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第18話 ロザリーと新学期と編入生

「ええぇ、皆様に新しい仲間を紹介します」


 謹慎が明けて教壇に復帰したマグミスがそう言って紹介したのはツインテールの少女であった。


「彼女はキャス。この特待クラスに編入してくるくらいですから相当優秀な子ですが、それでも分からないこともございますでしょう。その時は皆さん、色々教えてあげてくださいね」


「ご紹介に預かりました。キャスと申します。よろしくお願いします」


 そう名乗った少女は丁寧な所作で挨拶をする。


「……この学園に編入、それも特待生クラスへ。だなんて、私が調べた範囲ではあまり前例のないことですね」


 グレアーが珍しそうに呟いた。


「では、キャスさん。貴女の席は……あの子の隣で。彼ならば、きっと貴女がお困りの時にも助けてくれると思いますよ」


 そう言ってマグミスはカッセルを指差すと、キャスは一礼後にスタスタと向かい、さっと席に着いた。


「……父上の寄越した護衛騎士は君か、キャスリーン」


 カッセルは視線を向けず、彼女にしか聞こえぬ声量で言った。


「はい、そうですよー王子様。なので、私が側にいる間は無茶とか止めて下さいねー。色々と面倒臭いんでー」


「ハハハ。相変わらずだね、一国の王子を前に。今日からよろしくね、キャス(・・・)


「うへー……。『キャス』なんて親からも呼ばれたことないですよー。いくら王子様からでも、そんな愛称めいた呼ばれ方されるのは慣れないですねー。いっそのこと、もっとゴリゴリの偽名にしてくれたら良かったのになー」


「それはそれで呼ぶ方の身にもなって欲しいな。君の名前を知ってる私としては、あまりにかけ離れた偽名だと、万が一にも呼び間違えた時に誤魔化しが効きづらいだろ?」


「いえ、将来的に一国の王になるならば、仮に私が全然違う名を名乗ってもそれを覚えるべきですし、そもそも呼び間違えないでください」


「……努力するよ」


「……ああ。あと、名字が無いことからも分かるように私は平民の設定です。生まれも育ちも貴族の私に無茶言いますよねー」


「そうか。じゃあ、私と一緒だね」


「嬉しくないですけどねー」


 そんな風にコソコソと会話する二人を見て、ロザリーはキャスという少女が、エリオと同様にカッセル──カールの関係者なのだろうと察した。


(ん?あの子、何処かで見たような……)


 ロザリーは記憶の底から引っ張り出そうとするも、思い出すことは出来なかった。


「……ところで、王子様」


「ん?なんだい?」


「さっきからこっちをチラチラと見てる子がいますけどー。もしかして、王子様。正体バレたか、疑われてますー?」


「……やはり、君は気付くか。バレてはいないと思うが、疑われてはいると思う」


「下手こきましたか?」


「……少なくとも、彼女以外にその素振りも無いということは迂闊な行動は取っていないと信じたい。恐らく、彼女だけには引っ掛かる何かがあったんだとは思うけどね」


消しますか(・・・・)?」


「それ、本気で言ってるのかい?」


「勿論、冗談ですよー」


 キャスは即答する。


「……でも、王子様がそう命令したら(・・・・・・・)私は躊躇なく行動に移します。王子様の安全に関わることならば、という前提はありますけど。私たち(・・・)はそういう存在です。忘れてはいないと思いますが、一応それは伝えておきますね」


「……肝に銘じておくよ」


 カッセルはフッと笑った。


「!?」


 急にロザリーは悪寒を感じる。


(か、風邪かしら?最近、急に涼しくなって来ましたし、後でジュールに温かい紅茶でも淹れて貰いましょうかしらね……)


 その日全ての授業が終わり、いつものお茶会の時間となる。

 普段はロザリー、グレアー、ミシェルの女子三人で行っていたが、今回は珍しい二人の闖入者がいた。


「皆さん、歓談中にすみません。同じ平民同士ということで彼女に学園内を案内していたんですけど、丁度皆さんの姿をお見かけしたところ、彼女が挨拶したいそうで……」


「……皆さん、初めまして」


 カッセルと話題の編入生のキャスであった。


「初めまして!私はミシェル!貴族と言っても四女だし、堅苦しいの苦手だから『様』とか『さん』とか付けずに呼び捨てでいいよ!何なら『ミッキー』って呼んでもいいし」


 ミシェルは持ち前の人懐っこい笑顔を弾けさせ、ぐいっと身を乗り出した。初対面の緊張をほぐそうという彼女なりの気遣いだったのだが、キャスは特に気圧される風もなく、ただ淡々と頭を下げた。


