第16話 ロザリーと人狼ザギとの戦い
魔狼に囲まれたロザリーたちの元へ歩を進める大柄な獣。
その姿は魔狼たちに酷似しながらも、二本の足で立って歩いては人間と同じ言葉を発しており、口からはみ出さんばかりに太い牙に一本一本がナイフのように鋭利な爪と明らかな異形の存在であった。
「獣人……?」
ロザリーはふとミングのことを思い出す。
闇の力を使わせようと襲い掛かって来た時の姿は確かに人間離れしていたが、それでも彼は獣そのものでは決して無かった。
それに、獣人や亜人と呼ばれる種族の外見は人間に近いものが殆どであり、ここまで獣然とした姿の種族は教科書でも見たことがない。
「ああん?獣人だああ?」
ロザリーの呟きが耳に入ったのか、その獣はそう口にする。どうやら、耳もいいようだ。
「あんな中途半端で軟弱な連中と俺様を一緒にするんじゃねえよ!!」
見た目通りの粗暴な口調で吠えると、その声の大きさで空気が震える。
「俺様はなあ。『人狼』のザギ。れっきとした『魔族』よ!!」
「『魔族』!?」
魔獣はこの世界に広く分布しており、見掛けることは珍しくはない。だが、魔族となると話は別であった。
「まさか、ダンジョンの隠し通路の奥に魔族がいるなんて……」
カッセルは思わず息を呑んだ。
「……魔族はこことは違う世界に住む。そう教わっていたけどもね。或いは、ここがその『違う世界』なのかな?」
「その辺の考察は後で……。今は黙って護られて下さい」
「ああ、分かった」
カッセルはエリオの言葉に従い、一歩下がって彼の背後へと身を寄せる。
「……聞くまでもないとは思いますが、この魔狼たちはあなたの?」
「ああ。そいつらは俺の忠実な下僕さあ」
エリオの問いにザギは意外と素直に答える。
注意深く見ると魔狼たちはどうやら全部で七匹いるようであった。
「どうして、こんな場所に……」
エリオは再び尋ねる。
会話を続けることで時間を稼ぎ、また隙を窺おうというのだろう。
それを知ってか知らずかザギは会話を続ける。
「ここはいいねぐらだったんだよ。静かでな。まあ、静か過ぎるのが難点だったがなあ」
ザギはふさふさでありながらも重量感のある尻尾でばちんと地面を叩いた。
「そう思ってたら、こうして獲物がやって来たじゃねえか!……へっへっへ。久々に人間の肉ってのも悪くねえな?」
剥き出しの牙の間からだらっと涎を垂らし、太い腕で無造作にそれを拭う。
とても見逃してくれそうにはなく、戦いは避けられない。
そう思ったその時であった。
「……………………!」
「んなっ!?誰だ!?」
いつの間にかザギの背後に回っていたテスカが手にしたナイフをその首筋へ突き立てようとする。
しかし、硬質の毛に邪魔されてか、刃はその皮膚を突き破れず折れてしまった。
「…………!?」
「テメエ!!っざけんなあ!!!」
ザギが棍棒のような巨大な腕を振り回すも、テスカはすぐに反応しては後ろへ飛び退き、間一髪それを躱す。
そのままテスカは素早いステップで移動し、ロザリーの元へと戻った。
「……申し訳ございませんです。奴を仕留められませんでした」
「い、いえ。貴女に怪我が無くて良かったですわテスカ」
「余裕こいてぺらぺらとお喋りして隙だらけだったものですから、そこをこの刃先に猛毒を塗ったナイフで狙ったのですが……。流石にもうこの手段は通じないでしょうね」
テスカは絶好の機会を逃したと悔やむように小さく歯軋りする。いつの間にか眼鏡は外しており、普段は優しげな瞳を厳しめにしていた。
それを見てロザリーは流石は暗殺者と感心していたが、一方でロザリー以外の者たちはその一連の動きを驚きの表情で見ている。
先程までほわほわとしていたメイドが急にあんな動きを見せたのだから無理もない。
「て、テスカさんって何者……?」
「詳しくは言えませんが、そういった訓練を受けてましたです。ミシェル様」
そう言うとテスカはロングスカートの脇に隠してある切れ込みからその両の手を内側へと滑らせ、太もものホルダーから取り出したナイフを逆手に握った。
