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第15話 ロザリーと初めてのダンジョン探索

 ロザリーたちが向かうダンジョンへと同行するのは、当初はエリオだけの予定であった。


「お嬢様!今回はワタシも絶対に同行しますです!」


 瓶底眼鏡を鈍く光らせながら、そう強く主張したのはテスカである。

 彼女がそう言って頑なに譲らないのは、ロザリーがケイオスベアーに襲われた一件が尾を引いているのだろう。

 主のピンチの時、その側にいられなかったことを今も悔やんでいるに違いない。


「ワタクシは別に構わないのですけれども……」


 ダンジョンへの移動には馬車を使うのだが、馬車は六人乗りであった。

 テスカを入れてしまうと定員オーバーとなり、馬車をもう一台出す必要が生じる。

 自分の馬車であるならばともかく、他者のものに乗せて貰っている以上は、いくら友人であっても言い難いことであった。


(未来のワタクシならば、そんなこと一切考えないで言っちゃうんでしょうけれども)


 そもそも「天啓」の中のロザリーにはそういった友人はおらず、テスカも早々にクビになっているため、絵空事でしかない。


「あ!そうです!お嬢様、ワタシの膝の上に座って下さいです!それならばワタシも乗れますです!」


「オイ。主人を辱めるようなことを提案すんなですわ」


 幼い頃ならともかく、十四歳の体でそれはあまりにみっともない。

 ロザリーは少しだけその姿を想像し、すぐに頭をぶんぶんと横に振って打ち消した。


「ロザリーさん。連れて行きたいのであれば、貴女のメイドを連れて行けばいいと思いますわ。元々、馬車は二台あるのですし、無理に一台で行くこともありませんわね」


「グレアーさん。本当によろしいんですの?」


「ええ。その程度は迷惑でも何でもございませんわ」


 グレアーの言葉に御者も「お任せを」とばかりに快く頷いてみせる。

 ロザリーは感謝の念を抱いた。


「では、テスカ。同行を許可します。ワタクシをしっかりと護って下さいましね」


「はい!勿論でございますです!」


 テスカは胸を張り、キラキラと目を輝かせながら答える。


「テスカ、お嬢様を頼みましたよ」


「……この命に代えても!」


 ジュールの託すような言葉に対し、テスカは力強くそう返した。その声に一切の迷いはない。


 そうして出発した一行は、木々の生い茂る山道を馬車で移動すること一時間程で、目的のダンジョンへと辿り着く。

 目の前にある入り口は、ありふれたただの洞穴に過ぎず、それも注意深く観察しなければ見落としてしまいそうであった。


「ダンジョンは勝手に人が入らないように衛兵とかが置かれているものだと聞くけど、ここにはいないようだね?」


「見ての通り、小さなダンジョンだからですね。王国も中規模以上のダンジョンであれば管理していますけど、このくらい小規模のものとなると未発見のものも含めて数え切れない程にありますから。それに、ダンジョンは次から次に生まれてくるものです。その全てに衛兵をとはいかないのでしょう」


 カッセルの疑問に対して、レイピアを携えたエリオが答える。

 推察の体を取っているが、当事者の言葉なだけにこの辺は実際の王国の内情なのだろう。


「ダンジョンって生まれるものなの?」


 ダンジョンの入り口を指差しながらミシェルが尋ねる。


「はい。一般的にダンジョンと呼ばれるものは自然発生したものが主です。何も無かった場所にある日突然入り口が現れるそうで、それはこのような洞穴であったり、地下へ続く階段であったりと、様々な報告例があるんですよ。どういった仕組みなのかは未だ解明されていないようですけどね」


「へえ〜、ダンジョンって所謂太古の昔からそこにあるものだと思ってた」


「勿論、長い歴史を持つダンジョンも存在します。でも、不思議なのは、ぽっと出のダンジョンであっても、その奥には古い歴史を感じさせる遺物や建造物があったりすることですね。そのことからダンジョンの出現とは、あくまで入り口が我々に認識出来るようになるだけなのだという説もあるそうです」


