第13話 ロザリーと始まる夏休み
ミングとの出逢いを切っ掛けにロザリーは闇の力の使い方をその身で覚えた。
あの後もロザリーは毎日とは言わずとも、週に二、三度程ミングの研究室へと通っては、彼から闇の力についての講義を受けたり、実技練習などに励む。
その甲斐もあってか、今は以前よりも闇の力を使うことが出来るようになったり、新しい力にも目覚めていた。
「……おやおや、またか。楽しくなってきたところなのに忌々しいねえ」
ジリリリリと鳴る懐中時計を睨みつけながらミングは愚痴る。三回に一回はこうして中断が入り、早く終わる日があるのだ。
「前から気になってはいたのですけれども、その用事って何ですの?」
「なあに、ボクも一応教師なんでね。仕事ともなればずっと好きなことをしていられるわけじゃないということさ。ヒヒヒ」
質問に答えたようで答えていないような言葉で返される。
不服にこそ思わないものの、基本的にハッキリとものを言うミングにしてはらしくないなとロザリーは思った。
「……へー、そんな先生がいるんだね」
ロザリーから話を聞いたミシェルがお茶請けのクッキーを頬張りながら言った。
「この学園は広いですし、先生も多いですからね。まだ私たちが会っていない先生も多くいるでしょうね」
グレアーはそう言って彼女が伴った使用人の淹れた紅茶へ優雅に口をつける。
ここは、学園内の一スペース。
魔獣討伐の実習以来仲良くなったロザリー、グレアー、ミシェルの三人は、一日の授業が全て終わった後に寮へ戻るまでの時間はここで過ごしていた。
定期的にお茶やお菓子を嗜みながらこうして雑談に興じている。
「そんなことよりも、もうすぐ夏休みだよ!」
ミシェルは目を輝かせながら言った。
季節は夏真っ盛り。この時期に学園では一ヶ月程授業は休みとなる。
この長い休日を心待ちにしている生徒は多く、当然のようにミシェルもその一人であった。
「……ミシェルの前ではワタクシの闇の力も『そんなこと』なんですのね」
ロザリーが少し拗ねたような感じで言うと、ミシェルはアワアワし始める。
「そ、そんなことないって! ロザリーの闇の力も大っっっ事なことだけど、夏休みもそれと同じくらい大事なことで……」
「冗談ですわ。寧ろ『そんなこと』と思ってくれた方が気が楽というものですわ」
「もうロザリー!!」
ふくれっ面のミシェルを見てロザリーはクスクスと笑った。
「……夏休みはいいですけども、その前に試験があることをお忘れで?」
グレアーはそう言うと、手に持ったティーカップをゆっくりと置いた。
「うえええ。忘れてたー……」
ミシェルは目に見えてげんなりした顔になる。
「二人はいいよねえ。頭良いし」
「学生としてすべきことをしているだけです」
「ワタクシも勉強は嫌いじゃないですわね」
当然と言わんばかりの二人の様子に、ミシェルは小さくため息を吐いた。
「……そういうところが凄いって自覚を持った方がいいよ二人とも」
「……御言葉を返すようですが、ミシェルさん。貴女、私たちと同じ特待クラスですよね?」
グレアーは訝しげな目でミシェルを見る。
「アハハハ。私、勘だけは冴えてるんだ」
「……………………」
信じられないと言いたげな表情で固まるグレアー。
ミシェルの突飛な言動にこうして振り回されるのが、いつの間にか彼女の定番みたくなりつつあった。
「そんなことよりも、夏休みの予定だよ!ねえ、皆で予定を合わせて何処かに行かない?私は半月くらいは帰省しないといけないんだけど、その後は自由だからさ!」
ミシェルは身を乗り出し、強引に話題を変える。
ここで言う「皆」とは、カッセルやダイルも含めてという意味だろう。
「私も二週間程ヴラム領の本邸へ帰る予定ですが、学園へ戻った後は特に私を縛る用事もございません。その上で皆様の足並みが揃うのであれば、そのご提案について私としては吝かではありませんわね」
泰然とした様子でグレアーが答えた。
夏休みの間はミシェルとグレアーのように帰省する生徒も多い。
「ロザリーは?」
「ワタクシは帰省の予定はありませんので、何時でも大丈夫ですわ」
あっさりとした様子でロザリーは言った。
ジュールとテスカがこちらにいる以上、叔父夫婦とその息のかかった使用人たちが蔓延るあの屋敷に戻っても、ただストレスが溜まるだけだろう。
アンネに会えないのだけ残念だが、それ以外は屋敷へ戻るメリットは無いに等しい。
「そ、そうなんだ……」
友人とて踏み込んでいい話題ではないと直感したからか、ミシェルはそれ以上何も聞かず、仕切り直すように威勢よく両手をパンと叩く。
「じゃ、じゃあ、後はカッセルとダイルだね!」
カッセルの名前を聞いてロザリーはふと思った。
(殿下も夏休みは暇なのかしら?)