「へ、へえー……」
「テスカさん。貴方は私の死角側へ回って下さい」
唯一人、エリオはテスカの先程の行動を目の当たりにしても冷静だった。即座に指示を出すと、テスカもコクリと頷いて従う。
テスカがエリオの実力を見抜いたように、エリオもまたテスカの能力を見抜いていたのだろう。
「ちぃぃ、人間如きが舐めた真似しやがって……。おい!!お前らあ!!そいつらを斬り刻んでボロ布のようにしてやれ!!」
ザギがそう命令を出すと、今まで様子を窺っていた魔狼たちが一斉に動き始めた。
「来ます!」
エリオはそう言ってロザリーたちを身構えさせた後、自ら打って出る形で魔狼たちへと向かう。
そして、エリオ側の一番先頭にいる魔狼へ素早い剣撃を加えた後、後続の三匹にも一太刀浴びせ、ロザリーたちの元へ戻った。
魔狼たちも思わず後退し、距離を取る。
反対側のテスカは向かって来る魔狼の一匹にナイフを投げつけ、その眼球へと見事命中させた。その一撃で怯んだ魔狼の脳天を踏みつけるように地面へと叩きつけ、その勢いのまま跳躍し、二匹の魔狼にもそれぞれ蹴撃を加える。
しかし、流石に徒手空拳ではダメージが浅かったのか、魔狼の一匹がよろよろと起き上がりテスカを背後から襲おうとした。
と、その時、魔狼の体が黒い靄に覆われ、動きを止める。
ロザリーの闇の力「フィアー」であった。
「テスカ!」
ロザリーの声に呼応して振り向くと同時に、テスカは鋭い蹴りを放つ。その足先にいつの間にか括りつけられていたナイフが、魔狼の喉元へ深く突き刺さった。
この一撃で魔狼は息絶え、地面に突っ伏す。
「有難うございますですお嬢様!」
「ハァ、ハァ。上手く行きましたわ」
ミングの実力行使で学んだ、闇の力を使う感覚。
それをロザリーはぶっつけ本番のようなこの状況で、見事やってのけた。
「……ほお?」
それまで高みの見物といった様子だったザギは、ロザリーが放った「フィアー」を見て、物珍しそうに身を乗り出した。
「面白そうなのがいるじゃねえか」
ザギはにぃと獰猛な笑みを浮かべ、ロザリーを値踏みするように見つめる。
その間にも乱戦は続いており、一匹仕留めても、まだ魔狼は六匹も残っていた。
守勢に回らざるを得ないエリオはヒットアンドアウェイに徹するしかなく、なかなか致命打を与えられずにいた。
その時、魔狼の一匹へ向かって火の玉が飛んできた。それが当たると同時に魔狼は炎に包まれる。
「ハァ、ハァ。やった、やってやったぞ!!」
息を荒らげながらそう声を上げたのはダイルだった。
続くように鋭い風の刃が怯んだ魔狼たちへ襲い掛かる。それは風切り音を立てて魔狼の足を深く引き裂き、生々しい悲鳴を上げさせた。
「僕にだってこのくらいは出来る!」
カッセルの力強い言葉が響く。
魔狼たちは何とか体勢を立て直そうとするが、今度は地面が緩み、その自由を奪った。
「わ、私だって!」
ミシェルが必死の形相で声を絞り出す。
エリオの背後に立つ三人の戦う意思であった。
「……護るべき者たちに助けられるとは。まだまだ私も未熟ということですね」
エリオは少し顔を伏せ誰にも聞こえぬよう自嘲気味に呟くと、すぐに顔を上げた。
「皆さん!援護をお願いします!」
「「「はい!」」」
火、風、土──三人の放つ異なる属性魔法がエリオの戦いを後押しする。これを機にエリオは攻めに転じ、魔狼たちを次々と斬り払い、やがてその全てを退けた。
また、テスカも残りの魔狼を仕留めている。
「……あーあ。全滅かよ。ったく、我が下僕ながら雑魚過ぎんだろ。たかだか人間如きによお」
ザギはそう言って魔狼たちの亡骸をまるでゴミを見るような目で見ながらボリボリと腹部を掻いた。
「……おい、そこの黒い女あ。闇の力を使ってたな?てめえ、もしかして魔族かあ?」
「いいえ、魔族じゃありませんわ。光だの闇だの、それも関係ございません。ワタクシはロザリー・ローゼス・ロッソ。それ以上でも、それ以下でもありませんわ!」
