第14話 ロザリーとグレアーの別荘
ロザリーたちがグレアーの別荘へ行く日になり、一同は早朝に学園へ集合した。
なお、ミシェルとダイルは事前に言っていたように使用人などを連れて来てはおらず、集合場所に着くなり二人はそのことを謝る。
そして、年上の従兄弟を誘うと言っていたカッセルの横にはメガネを掛け、長髪を後ろに束ねた青年が立っていた。
「彼は、エリオ。僕の従兄弟で、普段は流れの古物商をやってるんだ」
「皆様、初めまして。エリオと申します。カッセルがお世話になっているようで」
カッセルからの紹介を受けて、エリオと名乗った青年はそう丁寧に頭を下げる。
「エリオ兄さんはこう見えて腕もそれなりに立つよ」
「いえいえ。あくまで自分の身を守れる程度です。町から町への道中は危険がありますからね。勿論、こうして旅の道連れとなったからには、皆様のことは全力で守るつもりです」
そう言ってエリオは人当たりの良さそうな笑みを浮かべた。
「……お嬢様。あの方、普通にしているように見えますが、その所作の一つ一つが洗練されておりますです」
「ある程度の隙を見せてはいますが、恐らく油断させるための罠でしょうな。只者ではないと思われます」
テスカとジュールがそれぞれ小声で耳打ちしてきた。
ロザリーの予想通り、あのエリオという青年はカッセルの護衛で腕の立つ者なのだろう。
「皆も揃いましたし、早速出発いたしましょう」
グレアーが皆へ向けて言った。彼女の用意した二台の馬車へそれぞれ乗り込んで現地へと向かう。
馬車の内訳は、片方がロザリー、ジュール、テスカ、ミシェル、ダイル。もう片方がグレアーとその執事にメイド、カッセルとエリオという組み合わせになる。
別荘まではまだ大分時間が掛かるため、車内は自然と雑談タイムになった。
「……そう言えば、ロザリーの執事とメイドにこうして面と向かい合うのって初めてだね」
ミシェルはロザリーの両脇に座るジュールとテスカを交互に見ながら言った。
「ジュールさんにテスカさん、だっけ?改めまして、私はミシェル。貴族の四女だし、二人ともロザリーの従者だからあまり畏まらなくてもいいよ」
「いえいえ、ミシェル様。流石にそうはいきません。ですが、その御心遣い。そして、お嬢様と仲良くして下さっていることには深く感謝申し上げます」
ジュールは深々と頭を下げる。
「もう!ジュールったら、大袈裟ですわよ!」
ロザリーはそう言ってぷいっとそっぽを向いたが、その耳たぶはほんのりと赤く染まっており、嬉しさと気恥ずかしさが同時に込み上げてきたのを隠しきれていない様子であった。
「アハハハ。……あれ?ダイル、なんか何時もより大人しくない?」
「え?そ、そんなことね……いや、ないぜ?」
窓の外を見るフリをしながら、先ほどからチラチラと対面に視線を送っていたダイルは、急に話を振られてそう答える。
「何でそんなキョドってんの?あ!もしかして……」
ミシェルはダイルの視線の先を見てニッと笑い、そっと耳打ちする。
「……テスカさんに惚れちゃった?」
「ば!バカ言うなって!!」
慌てるダイルにミシェルはますますニヤニヤと笑った。
「……?どうされました?」
「い、いえ!何でもないです!ないです!!」
テスカの問い掛けに、ぶんぶんと大きく首を横に振るダイル。誰が見ても、怪しさしか感じない反応であった。
その後も、ミシェルによるダイルへのからかいや別荘に着いてからの予定についてなど、会話にひとしきり花を咲かせ、馬車に揺られながら数時間。
丁度お昼の時間には目的地へと到着する。
「ここが、グレアーさんの別荘……」
目の前の屋敷は、ちょっとした街の宿ほどもある大きさで、いかにも年季の入った佇まいを見せていた。
一見すると古風だが、近付いてみれば壁も窓も驚くほど綺麗に磨かれており、今も誰かが暮らしているかのように手入れが隅々まで行き届いている。
また、立地についても森という程ではないが、屋敷を囲む適度な木々は夏の容赦ない暑さを和らげ、涼し気な風と清澄な空気を運び、微かに混じる潮の香りが海の存在を主張していた。
「いいところですわね……」
ロザリーは思わずそう口に出していた。
叔父夫婦の屋敷も森林に囲まれてはいるが、あちらは何処か鬱蒼としており、ここのような爽やかさにはやや欠けている。
「お褒めに預かり光栄ですわ。ロザリーさん」
グレアーは満足げに目を細め、令嬢らしく優雅に一礼をする。
側には若く有能そうな執事と生真面目そうなメイド。普段、学園内で彼女が伴っている二人が立っていた。
「とはいえ、ここは両親の……というよりも父が受け継いだ別荘地と屋敷。私自身の自慢にはなりませんわね」
「でも、スゴイし、最高だよグレアー!」
ミシェルがまるで幼子のようにはしゃぎながら言った。
「ああ。ここだけでウチの家くらいはあるんじゃないか?」
そう言って手をかざしながら屋敷の外観をじっくりと見回すダイル。
