もしかして、そのザギってあんたの知り合いか何かか?」
「ま、まあ、そのようなものですわね」
「じゃあ、悪かったな。魔族って言っても別に皆が皆仲良しこよしでもないんだよ」
本当に知らないのか、ケスは申し訳なさそうに答えた。
嘘を吐いたり、隠しているという風には見えない。
今のところ、ケスはロザリーのことを魔族と信じ込み、疑う素振りは無いように見える。
ロザリーは、もう少し踏み込んでみることにした。
「……も、もう一つよろしいかしら?」
「ん?なんだい?」
「あ、貴方はどうして生徒のフリなんてなさっているんですの?」
ケスはぴたりと動きを止め、怪訝そうに目を細めた。
流石に踏み込みすぎたか、とロザリーの背に汗が流れる。
「……こんだけ何も知らねえとなると、あんたはアレか?はぐれの魔族か?」
「え?え、ええ、そうですの」
「へへへ、それなら仕方ねえか。おいらはなあ、『魔王』様の命令でここにいるんだよ」
「魔王!?」
ロザリーは思わず声を裏返らせていた。
(確か、ザギも死ぬ間際に『魔王』と言っていましたわ……)
近年の魔獣の増加や魔族の目撃情報を受け、王国が魔王討伐を掲げていることはロザリーも知っていた。だから、世界の何処かにそんな恐ろしい存在がいるという理屈は分かっている。
だが、未だ直接の脅威を経験していないロザリーにとって、「魔王」の存在は何処か現実味が薄かった。闇の力に目覚め、現に魔族と戦った今でさえ、その感覚は大きく変わってはいない。
「なんだなんだ?魔王様のことも知らないってか?いくらなんでもそれは知らなさ過ぎだぞお?」
「あ、いえ。魔王……様は知っていますわ。ただ、本当にいるとは思っていなくて……」
「まあ、おいらも直接会ったことはないんだけどよ。命令だって魔王様から直接じゃなく、お偉方のそのまた部下から回ってきた伝言だしなあ。でもよお、魔王様は確実にいるんだぜ?そう、確実になあ」
そう言うケスの表情には一切の迷いが無く、ロザリーに問い返す隙すら与えない程の絶対的な確信がそこにはあった。
それに圧倒されつつも、ロザリーは引き続き気になっていることを問い掛ける。
「魔王……様は、何で貴方をソトス学園へ?」
「ああ。『勇者』を探すためだよ」
「勇者を?でも、勇者ならば、確かパーティを組んで魔王討伐に出奔したとか聞きましたけれども……」
ロザリーがその話を聞いたのは、ガーデンドール学園へ入学する少し前で、叔父夫婦がそんなことを話していたのを偶然聞いていた。
「ああ。そうらしいな。勿論、魔王様はそっちも気にしてるそうだが、そいつらが囮の可能性も考えて、念のために世界中を探し回ってるんだ。『光の力』を使う人間をな。おいらはたまたまミレッタに居てな。この力を見込まれて、ソトス学園へ潜入することになったんだよ」
「この力?」
「ああ、おいらは闇の力で変身することが出来るんだよ。変身っつっても、背丈は変えられねえから、そこまで便利じゃねえけどな!」
ケスはそう言って自分の能力を自嘲気味に笑う。
「……まあ、ミレッタには勇者はいないみたいだし、おいらもそろそろ潮時かなとは思ってたんだよ。せっかく、こうして違う国に来たんだから活動拠点をこっちに移すのもいいんじゃないかな、と。ま、帰りの馬車内で隙を見てあいつら殺して離脱するかなあ?」
一瞬、ロザリーは自分の耳を疑った。
ケスがトールたちを皆殺しにする。と、あっさり言ったからである。まるで、今夜何を食べようかというくらいの軽い調子で。
それは先程までのやり取りで僅かに湧いた情すらかき消す程であった。
(こ、コイツ!!)
ロザリーは、目の前の存在は相容れないものだと確信する。
(今、ここで倒すしかありませんですわ!)
