第11話 ロザリーと友情の光、そして陰謀の影
ロザリーは夢を見ていた。
夢の中のロザリーも魔獣討伐の実習を受けていたが、班の者たちと逸れたのか、それとも自ら離れたのか、一人で行動していた。
やがて夢の中のロザリーはケイオスベアーと対峙する。
恐怖と絶望に顔を歪ませたロザリーは闇の力を目覚めさせ、それを以てケイオスベアーを殺した。
そのことが彼女に自信をつけたのか、或いは闇の力に魅入られたのか。
以降の夢の中のロザリーは闇の力を人を痛め付けること、陥れることに用いた。
気でも触れたのかと思う程の高笑いと共に……。
「……………………ん」
「お嬢様!!」
ロザリーの視界が開けるよりも前にテスカの声が耳に入ってくる。
「良かったぁ……お嬢様目を覚ましましたです!!」
「テス……カ?」
「はい!テスカはここに!!」
「お嬢様……本当にようございました」
テスカの後ろに立つジュールが噛み締めるように言った。
「ジュー……ル?ここは……?」
「ここは医務室でございます」
「……!!み、皆は!?」
「皆様、無事でございます。お嬢様が目覚められたと知りましたらすぐに来て下さるかと」
「……そう。本当に良かったですわ」
四人の無事を知り、ロザリーはホッと胸をなで下ろす。
「ワタクシ、どのくらい眠っていたのかしら?」
「丸一日程にございます」
「そんなに……道理で頭がズキズキと少し痛みますわ」
「うう……。ワタシがお嬢様の側にいればこんなことには……」
「テスカ。その思いはこの私とて同じ。ですが、授業に使用人が同伴出来ないのは学園の規則故、それは叶わなかったこと。今はその後悔よりもすべきことをなさい」
「は、ハイ!では、ワタシ、皆様方にお嬢様が目覚められたことを伝えに行ってきますです!」
テスカはそう言うと素早く医務室から出て行った。
少しして、カッセルたちが駆け込むように医務室へと入って来る。
「ロザリー様!」
「ロザリー嬢!」
「ロザリーさん!」
「ロザリー!」
四人が一斉にロザリーの名を呼ぶ。
全員が心配そうな、同時に安堵した表情を浮かべていた。
「良かったぁ。ロザリーが無事でホント良かったぁ」
涙を溢しながら、それでも嬉しそうに笑うミシェル。
「ロザリー様のお陰で僕たちは助かりました」
裏表のない感謝を述べるカッセル。
「こいつぁ、大きな借りが出来ちまったな、ロザリー嬢!」
照れ臭そうにしながらも白い歯を見せて笑うダイル。
「貴女は私の……いえ、私たちの命の恩人ですわ」
そう言ってロザリーの手を取る涙目のグレアー。
皆がそれぞれの言葉でロザリーに声を掛ける。
(……皆を助けられて本当に良かった)
ロザリーは心の底からそう思った。
それだけにどうしても確認せざるを得ないことがあった。
「……皆は怖く、ありませんでしたの?」
「え?」
ミシェルが首を傾げた。
ロザリーは消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。
「ワタクシのあの力……。悍ましく禍々しい闇の……。あれを見て、ワタクシを化け物だとは、思わなかったのですの?」
先程の四人を見れば、わざわざそんなことを聞く必要など無い筈なのに、それでもロザリーの口はその言葉を発していた。
もしかしたら本心では無いのではないか。そんな疑念がどうしても彼女の中で拭えない。
それ程に自分の意思で行使した闇の力が、ロザリーにとっては恐ろしかったのだ。
「……そりゃあ、実際に見たら想像以上にやべえ力だなってのは正直思ったぜ?」
ロザリーの問いに対して一番に答えたのはダイルであった。
「でもさあ、あの状況で一番やばかったのって誰がどう考えてもケイオスベアーの方だろ?それを追い払ってくれたんだから、グレアー嬢の言うようにロザリー嬢は俺たちの命の恩人って方が大きいね」
「僕も彼と同じ意見です」
カッセルが真剣な目をロザリーに向けた。
