第17話 ロザリーと終わる夏休み
「ぐ……がっ……あ…………」
胸の中心に大穴を開けたザギは、膝立ちのまま多量の血を吐き出す。狂気を孕む血走った目からも段々と生気が失われつつあった。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……。や、やったかしら?」
ロザリーは肩で大きく息をしながらその様子を注意深く窺う。
先程の一撃で全ての力を使い果たしており、彼女も立っているのがやっとであった。
「……ウ、ゥ……」
ザギはそのまま地面へうつ伏せに倒れる。
「ひゅー……、そ……そう……か。分かった……ぞ」
息絶えつつあるザギがうわ言のように呟き始める。
「ひゅー……、闇の……力を持つ……クソ人間……。光の……力を持つクソ勇者と対になり……ま、魔王様を……討つ……。ひゅー……、ガキの頃に聞いた……御伽話と……思ってたけどよお……。まさか、ほんとう………………」
その言葉を最後にザギの目からは完全に光が失われ、呼吸も止まり、全く動かなくなった。
(……今、魔王とか勇者とか言ってましたわね?)
今際の際にザギが言っていた言葉が、何故だかロザリーの心に引っ掛かっていた。
だが、今はそれよりも優先すべきことがある。
「テスカ!」
ロザリーは満身創痍のテスカの元へと駆け寄った。
「お嬢……様…………」
「貴女、そんな体で……!!」
「……痛み止めの薬草を奥歯に仕込んでましたですので、な、何とか動くことが出来ましたです。で、ですが、戦いが終わったら、き、気が抜けちゃいまして……」
「しっかり!しっかりなさい!!」
「だ、大丈夫でございますです。ゴフッ。ほ、骨が折れて、な、内臓が少しやられた程度でございますです。ゴフッ」
「全っっっっ然、大丈夫じゃないですわ!!」
早くここから出て、然るべき治療を受けさせなければいけないが、今のテスカの状態的に動かしていいものか、医療の心得のないロザリーには判断がつかない。
その時、静まり返ったダンジョンの出入り口から、にわかに足音が近づいてくる。
「おーい!」
聞き慣れた二人の声。ダイルとミシェルであった。
何時の間に離脱していたのだろうか。二人は大きく息を切らしながら、外で待機していた筈のグレアーを伴って戻って来たのだ。
「ハァ……ハァ……。おい、皆生きてるか!? 」
「前にグレアーが治癒魔法を使えるって聞いて、急いで連れて来たの!」
「ちょっと、引っ張り過ぎですわ!一体、何があったのか説明して下さらない!?」
抗議の声を上げたグレアーだったが、失神しているカッセルとエリオ、血塗れで横たわるテスカの姿が視界に入ると、小さく息を呑む。
しかし、すぐに状況を察し、真っ先にテスカの元へと走った。
「…………っ!」
凄惨な姿を目の当たりにし、流石のグレアーも顔を顰める。その手が微かに震えるも、彼女はテスカへと両手をかざし念じた。
すると、清らかな水の魔力がテスカの体を覆い、次第に呼吸が穏やかなものへと変わっていく。
「……………………」
「……私の水の魔法で応急処置を施しました。とはいえ、所詮は学生の浅学な魔法ですから、今の私にはこれが限界です」
「テスカは助かるんですの?」
「私は医者でも神官様でもございませんから確実なことは言えません。予断を許さない状態なのも変わらないですが、一先ずは危機を脱したと信じたいです」
「……グレアーさんには感謝の言葉もありませんわ」
「いいえ、このくらいは人として当然のことです。感謝の言葉は必要ありませんわ」
「それでも言わせて欲しいですわ。……ありがとう」
その後、グレアーはそのままカッセルとエリオの治療へと移った。幸いにも二人の状態はテスカ程ではなく、彼女の治癒魔法によってすぐに大きな息を吐いて意識を取り戻す。
一先ず最悪の結末を免れたロザリーたちは、重傷のテスカを慎重に抱えた上で急いで戻る。
屋敷に運ばれたテスカは改めて応急処置を受けた後に学園の医務室へと搬送された。ガーデンドール学園は王国一の学園と謳っているだけあり、優秀な医者や治癒魔法の使い手が揃っているからである。
当然ながらロザリーたちのバカンスはここで終了となり、一同はそれぞれ帰路に就くこととなった。