だが、そうするには大きな問題があった。
目の前の魔族の今の外見は、ソトス学園のケスという一生徒なのだ。
それを殺害などしたら、まず間違いなく国際問題へと発展する。処刑の日を待たずしてロザリーの首が胴体から離れることになるだろう。
(でも、倒すチャンスは今しか……)
最終試験が終わった後、翌日にはソトス学園の生徒たちは帰ってしまう。
また、彼らは来賓用の宿舎にいるため、セキュリティ面も含めて会いに行くことすら難しい。
この機を逃すということは、トールたちを見殺しにすることに等しいのだ。
「勝者トール!」
遠くからマグミスの声と歓声が聞こえてくる。
ロザリーもケスも後の方の出番とはいえ、時間の猶予はあまりない。
(……落ち着きなさい、ロザリー・ローゼス・ロッソ。焦っても、きっとろくなことになりませんわ)
ロザリーは再び深呼吸し、乱れた心を整える。
と、この部屋で邂逅した時の違和感を思い出し、ハッとした。
「……そう言えば、そもそもの話ですけれども、貴方は何故こんなところに?」
「ああ。実はさっきまで変身を解いてくつろいでたんだよ。たまにそうしないと疲れるのでねえ。あんたが来たから、こうしてまた変身したってわけさあ」
(!!これですわ!!)
「で、でしたら、また変身を解いたらいいですわ。ここにはワタクシ含めて魔族しかいませんし、出番もまだ先でしょうし」
「おお、そうだな!」
ケスはロザリーの提案を素直に受け入れると、即座に自身の術を解いた。
小柄な少年だったその姿は、全身が緑色の明らかに人間でない姿へと変わっていく。
「……いやあ、やっぱこの姿が楽だなあ。当たり前かあ。本来のおいらなんだからなあ。アッハッハ。じゃあ、ちょっと横になるから、おいらの番が来そうになったら起こしてくれよ」
ケスはそう言うと、ロザリーへ背を向けた。
(今ですわ!)
ロザリーは掌に闇の力を集中させた。
先程、ケスに闇の力の使い方を教わったからか、以前よりもスムーズに発動出来るような気がする。
「ダーク……アロー!!」
そう唱えると、凝縮された闇が一本の漆黒の矢へと姿を変え、空間を切り裂いて放たれた。
「!?」
凄まじい風切り音と共に放たれた一撃は、ケスの肩口へと正確に突き刺さり、その肉を大きく抉り取る。
「が、あぁっ!? て、てめえ……!! 何しやがるっ!?」
激痛に顔を歪ませ、緑色の肌を紫色の血で染めるケス。
(しまった……!仕留め損ないましたわ!)
ロザリーはギリリと歯を軋らせる。
闇の力を視る方法を試した時の疲労が、僅かに狙いを外させていたのだ。
だが、そのダメージは大きかったようである。
ケスに反撃の余力は無く、こちらの追撃を恐れるように傷口を押さえたまま、その場から逃げ出した。
「あ!ま、待てですわ!!」
ロザリーは焦燥を滲ませ、足をもつれさせながらも必死にその後を追う。
「くそおっ!! 一体何がどうだって言うんだよぉ!?」
前方を走るケスの声が、廊下に木霊した。
「くそお!!いてえ!!いてえよおぉっ!!」
傷口から不気味な血沫を撒き散らしながら、ケスはなりふり構わず走り続ける。
あまりの激痛と怒り、そして恐怖に心が乱され、再び人間の姿に変身する余裕は無いようであった。
「同じ魔族同士で……っ! なんでこんなことしやがるんだよっ!!」
ケスは未だにロザリーのことを魔族と思い込んでいた。
だが、その言葉は失言であった。
「……今、魔族って言いましたかー?」
「ああん!?」
ケスが声のした方へ振り向いた、まさにその瞬間。
凄まじい速度で虚空を奔った銀閃が、その首を綺麗に胴体から切り離した。
「……というか、見た目も完全に人間じゃないですねー。じゃあ、問答無用で死んでくださいー」
血飛沫が床に広がるよりも早く、キャスは手にしたレイピアを微かな金属音と共に鞘へと収めていた。