とはいえ、カッセルがああして平民を装う以上、そういったスケジューリングで調整している筈で、誘いを受けるにしても断るにしても不自然な形にはしないだろう。
「予定がこう形になってくると、俄然楽しみになってくるよね!」
ミシェルは声を弾ませた。
試験のことを忘れたのか、考えないようにしているのか。その笑顔からは読み取れない。
(皆と一緒に……)
入学前のロザリーには想像出来ない光景であった。
ただでさえ闇の力などというものを抱えているのだから、忌避されこそすれ、こうして語らい合うことすら叶わないのではないかと思っていたのだ。
だが、今のロザリーには、こうして側にいてくれる人たちがいる。
(……楽しい夏休みになりそうですわ)
じわじわと込み上げる幸福感に、ロザリーは口元が緩むのを抑えられないでいた。
──それから、時は過ぎ行き。
ミシェルが恐れていた試験も何とか終わりを告げ、待ちに望んだ夏休みが幕を開ける。
あの後、いつの間にかミシェルは例の計画をカッセルとダイルにも話していたみたいで、二人共スケジュールを合わせてくれるとのことであった。
隠しているとはいえ本来ならば王族という立場上、断る可能性も大いにあったカッセルだが、乗り気で即答したという。
(……殿下は、もしかしてこの機会に遊ぶ気満々なのでは?)
と、ロザリーは訝しむも、「天啓」のことがあって何処か苦手意識を持っていたカッセルとは、あの日以来打ち解けられたような気がしていて、彼が参加してくれること自体は素直に嬉しかった。
そして、肝心の行き先については、意外なことにグレアーから提案がなされる。
「学園からそう遠く離れていないところに両親の別荘がございまして。一応と頼んでみましたら問題ないとのことでした。海も近いですし、皆で……というならば丁度よろしいかと」
願ってもいないことで、皆二つ返事であった。
こうして行き先も決まり、最後に学園へ届け出を出す段階になって一つの条件が提示される。
それは保護者の同伴であった。
学園も普段ならば学生の休暇中の行動に干渉などしないのだが、ケイオスベアーの件があった以上、教師の目が届かない場所へ学生だけで赴くことには難色を示したのである。
「その辺は使用人でよろしいかと。元々、連れて行くつもりだったので、特に問題は無いですわね」
それに対してグレアーは事もなげに言った。
ただ、一人だけというわけにはいかず、かといってそんなに大勢引き連れるわけにも行かない。
「うーん。私は連れて行けて一人くらいかなあ?私って四女だからさ、自分の一存で旅に連れ出せるような使用人っていなくて。言いだしっぺなのにゴメンね」
「それを言うなら俺もだな。恥ずいから今まで言ってなかったんだが、うちは貴族と言っても貧乏な方の貴族で、俺の裁量で連れ出せる程には使用人に余裕ないんだよ」
ミシェルとダイルが申し訳なさそうに言った。
「僕は、たまたま夏休みを利用してこちらへ来る予定の年上の従兄弟がいるから、彼を誘うことにするよ」
カッセルはにこやかに言った。
本当に従兄弟ならば王族である可能性が高いが、ただでさえ身分を隠しているのにそんな人物を連れてくる筈がない。
恐らく、彼の正体を知る年上の側近か護衛の者を「従兄弟」ということにして連れて行くのだろう。
と、ロザリーは思った。
「私はメイドを一人と執事を一人でしょうか。多過ぎても移動に困りますからね」
「ワタクシもグレアーさんと同じですわね」
グレアーに続いて、ロザリーもそう告げる。
ロザリーはジュールとテスカを連れて行く予定であった。
「では、確実に同伴出来る保護者は私とロザリーさんの執事とメイドの四人ということですね。次いでカッセルさんの従兄弟といったところでしょうか?ミシェルさんともう一方は連れて来れない可能性が高い……と、それで良いですか?」
「うん、ゴメンねー」
「……なんか俺には当たり強くないか?グレアー嬢」
「気の所為です」
素っ気なくそう答えるグレアーに、ダイルはやれやれと肩をすくめて見せる。
そうして、ロザリーたちは学園の出した条件をクリアして許可を貰う。
これでようやく、待ちに待った友人たちとの夏休みが始まろうとしていた。