その後、王国は直ちに衛兵や調査隊を派遣してダンジョンを封鎖したが、この一件は各方面へ大きな余波を生むこととなる。
──レオバード王国 騎士の詰所
詰所に集まった五人の間に、重苦しい沈黙が満ちていた。他の四名が見守る中、エリオが重い口を開く。
「……誠に面目ないことです」
絞り出すような声と共にエリオは深く頭を下げた。
「……あのさあ。謝罪して済む問題じゃないのは分かるよね?」
彼の目の前にいる不精髭を生やした気だるそうな男が、砕けた口調ながらも冷淡に言った。
「本来ならば王子のために死ぬべき人間がさあ、王子に助けられた上に、その王子を危険に晒したまま気を失うってどうよ?」
「ヴォッツ隊長の言う通りですよー?言っちゃ悪いですけど、護衛失格ってレベルじゃないですよねー」
ヴォッツと呼ばれた男に続き、ツインテールの少女が口を開く。
「カール王子がお優しい方ですから、こうしてお咎め無しになってますけどー、本当なら護衛騎士をクビになってるか、何なら死んで償えって言われても文句言えないですよー?エリオット先輩」
「それはもう……。返す言葉もございません……」
エリオ──エリオットは再び頭を下げた。
そこには些かの反発も、少女の無遠慮な物言いに対する苛立ちさえも見られない。
「まあ、こうなったのは我々にも非はある。カール王子の遠出に際しての同行者がエリオットで問題ないだろうと、最終的にそう判断したのは我々なのだからな」
と、椅子に深く腰掛けた巨躯の男が重々しく言葉を紡いだ。
「無論、だからと言って今回のエリオットの失態が許されるわけではないが」
「あーあ。今回の護衛任務に私が選ばれてたら、こんなことにはなってなかったんでしょうけどねー」
「キャスリーンちゃんさあ。王子は今、平民のフリをしてるわけ。それなのに、一緒にいる同い年くらいの女の子がバカみたいに強かったら、どう考えても怪しいでしょ?」
「そうですけどー」
キャスリーンと呼ばれた少女は不服そうな顔を隠さない。
「私なら、少なくともそのザギとかいう魔族は倒せてましたねー」
「キャスリーン。お前の腕は確かに天才的だが、我々の任務はあくまで王子の護衛。敵を倒すことが主目的ではないぞ」
「『攻撃は最大の防御』って言いますよね?ドガス先輩」
巨躯の男──ドガスはそれ以上は何も言わなかった。
「……今回のことは私自身の未熟が招いたこと。言い訳のしようもございません。しかし、こうしてまだ護衛騎士として機会を頂けたことを重く受け止め、このようなことが二度と無いように努める所存です」
エリオットはそう言うと、改めて深く頭を下げ、詰所から出て行った。その足音が完全に聞こえなくなるまで、詰所内は沈黙に支配される。
「……とまあ、さっきはお灸を据えるつもりでああは言ったけどもさ」
エリオットの気配が完全に去ったタイミングでヴォッツが徐ろに口を開いた。
「とは言え、エリオットは栄えあるカール王子直下の護衛騎士の一人。いくら魔族相手だからといって、あそこまで後れを取るのは要警戒って奴だね」
「エリオット先輩、本来は策を講じて戦うタイプですからねー。獣とか、何も考えないで本能のまま向かってくるタイプとは相性最悪なんだと思いますよー」
「だが、先程も言った通り、それで此度の失態が許されるわけではない。問題の本質は敵に敗れたことではなく、カール王子を護る任務の途中で意識を手放したことだ。例え我々が全滅したとしてもカール王子を逃し、安全を確保出来ればそれが最大の勝利なのだからな」
「……………………だが、失態は既に過去のこと」
その時、エリオットがいる間は部屋の隅で影に溶け込むようにずっと無言で佇んでいた男がそう声を漏らした。
「心に留めるべきではあるが、いつまでも詰るものでもなし」
「……ジザイ先輩が話すところ、久々に見た気がします」
キャスリーンが驚いたように言った。
「ま、ジザイの言う通りだ。あとはエリオットくんの反省と成長を祈って、今日のところは解散で。じゃ、俺は急用があるからさ……」
「急用と言っても、どーせ酒場で飲んだくれるだけじゃないですかー?」
「それも立派な用事なのよ。じゃ、解散解散と」
誤魔化すかのようにひらひらと片手を振ると、ヴォッツは軽い足取りで詰所から出て行った。
「……あーあ。これが栄えあるカール王子の護衛騎士で一番偉いんですから色々間違ってますよねー」