「流石はエリオ兄さん。博識だね」


「古物商ですからね。ダンジョンへ潜るのも仕事の一環ですし、知識として持っていて損はないという奴ですよ」


 からかうように言ったカッセルの言葉にそう返すエリオ。

 確かにエリオはよく知っている。

 こうしてカッセルの護衛を任される程の立場ともなると、そのくらいの知識は持つものなのだろうか。


(或いは、あのエリオと名乗る方は元々は古物商だったか、身内がそうだったのでしょうね。テスカの言う、別人を装う時のボロが出にくいやり方って奴ですわ)


 そんな風に考えていると、ロザリーはついカッセルたちを気にしてしまっている自分に気が付いた。

 彼が自身の命運を握る人物である以上、注視するのは仕方のないことではあるものの、あまり詮索をしているような素振りを見られてしまうとそれこそ藪蛇という奴であると慌てて視線を逸らす。


「……こうして突っ立ってるのも何だし、そろそろ入らね?」


 ダイルに促され、ロザリーたちはそれもそうかとダンジョンの中へと入った。

 通路の横幅は大人三人程度で、高さも頭上を気にする必要がない程度には確保されている。特に分かれ道もなく、ロザリーたちは順調に奥へと進んで行った。

 暫くすると、ロザリーたちの進行方向の先にプルプルとしたゼリーのような青い物体が見える。


「あ、スライム!」


 ミシェルが声を上げる。

 皆が構えると、その気配に気が付いたのかスライムはピクリと反応を見せるも、すぐにロザリーたちから離れて行った。


「あれ?逃げちゃった……」


 ミシェルは拍子抜けといった感じで見送る。


「スライムは確か厄介なモンスターだと聞いておりましたが?」


 グレアーが不思議そうに首を傾げた。


「あのスライムはそういった類のものではないですね。無害な方のスライムです。基本的に敵意はないですし、臆病な性質なので自分たちよりも大きくて動く存在に対してはあのように逃げることを優先します。また、彼らは生き物の生き死にを見極めるのに長けていて、死骸をその体に包んでは溶かし、消化してしまう。そういった特性から『ダンジョンの片付け屋』と呼ばれることもあるそうですよ」


 エリオの回答にグレアーは感心したように眉を上げる。


「なるほど……。勉強になりましたわ」


「エリオさん物知りー!」


 ミシェルが目を輝かせながら何処か猫撫で声で言った。

 どうやら彼女は知的な男性が好みなのか、この短い時間ですっかりエリオにぞっこんといった感じだが、エリオの方はそれに気付いているのかいないのか、ただ優しげな笑みを浮かべるのみである。

 その後もダンジョン内は一本道であり、似たような景色が続いていった。


「……しっかし、ダンジョンって言っても、こんなんだと流石に退屈だな」


「最初は物珍しかったですけどね。罠も無ければ、大したモンスターもいないとなると、ただ通路を歩いてるのとそんな変わらないですね」


「だな。もっと刺激が欲しいというか……」


 ダイルとカッセルが交互にそう愚痴るように言った。

 本当の冒険であるならば命取りになりかねないような会話であるが、半ば観光気分なのと、危険に遭遇しない以上は緊張感も薄れるというもの。


「あ!?」


 そんな折、テスカのドジが発動した。

 何も無いところに器用に足を引っ掛けて転びそうになると、思わず壁に手をつく。


「もう!何をやってるんですの、テスカ?」


「も、申し訳ございませんですお嬢様……あ!?」


 突如としてテスカが手を置いた部分が凹み、次の瞬間には壁が音を立てて崩れ落ちた。

 砂煙が晴れた後、現れたのは新たな入り口であった。


「え?え?どういうこと?」


「おいおい、これ、もしかしなくても隠し通路って奴じゃねーか!?」


「ですね!」


 急な出来事に狼狽えるミシェルとは裏腹に、男子二人は目に見えてテンションを上げている。

 単調だったダンジョン探索に新しい風が吹いたのだから無理もない。


「なあ、ちょっとこの先を見に行かないか?」


「いいですね!行きましょう!」


「ちょっと貴方たち!」


 二人だけで盛り上がっているところへグレアーが釘を刺すように声を張り上げた。


「どう考えても私たちの判断だけでこの先に行っていいとは思えませんわ」


「そうですよ、カー……いえ、カッセル。テスカさんの偶然で今までただの壁だったところにこの入り口が露見しましたが、つまりはここから先は未踏の地ということです。どんな危険があるか分かりませんし、保護者としては許可出来ません!」