ロザリーはそう啖呵を切った。
闇の力を持った自分を受け入れてくれた、大切な仲間たちの前だからこそ、胸を張って言えたのだ。
「……そうかよ。まあ、確かに闇の力なら俺にも効くかも知れねえなあ?当てられればだがよ?」
だるそうにそう言ったかと思えば、次の瞬間には殺気を剥き出しにしてロザリーへと襲い掛かる。
緩急の大きさ故か、ロザリーにはまるでザギが消えて現れたかのように見えた。
「!?」
「危ない!!」「危ないです!!」
ザギがロザリーへ力任せに振り下ろした一撃は、エリオのレイピアによって阻まれた。その隙を見逃さず、テスカがロザリーの腕を引いて背後へと逃がす。
激しい金属音が響き、エリオはザギの怪力に圧されながらも、それを受け流した。
「ッ!!」
エリオの腕に強い痺れが残る。
追撃が来たら不味いと思った矢先にザギは後ろへ下がって行くと、余裕のないエリオの表情を見ながら馬鹿にしたように笑った。
「へっへっへ。久々の玩具だからなあ。すぐに終わらせたら勿体ないよなあ?」
明らかにこちらを舐めている。
「ハァ、ハァ。魔族め……。だが、助かった」
エリオは相手の余裕に乗じて冷静に現状を見つめた。
そして、顔をザギへ向けたまま背後にいるロザリーたちへ声をかける。
「……どうやら、他に隠れてる魔狼はいないようです。ここは私が奴を引き付けます。その内に皆さんは引き返して下さい」
「……分かった。ここは任せるよエリオ……兄さん」
カッセルが苦渋の決断を下したように頷いた。
「悔しいけど、俺たちは足手まといみたいだな」
「うん……」
ダイルとミシェルも素直にエリオの言葉に従い、後退の準備をする。
その中でテスカは一歩前へ出てエリオと並んだ。
「ワタシも手伝います」
「……感謝します」
エリオはテスカの言葉に多くを語らずそれだけ言った。
二人は同時に武器を構える。
「テスカ……」
「お嬢様は早くお逃げ下さいです。こいつは命に代えてもワタシたちがここで食い止めますです」
「馬鹿なことを言うんじゃ無いですわ!」
ロザリーは声を張り上げた。
「……絶対に生きて戻って来る。これは命令ですわ!!」
普段は使わない言葉。それを敢えて口にしたのは、それだけテスカの無事を祈ってのことであった。
「……ええ。お嬢様の命令ならば従うしかないですね」
テスカは微かに笑う。
「おいおい。茶番はもう終わったかあ?」
欠伸混じりにザギが言った。
「なんか食い止めるから引き返せとか言ってたなあ?……逃がすわけねえだろ?」
そう言うとザギは再び消える。
圧倒的な速度でエリオの懐へと踏み込むと、凶悪な爪が閃いた。
凄まじい衝撃と共に、ザギはエリオのレイピアを真っ二つにへし折る。
「くっ!?」
「まずは一人ぃ!!」
ザギの凶刃が、容赦なくエリオの胸元へと叩き込まれると、凄まじい衝撃に骨の軋む音が響き、エリオの体はまるで木の葉のように宙を舞う。
地面へ激突する寸前のその体をその身で受け止めたのは、他ならぬカッセルであった。
「ぐぅ!?」
衝撃をまともに浴び、カッセルは低く呻く。
「……カール王子!?何故?」
「……部下を守るのも上に立つ者の務め……いつもそう言ってるのはお前だろエリオ?」
「そんなことよりお逃げに……ぐふっ」
エリオの口から鮮血が溢れた。
同時に、衝撃をその身に受けたカッセルの視界も急速に暗転していく。
「うっ……」
二人の意識は、そのまま深い闇へと沈んでいった。
「ガッハッハ!!次はてめえだ!!」
エリオたちを排除し、勝ち誇ったザギの血走った眼が、次に捉えたのはミシェルであった。
「きゃあ!!」
ザギの鋭い爪がミシェルの命を刈り取ろうと迫った。
その時、一筋の影がその間に割り込む。
「ミシェル!!」
迫る凶刃からミシェルを庇うダイル。
下卑た笑みを浮かべながら、ザギが腕を振り下ろそうとしたその瞬間──。
ロザリーの目の前は急激にスローモーションになった。
(この感覚は……!!)