「では、お前があの男を倒し、下剋上するか?」
「それは止めときまーす。真剣勝負でも十中八九私が勝ちますけどー、その内の一回をこういう時引き当てるのがあの隊長なんでー」
「ハハハ、違いない。だからこその隊長なのだからな」
キャスリーンの言葉にドガスは苦笑し、それを背中で聞きながらジザイは静かに目を閉じる。
しかし、それぞれが何か不穏なものを大なり小なり予感していた。
──レオバード王国 王の間
「カールよ。学園など辞めて城へ戻ってくるのだ」
重苦しい沈黙を破ったのは、国王の低く苦渋に満ちた声だった。
「一度だけならばともかく、二度も危険な目に遭ったのだ。王としても父親としてもこれ以上は看過出来ぬ」
「お言葉ですが、父上。私は戻りません」
しかし、カッセル──カールは一歩も引かなかった。
「私は自らの目で確かめたいのです。この国の姿を、何れ私が守っていく民たちを。下々の者の本当の暮らしを知らずして良き政治など行える筈がないと私は思うのです」
カールのそのまっすぐな視線に、国王はわずかに眉をひそめると深く息を吐き、痛ましげに目を細めた。
「お前の理想は分かる。だが、理想だけでは国は治まらん。それに、命を落としては元も子もない。お前が死ねば、この国の未来を担う光が永劫に失われるのだ」
「今、命惜しさに城へ戻ることは、私が私自身に課した義務を途中で放り投げるに等しいこと。その妥協は何れ、私から責任の重さを奪うことになりましょう」
カールはそう自らの考えを告げると頭を下げる。
「どうか……もう暫く私をあの学園へ行かせて下さい」
その固い意志に、国王は暫く説得する言葉を見失う。
やがて、諦めたように首を振った。
「……お前は亡き妻に似て、とても頑固者だ。何を言ったところでその意志を曲げるつもりはないのだろう?」
「はい」
「……であれば、此度は許す他ない。だが、条件がある」
「何でしょう?」
「護衛騎士を一人、学園へ派遣する。無論、お前の正体が周囲に分からぬように配慮はした上でだ。そして、三度このようなことに巻き込まれたならば、問答無用で城へ戻す。これらは絶対に呑んで貰うぞ。責任の重さなどと言うからには、聞けぬ守れぬということは無いな?」
「……勿論です。父上。ご配慮、感謝いたします」
カールは深く一礼すると、王の間を去った。
遠ざかる足音を聞きながら、王はため息を漏らし、どうか我が子の無事をと天を仰いだ。
──ガーデンドール学園 医務室
ほぼ全身に包帯を巻いたテスカが横たわるベッドの傍らで、ロザリーがベッドの端に腕を枕にして突っ伏し、すやすやと寝息を立てている。
「……ロザリーお嬢様をよく護り抜いてくれました」
ジュールは愛おしそうにロザリーの髪を撫で、それからテスカへ向けて静かに口を開いた。
「ジュール様……」
テスカが痛む体に鞭打ち、掠れた声で静かに口を開いた。
「ワタシの方こそお嬢様に助けられました。あの魔族もお嬢様がいなければ倒すことは出来なかったです」
「それでも、貴女がいたからお嬢様はこうして無事に戻って来られたと私は思いますよ」
ジュールは慈愛に満ちた眼差しでテスカを見つめている。
「……ワタシ、強くなりたいんです」
テスカはそう呟くとジュールへ体を向けた。
「ジュール様が何者なのかは分かりません。ですが、相当な実力者であることは分かります。ワタシの何倍も……。だから、お願いです。ワタシを鍛えて下さい!」
「……私には暗殺者の心得はありませんよ?」
「それでも構いません!今のワタシのままでは、その内お嬢様に置いて行かれるかも知れません。お願いです……」
消え入りそうな声でありながらも、テスカは確かな覚悟を持って懇願する。
ジュールは暫くの間、ロザリーの寝顔を見つめていたが、やがて小さく息を吐く。
「……分かりました。私でよろしければ」
「……っ!ありがとうございますです!!」
「ジュール……テスカ……」
不意にロザリーが小さく寝言を言った。
二人は顔を見合わせると、目元を和らげてそっとロザリーを見守る。
その顔は、主人を愛する執事とメイドの顔に戻っていた。
事件は皆の心に刻まれ、それぞれに小さからぬ変化をもたらしていた。
そうして夏休みは終わりを告げ、涼やかな風と共に新学期が始まる。