「はい、分かりました。でも、私呼び捨て苦手なので暫くはミシェル『さん』でよろしいですか?」


「ああ。そういうことなら全然オッケーだよ」


 続いて、グレアーは席から立つと、いつも通りの凛とした佇まいで一歩前へ出る。


「私はグレアー・エル・ヴラムです」


「よろしくお願いします。グレアー様」


 またも淡々とそう述べるキャス。

 まるで、最低限の会話しかしたくないようにも感じられる。

 最後にロザリーの番が回って来た。

 先程感じた妙な悪寒のせいか、或いは彼女が放つ独特の空気のせいか、ロザリーは何故だか緊張を覚えていたものの、息を整えてから淑女の礼を取る。


「……ワタクシは、ロザリー・ローゼス・ロッソですわ」


「はい、ロザリー様ですね」


 そう答えるキャスの口調は丁寧だが、何処か塩対応気味であった。それでいて値踏みをするような視線をじっと向けられているような気がしてならない。


(な、なんか居心地があまりよろしくありませんわ)


 ロザリーが内心冷や汗を流していると、キャスはこれ以上の長居は無用とばかりに、カッセルの方へ振り返った。


「それでは私はこれで……」


「あ、ちょっと待って!」


 キャスがそう言って去ろうとした時、ミシェルが呼び止める。


「まだ時間ある?」


「?はい、ありますけど」


「だったら、少し話さない?キャスのことも知りたいし。ほら、せっかくの特待クラスの仲間なんだからさ!」


 ミシェルの純粋な誘いに、キャスは一瞬だけカッセルに視線を送り、伺いを立てた。


「折角だし、少し話そうよ。僕も付き合うから」


 カッセルがそう苦笑交じりに頷くのを見て、キャスは小さく息を吐く。


「はあ。では、少しだけなら……」


 こうして、二人を交えたお茶会が始まった。

 グレアーの連れているメイドが手際よく淹れたハーブティーが新たに運ばれる。

 ミシェルは興味津々といった様子で、キャスに次々と質問を投げかけた。


「キャスはさ、特待クラスに入るくらいだから、やっぱり物凄く勉強したのかな?」


「はい、そんなところです」


 キャスはそれだけ言ってティーカップに口をつけた。その一連の動作や座っている時の姿勢など、平民にしてはあまりにも洗練され過ぎていた。


(……やはり、彼女はただの平民では無いですわね)


「キャスさん。随分と作法がしっかりしていますのね」


 グレアーもそこに気付いたようで尋ねる。


「はい。貴族の方々も通う学園に行くのですから、こういったマナーも勉強しました」


「まあ、本当に勉強熱心な方ですのね。ミシェルさんも見習った方がよろしいかと」


「あ、アハハ。これは耳が痛い……」


 そんな風に目の前で繰り広げられる会話を耳にしながらも、ロザリーはチラチラとキャスの横顔を見つめていた。

 間近で彼女の顔を見たことで、忘却の彼方に沈んでいたロザリーの記憶のピースが突如として噛み合う。


(!!思い出しましたわ!!)


 それは「天啓」の中の記憶。

 ロザリーが処刑される瞬間、カールの側に立っていた五人の中に、あの少女とそっくりの人物がいたことを思い出す。

 カールを護るように立っていたその時の五人は、護衛か何かだったのだろう。


(そう言えば、エリオさんもその中にいたような……。何故、今まで忘れていたのかしら?)


 日々の積み重ねで記憶というものは薄れてしまうのは人の常ではあるが、自らが処刑されるその瞬間にカールの周りに立つ人間まで全て覚えろというのは酷であった。

 「天啓」の中で何度もその姿を確認出来た特待クラスの面々などとは違い、彼らはあの瞬間にしか現れない。

 こうして思い出せただけでも奇跡に近いと言える。

 ロザリーは改めて、「天啓」の内容を記した手帳を確認しようと思った。


 そうして少しの歓談を交わした後、キャスは「それでは」と早々に席を立ち、カッセルもそれに苦笑しつつ、二人でお茶会の席を後にした。

 周囲に人気が無いことを確認し、キャスが声を潜めながら口を開く。


「……王子様」


「ん?なんだいキャスリーン?」


「私をあの場に連れて行ったのは、彼女たちと顔合わせさせたかったからだとそこは理解します。でも、それならば挨拶だけで良かったですよねー?」


「折角だから、君に同世代の子と仲良くなって欲しかったんだよ。確か、僕と同い年だろ?」


「はい。確かに同じ十四歳です。でも、その心遣いは不要ですねー。それにお茶を飲んだだけでグレアーって子に軽く疑惑を抱かせちゃったじゃないですかー。これ、王子様が余計なことしたせいですからねー?」