 エリオもグレアーへ続く。

 それまで柔和な態度を崩さなかった彼であったが、この時ばかりは厳しめの表情であった。


「ちょっと見に行くだけだよ。それに、いざという時はエリオ兄さん(・・・)が護ってくれるんだろ?」


「〜〜〜〜!!」


 カッセルのその言葉に対して、エリオは言いたいことはあるが言えないといった表情で視線を返す。

 少しして観念したように「ハァ……」とため息を吐いた。


「……分かりました。少しだけですよ?何かあればすぐに引き返しますからね?」


「話が分かるね、エリオ兄さん(・・・)


 カッセルは満面の笑みを浮かべる。


(あの御方も苦労されてるのですわね)


 ロザリーは率直にそう思った。


「というわけだから、皆さん行きましょう!」


 カッセルは言質を取ったとばかりにいたずらっ子っぽい笑みを浮かべながら皆の顔を見回す。


「おう!未知の場所へいざ行かん!」


「……はあ、本当男子だね、君たち」


「じゃあ、ミッキーはここで待ってな。俺とカッセルとエリオさんの男三人だけで行くから」


「行かないとは言ってないでしょ!仲間外れにすんな!」


 むっと頬を膨らませるミシェルを尻目にダイルはグレアーの方へ顔を向けた。


「グレアー嬢はどうだ?」


「私は危険かも知れない場所へ好んで行く趣味はございません。それに、もしも貴方たちに何かあった時に助けを呼びに行ける者が一人は必要でしょう?その役目を私が引き受けさせて頂きますわ」


「そうか。まあグレアー嬢らしい判断だな」


「ロザリー様はどうされます?グレアー様のように残られますか?」


「ワタクシは……」


 ロザリーも可能であれば、危険に自ら飛び込む真似は避けたかった。今でも処刑される未来を変えようともがいているのだから尚の事である。

 だが、一方でこの未知なる冒険に心躍る自分がいることにも気が付く。


「……まあ、少しだけでしたら」


「おお。何処ぞの石頭お嬢様と比べて話が分かるなロザリー嬢!」


「誰が石頭なのかしら?」


「ほらほら、そういう風にすぐ眉間にシワ寄せるところ」


「……では、私は入り口の方へ戻らせて頂きます。日が暮れるまでに戻って来ないようでしたら……いえ、言霊というものがありますわね。不吉な仮定は控えておきますわ。必ず戻って来て下さいましね」


 そう言って引き返すグレアーを見送った後にロザリーたちは隠し通路へと入っていった。

 より深い闇の中を暫く進むと、やがて視界が開け、広々とした空間へと行き着く。


「うわあ……」


 洞穴の中の筈なのに先程までが嘘みたいに明るく、その場から遠くの方まで見渡すことが出来、まるで昼間のようであった。

 一同の視線はある建造物へと集まる。


「あれは……城?」


 そこはかなり朽ちていたが、それでも原型を保っており、まるで古代の城のようであった。

 あまりにも幻想的で圧倒的な存在感に誰もが言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしている。

 そうして気を取られていたからか、忍び寄る気配に気付く者はいなかった。


「……!!囲まれてますです!!」


 テスカの言葉に周りを見回すと狼のような生き物がロザリーたちを四方八方から睨み付けていた。普通の狼と違うのは全身から何か瘴気のようなものを発しているところである。


「……こいつらは魔狼。魔獣です!」


 エリオはすかさず前に出ると、ロザリーたちを背に庇うようにし、すぐにレイピアを鞘から抜いて構えた。


「くっ、魔狼は気配を殺すのが上手いとはいえ、これは私の不覚……!皆さん、私から離れないで下さい!」


 魔狼たちはあの時のケイオスベアーのようにすぐに襲い掛かろうとせず、様子を窺うかのように唸り声を上げている。


「ハッハッハッハ!!!!」


 そんな中で、突如大きな笑い声が響いた。

 声のする方へロザリーたちが視線を向けるとそこには何者かが立っている。


「まさか、人間どもが迷い込んでくるとはな!!」


 そう言いながら二足歩行でこちらへ向かってくるのは、喋る「獣」であった。

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