「いやあ、こんな大きなお屋敷で過ごすなんて緊張しますね!」
カッセルが圧倒されたように言い、隣に立つエリオも頷く。
そんな二人にロザリーは何処かわざとらしさを感じてしまうが、それはもう仕方のないことだろう。
せめてそれが顔に出ないようロザリーは努めることにする。
「グレアーお嬢様、お帰りなさいませ! お元気そうで何よりです。ご友人方もようこそお越し下さいました!」
屋敷の玄関から一同を迎えたのは人の良さそうな中年男性であった。
「私は管理人のブラッシュです。心を込めておもてなしさせて頂きますね。さあ、中へどうぞ!」
ブラッシュに案内され、ロザリーたちは屋敷の中へ入る。
すぐに部屋割りを決め、各自荷物を運び終わった頃には昼食の時間となっていた。
屋敷には前日からグレアーの本邸に勤めている彼女の顔見知りの料理人が来ており、その腕を振るう。
産地のものを活かした料理の数々にロザリーたちは舌鼓を打った。
「この後、どうしようか?」
昼食後、ミシェルがそう言って皆の顔を窺う。移動の疲れも何のそのといった様子であった。
「海に行くのはどうだ?確かこの屋敷から近いんじゃなかったか?」
ダイルの提案にミシェルは首を振った。
「いやいや、海はメインディッシュの一つでしょ!初日に消化したら勿体ないよ!」
「まるでメインディッシュがいくつもあるような言い方だな。それに、一度しか行かないような物言いだけど、暫く滞在するんだから、海だって何度も行けばいいんじゃないか?」
「あれれ〜ダイルくん?そんなに海に行きたいのは、もしかして水着が目当てなのかな〜?」
「バッ!んなつもりねえよ!!」
「本当かな〜?」
ニマニマとした表情のミシェルはわざと分かるようにロザリーの背後に控えているテスカへ視線を向けてダイルを挑発する。
「……仮に水着が目的でも、お前の水着は目的じゃねえからなミッキー!」
「にゃにを〜!?」
その反撃には流石にプライドを刺激されたのか、ミシェルは返す刀の如くダイルを睨みつけた。
そんな二人のやり取りをやれやれといった様子で見ていたグレアーが呼び鈴を鳴らすと、食堂の壁際で静かに控えていたブラッシュが前に出て来る。
「ブラッシュ」
「はい、グレアーお嬢様。何でしょう?」
「貴方この辺に詳しいでしょ?今から出掛けるのにいい場所はないかしら?」
「そうですねえ……」
ブラッシュは少し考えた後、口を開いた。
「で、あるならば『ダンジョン』などはどうでしょうか?」
ダンジョン──大地の底に口を開けた、未知の迷宮。それは突如として世界に現れ、人々を誘う。
内部は複雑に入り組んでおり、その先はかつての文明が築いた遺跡や神殿などへと繋がっているという。
眠る財宝や、まだ見ぬ秘宝の噂に突き動かされ、冒険者たちの探索は日夜途絶えることがない。
「ダンジョン……?あまり穏やかな響きじゃありませんわね?」
ブラッシュの思わぬ提案にグレアーはそう返す。
「ダンジョンと言いましても、規模が小さいですし、弱くて無害なモンスターしか生息していない、かなり安全性の高いものでしてね。この辺では子供の遊び場にもなってるくらいですよ。ここからそう遠くもないですし、軽い冒険感覚で丁度良いかと思いましたが、如何でしょう?」
「ダンジョンかあ。いいんじゃね?子供だけで潜れるくらいなら俺たちなら問題ないだろうしな」
「うんうん!ダンジョンなんて、行く機会早々無いしね!」
ダイルとミシェルはその提案に乗り気であった。
「ロザリーはどう?」
「え?ワタクシ?そうですわねえ……」
ミシェルに聞かれ、ロザリーは少し考える。
確かにこんな機会でも無ければ、ダンジョンに潜ることなど無いだろう。
ケイオスベアーの件が一瞬頭を過ったが、あの頃よりも闇の力を使えるようになった自負に加え、今回は生徒五人だけではない。
「ダンジョンに全く興味が無いと言えば嘘になりますわね。それに、保護者同伴ということならば、ワタクシが断る理由はございませんわ」
「ロザリーからの一票ゲット!保護者についてはカッセルの従兄弟のお兄さんとか連れて行けばいいかな?」
「とのことだけど、来てくれるかな?エリオ兄さん?」
これまた意外と乗り気なカッセルが上目遣いで隣に座るエリオへ尋ねる。
「……やれやれ、仕方無いですねえ」
そう言うエリオの表情は「またか」と言いたげであった。
この短いやり取りでロザリーは何となくこの二人の本当の関係性を察する。
「……皆さんが行くのであれば、私も行かせて頂きますわ。一人で留守番というのも面白くありませんし」
最後にグレアーも同意する。
渋々といった感じは出しているものの、決して嫌がっているわけではないという塩梅であった。
「じゃあ、少し休んだら皆でダンジョンへ向かってゴーだね!」
ミシェルがそう音頭を取って、その場は一時解散となった。
束の間の休息の後、ロザリーたちはそれぞれの準備を整え、屋敷を出たのであった。