「ハハハ。護衛騎士は装うことも任務の一つ、だろ?天才の君にも苦手なものがあったか」


「……ああ、あとあのミシェルって子。私、苦手かもですねー」


「そうなのかい?彼女、凄く良い子だと思うけどな。あまり、貴族らしくなくて」


「だからです。ああいう裏表無くて距離詰めがちな人ってのは私の周りにはいませんでしたから」


「そうか……」


「それと、あのロザリーって子。闇の力を持ってるんでしたっけ?今朝もさっきも王子様と私をチラチラと見てましたけどー。……彼女には注意した方がいいですね」


 カッセルの足がピタリと止まった。


「……何故、そう思うのかい?」


「王子様も私も客観的に見て、言葉や行動からでは、仮に何処か不審に思われたとしても、その正体までは分からないようにしていると思います。グレアーとミシェルの私たちに対する態度や接し方からもそれは伺えるかと。ですが、ロザリーの王子様を見る目やその態度には明らかな畏れが入ってます。平民を名乗る者を貴族が畏れるのは不自然極まりない。少なくとも彼女の中で王子様の正体をかなり前から確信してないとああはならないと思いますよー」


 キャスの分析をカッセルは静かに受け止める。


「……そうか。では、何故ロザリーは私が王子であると気付いた?」


「それは流石に分かりませんねー。本人に聞かないと。場合によっては本当に消さざるを得なくなるかも知れませんが」


「ただ、今日に至るまで彼女はそのことを吹聴したりなどはする素振りすら見せなかった。で、あるならば、消すなどと物騒なことはせず、一先ず静観という手を取ることも出来る……と、考えるのは甘いかな?」


「はい、甘々です。激甘ですねー。尤も、今すぐどうこうってのは現実的ではないので、どの道このまま少し様子を見ることにはなるかと」


「……やれやれ、彼女──ロザリーは面白そうな奴だとは思っていたが。まさか、何時の間にか正体を見破られていたとはね。本当に退屈させないよ」



 そんな会話がされているとは露知らず、その後部屋に戻ったロザリーは例の手帳を開いていた。処刑された時の内容に目を通すが、やはりあのキャスという少女やエリオを含む五人の人間を示す記述は見当たらない。


(……これは由々しき問題ですわね)


 情報の欠落。それは、処刑される未来を変えるという当初の目的からすると致命的に近いことであった。

 現状、細部は違えど、起きる事象として「天啓」の流れから大きく外れてはいない。

 例えるならば、道中に細かなルート分岐はあり、何処を通ったかでパーティメンバーや関係性に変化はあっても、点在するメインイベントは必ず通らねばならないといった感じである。


(状況は違えど、ここに書いてあることは少なくとも必ず起きる、或いは起きる可能性が高いと考えた方がいいですわね)


 また、ケイオスベアーの一件の時に、夢で見たあの光景。


(あの夢は恐らく、本来ワタクシがあの時に辿る筈だったもの。あれも十歳の頃にワタクシが見た『天啓』の中にあったけれども、長らく忘れていたものでしょうね。実質、『天啓』の後出しみたいなものですわ……)


 そもそも、十歳の頃の記憶である。手帳に残したとはいえタイムラグによる記憶の欠如は誰にも責められないだろう。


(でも、一度あることは二度、二度あることは三度と言いますわ。このようなことが今後も起こるならばワタクシにとっては一大事ですわ!せめて、もう一度『天啓』が見られたら……。いえ、見たいか見たくないかで言えば当然見たくありませんけれども!!)


 確かに好き好んで自分が処刑される生々しいシーンを見たい者はいないだろうが、ことは自分の命に関わることである。


(……そう言えば、あの後に『天啓』が来たことは無いですわね)


 ロザリーが「天啓」を受けたのは十歳の頃の一度だけ。それ以降は、あんなハッキリと脳裏に知らない記憶が溢れ出るような感覚を味わうことは無かった。


(あの悲惨な光景を夢で見ることはありますけれども……)


 夢とは記憶の再現であると、ロザリーはジュールに聞かされたことがある。

 で、あるならば、ケイオスベアーの時の夢もその一環だったのかも知れない。


(あんなもの見せておいて、一度だけしか見せません。それで頑張って下さい。は、神様か誰かは知りませんけれども、なかなか無茶をおっしゃいますわ!もし、会うことが出来たら文句の一つや二つじゃ足りませんわね!!)


 そうは思いつつも、それでやるしかないのが現状である。

 ロザリーは気を取り直し、手帳内の記述から、今後警戒すべき重要そうなイベントをいくつかピックアップした。


 ・他校との交流授業

 ・学園の創立祭

 ・聖地への巡礼研修

 ・舞踏会


 何れも、「天啓」の光景に映り込んでいた行事である。

 運命の分岐点になり得る以上、決して見過ごすことは出来ない。

 そして、それらを乗り越えた先、三年目の「処刑される日」。


(……改めて。あと、二年しか無いのですわね)


 タイムリミットは確実に刻まれている。

 そして、その最初の試練とも言える「他校との交流授業」は間もなく訪れようとしていた。


 

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