「確かに闇の力は尋常ではないものでした。でも、ロザリー様がその力を振るったのは僕たちを守ろうとしてだったじゃないですか。感謝こそしても恐ろしいなんて思わないですよ」
「そうだよ!」
ミシェルは食い気味にカッセルの言葉に同調するとロザリーのベッドへ身を乗り出す。
「闇とかそんなん関係ないって!ロザリーが私たちのためにやってくれたってことの方がよっぽど大事!!」
「……ミシェル」
「アハハハ、初めて名前呼んでくれたね!」
ロザリーは言葉の代わりにミシェルへ微笑みを返した。
これまでのやり取りでロザリーは胸が熱くなるのを感じていた。
「ロザリーさん。一つ尋ねてもよろしいでしょうか?」
その時、グレアーがそう口を開き、その真剣な眼差しを真っ直ぐにロザリーへと向ける。
「貴女はその力を……闇の力を私たちに向けますか?」
「……そんなこと、絶対にしませんわ」
ロザリーはグレアーの目をしっかりと見ながら、ゆっくりとそして力強く答えた。
それが本心からの言葉であるとグレアーに、ひいては皆へと伝えるかのように。
「……でしたら、私からは特にございませんわね。助けて頂いたこと、改めて感謝の言葉も無いですわ」
グレアーはそう言うと深く頭を垂れた。
ロザリーが闇の力を行使したことに忌避を示す者は一人としてここにはいない。
皆の温かい言葉が、ロザリーの不安や恐れを和らげる。
「皆さん……。本当に有難う……ですわ」
目を潤ませながらロザリーはその言葉を伝えた。
少しして、あの後どうなったかについてロザリーが尋ねると、四人が説明してくれた。
ケイオスベアーが去り、魔道具の筒が使えるようになったことに気付いたカッセルたちが急いで緊急用の狼煙を上げると、セイヴァンとマグミスがすぐにその場へ駆け付けたのだという。
少しの雑談の後、四人は授業があると医務室から出て行った。ロザリーはまだ安静にとのことで、今日の授業は全部休むことになっているとのことであった。
「……明日のためにも今日はもう寝るとしますわ」
丸一日寝たというのに、不思議とまた眠気がロザリーを襲ってくる。闇の力とはそれだけ消耗するということなのか。
その力の目覚めへの不安はありつつも、それでも自分の身を案じてくれた四人への友情と傍らで見守ってくれているジュールとテスカの愛情を感じながらロザリーは瞳を閉じた。
──時は少し遡り。
ロザリーたちがケイオスベアーと遭遇した一件は学園の教師間でも問題になり、その日の内には緊急の会議が開かれた。
「……授業の最中、戦う術もろくに学んでいない生徒たちが上級クラスの魔獣と遭遇。死傷者が出なかったのが不思議なくらいです。その幸運の結果を以て良しとすべき事態でないことはお分かりですね?セイヴァン先生にマグミス先生。これは貴方たちの失態ですよ?」
きつい眼差しの老婆がそう厳しい言葉を投げ掛ける。
副学園長のゴルガナであった。
「返す言葉もございません……」
マグミスはそれだけ言って言葉を噤む。
一方、セイヴァンは対照的に毅然とした面持ちでまっすぐにゴルガナを見据えた。
「何を言っても言い訳にしかならないのは重々承知だが、それでも一つ言わせて貰ってもいいか?」
「何でしょう?セイヴァン先生」
「事前の調査では、まず間違いなくあの場所に洞窟は無かった。いや、認識出来なかった。だから仕方無いと言うわけじゃねえ。大事なのはそういう仕掛けをやった何者かがいるってことだ。この学園内にな」
セイヴァンのその言葉に会議室がざわめき立つ。
コホンと一つ咳払いをして、ゴルガナがそれを静めた。
「……何故、この学園内にいると?」
「逆に聞くが、外部の奴が学園内でこんなこと出来ると思うのか?この学園のセキュリティはそんな甘くねえだろ?」
「……貴方の仰ることは確かに一理あります。ですが、それならば一番疑わしいのは貴方とマグミス先生となりますね」