ケイオスベアーの時と同じ、生命の危機に瀕した極限の状況。
《……汝、新しき力を求めるか?》
そして、その時と同様に頭の中に声が響く。
(……ええ、求めますわ!!)
ロザリーの判断は早かった。
一瞬の内に黒い靄がロザリーを包み、即座に右手へ集中する。
《唱えよ。『ダークアロー』と》
「ダークアロー!!」
すると、ロザリーの右手から矢のように形成された闇の力が放たれた。
それは真っ直ぐザギへと向かう。
不意を突かれたのか、ザギはギリギリまで気付かなかった。
「!?ちいぃ!!!」
それでもザギは驚異的な反射神経を以て強引に体を捻って直撃を避けたが、無傷では済まなかった。闇の矢はザギの片手の爪を折っていたのだ。
「んだとお!?」
ザギは顔を歪める。
「クソガキゃあああああ!!ぶっ殺す!!」
激昂したザギの矛先が、ミシェルたちからロザリーへと移る。目にも留まらぬ速さで突進してくる巨体に、ロザリーは反応が出来なかった。
「危ないです!」
テスカは渾身の力でロザリーの身体を突き飛ばし、その身を盾にする。直後、ザギの爪がテスカの背中を肉ごと深く切り裂いた。
「ッ、ァ……!!」
裂けた背中から鮮血を撒き散らし、テスカはそのまま無残に地面へと叩きつけられる。
だが、ザギの怒りはそれだけでは収まらず、倒れ伏すテスカの背へと、その巨大な足が無慈悲に振り下ろされた。
肉と骨が軋む嫌な音が辺りに響く。
「ガハッ……! げほっ……あ、ぐ、ぅ……!」
「テスカ!!」
「このクソアマあ。そういやてめえ、さっき俺に下らねえことしやがったなあ?」
怨嗟の言葉と共に、何度も何度も容赦のない踏み付けがテスカを襲う。
鈍い衝撃音と共に地面へ血溜まりが広がっていく。やがて、テスカはピクリとも動かなくなった。
「テスカ……」
ロザリーは、目の前の凄惨な光景に震える声で呟く。
その胸中を占めるのは、底知れぬ恐怖。しかし、それ以上に五臓六腑を焼き尽くさんばかりの激しい怒りと、ザギへの猛烈な憎悪が湧き上がっていた。
「……お前ぇっ!!」
「オイオイオイ。なんだあその目はあ?」
「皆を……テスカを!!絶っっっっ対に許しませんわ!!」
「許さないから何だあ?闇の力が使えるからって調子こいてんじゃねえぞクソガキがあ!!」
ザギはロザリーを文字通り捻り潰そうと一歩踏み出す。
──その時であった。
「!?」
肉を抉り、骨を穿つような鋭い激痛がザギの足首を襲う。 見下ろすと、事切れた筈のテスカが何かをザギの足に突き刺していた。
それは、先程ロザリーが折ったザギの爪であった。
「なあっ!?」
「……御自慢の爪は、どうやらお前自身の硬い体にも通用するみたいね?」
そう言ってテスカはニヤリと笑う。
「こ、このクソア……」
ザギがテスカの胸倉を掴んで起き上がらせるために腕を動かそうとすると、その腕は不自然に震え出した。直後、急に力が抜けたように膝を落とす。
「な、なんだあ……?」
「オマケで猛毒も塗っておいたわ。人間相手ならイチコロのね。死ぬまでには至らなかったようだけど、身体能力を奪う程度の効果はあるみたいね?」
「ぐ、ぐぅぅ、体が震え……痺れ……」
完全に動きの止まったザギを見て、テスカは声を張り上げる。
「お嬢様!!今です!!」
再びロザリーの周りの時間が静止する。
本当に時が止まったのか、ただそう感じるだけなのかは分からない。
だが、ロザリーはその瞬間に自らの全てを込めた。
「ダークアロー!!」
渾身の力で放たれたロザリーの闇の矢。
それは勢いよくザギの体を貫いた。