「な、何で俺とマグミス先生が!?」
「事前調査を行ったのが貴方たち二人だからです。洞窟の存在を隠して報告した。それならば、仕掛けなども不要でしょう」
「ご、ゴルガナ副学園長!誓って、私はそんなことしておりません!!」
「そんなの俺だって一緒だ!そんなことして俺に何の得があるんだ!?」
「マグミス先生はともかくとして。セイヴァン先生、貴方は元は冒険者でしたね?だとしたら、何者かからお金を積まれれば平気で我々を裏切るのではないですか?」
その言葉にカチンと来たのか、不機嫌そうな顔を隠さずにセイヴァンはゴルガナを睨みつける。
「おいおい、とんだ偏見だなあ!冒険者ってのは信頼が第一なんだよ!裏切りや捏造なんかするようなのがS級ランクまで上がれるわけねえだろ!」
「だから信じろと?……馬鹿も休み休み言いなさい。そもそも、我々の中にそんな非道なことをした者がいると最初に言い出したのは貴方ですよ?他人を疑うのであれば、自分が疑われる覚悟もすべきなのでは?」
「くっ!?」
「……ゴルガナ副学園長。その辺でいいでしょう」
クリフヴァルツが割って入る。
「学園長。まさか、貴方自らスカウトしてきた人材だからと彼を庇い立てするおつもりで?」
ゴルガナが訝しげに視線を向けると、クリフヴァルツは否定するかのように小さく首を振った。
「……そんなつもりはありません。ですが、何の物証もなく疑い合うのは互いにとって良くないという話です」
そう言うとクリフヴァルツはセイヴァンを一瞥する。
「セイヴァン先生も内部犯を疑うのであれば、状況証拠だけでなく、それに足る物証を示しなさい。それが出来ないのであれば、それはまだ言うべき段階にありません。分かりましたね?」
「……仰る通りです」
セイヴァンはそれだけ言うと、唇を真一文字に結んでそのまま黙り込んだ。
納得しているのか、していないのかはその表情からは読み取れない。
「二人の処分ですが……」
クリフヴァルツは渋々といった感じで深いため息を一つ吐く。
「セイヴァン先生とマグミス先生には三ヶ月の謹慎を命じます。粛々と過ごしなさい」
「「はい」」
セイヴァンとマグミスは二人とも反論することなくそれを受け入れた。
「さて、そんなことよりも大事なのは再発防止の対策です。それについて……」
その後の会議で、森を徹底調査し、安全が確認されるまで一時的に閉鎖することが決定する。
「では、これにて緊急の会議を終了とします。各々、やるべきことをやって下さい」
クリフヴァルツがそう言うと、参加者は全員立ち上がりそれぞれ部屋から出て行った。
「……学園長。処分が軽くはありませんか?」
まだ部屋に残っていたゴルガナがクリフヴァルツへそう問い詰める。
「生徒の……、いえ貴族の……特にカール王子の命を脅かしたのですよ?死罪になってもおかしくないと思いますが?」
「……そのことを知ってるのは私とゴルガナ副学園長。そして一部の教師だけです。罰を重くし過ぎれば勘づく者が出てもおかしくはないでしょう」
「それでも三ヶ月の謹慎は軽いかと」
「セイヴァン先生もマグミス先生も優秀な教師です。無駄にする道理はありません」
「……ケイオスベアーの件はやはりカール王子を狙ってのことでしょうか?」
「かも知れませんが、まだ可能性の段階です。そちらの件は貴女に一任しても?」
「……承りました」
それだけ言うとゴルガナはクリフヴァルツへ軽く頭を下げた後に部屋から出て行った。
一人残されたクリフヴァルツはまたも深いため息を吐く。
(……ハァ。恐らく、洞窟の隠匿はカール王子のことを知ってる教師たちの誰かか或いはその線から情報を得た者の仕業なのだろうな。信用してる者たちにのみ共有してた筈なのだが、国絡みとなるとそれでもこうなるか。全く、王国のゴタゴタに我々を巻き込まんで欲しいものだ)
クリフヴァルツは見えざる黒幕に向け、心の中で思い切り愚痴った。




