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第10話 ロザリーと闇の力の目覚め 前編

 学園内の授業は多岐に渡っている。


 魔法以外にも文芸、算術、言語、社会、生物、薬学、神学……といった一般的な座学に加え、貴族向けの領地経営や帝王学といった専門的なものもあった。


 数ヶ月も経つと、生徒たちは一通りの授業を体験し終え、慣れも出始める。

 ロザリーも授業については同様だったものの、クラスメイトとの交流となるとなかなか上手くはいっていなかった。


 特待クラスの同級生たちについて、現状はロザリーに接する者とロザリーに接さない者の二通りに分かれている。

 前者は好悪に関わらず、取り敢えずコミュニケーションは取ってくれるのだが、後者は触らぬ神に祟りなしとロザリーに近寄らない、近寄ればそそくさと距離を取ると静かな拒絶をその態度で示していた。


(うーん……。ワタクシとて、あまり露骨に避けられると流石に傷付きますわ)


 だからといって、変に煽られるのも当然ロザリーは快く思わない。


(今のところ軽口程度で明確な差別や侮蔑でないだけごくごくごくごく僅かにマシですけれども、ワタクシがどうというよりもそれを知ったテスカが暗殺者モードになる方が心配ですわ)


 実際、この辺についてテスカはロザリーに代わって憤慨していた。

 プンプンと怒るくらいならばまだ平和的で、一度静かに目を据わらせた時には、ロザリーも寒気を感じた程である。


(……ジュールが居なかったら、そのまま命を奪いに行きかねない雰囲気でしたわね)


 元来、優しく朗らかであろう彼女にそんな性質を植え付けた暗殺者ギルドの恐ろしさにロザリーは身震いした。

 だが、一方で有難みも感じている。


(テスカが代わりに怒ってくれるから、ワタクシは冷静になれるし、何よりもその気持ちを嬉しいと思う。そんな人が側にいるワタクシはきっと幸運ですわね)


 未来のロザリーにはそういった人物は恐らく全くいなかったにだろう。

 そうでなければ、あそこまで考え無しに凶行に走る理由が分からない、とロザリーは思った。


(まあ、後は従者以外でそういった方を増やせればよろしいのですけれども……)


 今のところは成り行きで友達宣言をしたカッセルくらいだが、その仲は特に進展はしていない。

 ロザリーから積極的に接するには正体を知っている分、畏れ多いのと、向こうも貴族と平民の立場の違いという体があるので、自分からは来ないのだ。


(うーん。友達ってやっぱり難しいですわねぇ……)


 そんな折、ロザリーのいる特待クラスには魔獣討伐の実習が課せられる。

 学舎から少し離れたところにある森へと一行はマグミスの引率で向かった。

 森の入り口には大柄な男が立っている。


「おお、来たか!この授業を担当するセイヴァンだ。学園内で見掛けたことくらいはあるだろうが、こうして皆の前でってのは初めてだな」


 顔や体に刻まれた夥しい数の傷跡が特徴的な中年の男性はそう言うと豪快に笑った。

 学園にあまり似つかわしくない風貌であり、不審者を疑いそうになる。


「お?俺みたいな奴がこの格調高い学園にいるのは場違いだって顔だな?……ガハハハ、俺もそう思う!だが、紛れもなく俺はここの教師だ。なあ、マグミス先生?」


「はい、セイヴァン先生は正真正銘ガーデンドール学園の教員です」


 隣に立ったマグミスがそう答えるとセイヴァンはまたもガハハと笑った。


「まあ、俺のことはどうだっていい。大事なのは授業だからな!取り敢えず、皆で班を作れ!全部で四つ、話はそれからだ。ああ、もし初めて話すなんてのが居たら今の内に仲良くなっておけよ?そうしておいて損はないからな!ガハハ」


 セイヴァンに促され、皆それぞれ班を作り始める。

 特待クラスは欠席なく全員で二十人、四つの班に分かれたので一班は五人編成となった。

 ロザリーの班は、グレアー、ダイル、カッセル。そして、もう一人。


「こんにちは!初めましての人も多いみたいだから自己紹介するね?私はミシェル。気軽にミッキーって呼んでくれていいよ!友達からもそう呼ばれてるし!」


 そうロザリーたちへ話すのは、くせ毛風のもじゃっとしたショートボブの少女であった。中性的と言うにはやや女性寄りの顔立ちで、その口調も含めて如何にも活発そうな雰囲気を醸し出している。

 彼女はロザリーと接する側の者ではあるが、挨拶を交わす程度の付き合いでしかない。


「一応、貴族出身だけど四女だし家もそんな大きくないから、あんま貴族って自覚無いんだ。なので、平民扱いしてくれても全然気にしないよ。アハハ」


「へえ、まあ俺も似たようなモンだな。よろしくなミッキー!」


「よろしく、ダイル!」


 ミシェルとダイルがそう話しているのを横目に、グレアーはフンと鼻を鳴らす。


「似た者同士は引かれ合うって、本当ですのね」


「アハハ、そういうもんかな?よろしくね、グレアー!」


「……こちらこそ」


 ミシェルの邪気の無い言葉にグレアーは毒気が抜かれたのか、そう返すに留まった。


「僕はカッセル。この班の中だと唯一の平民出身かな?」


 と、カッセル。

 相変わらず平民の装いが上手く、誰も彼が本当はこの国の王子などと疑る素振りすらない。


「よろしくカッセル!」


「よろしくミシェル。あ、ミッキーと呼んだ方がいいかな?」


「好きな方でいいよ!さっきも言ったけど私も平民みたいなもんだから、全然遠慮とかいらないからね!」


「ああ、分かったよミシェル!」


 これがコミュ強というのか。

 ミシェルはぐいぐいと来ては、その心を掴む。

 そして、必然的に次はロザリーの番であった。


「それで、キミがロザリーでしょ?」


「え?あ、そ、そうですけれども……」


「一度ちゃんとこうして話してみたかったんだ。席も遠いし、あんま話す機会も無かったからねー」


 屈託のない笑顔でミシェルは言った。


「よろしくねロザリー!今日切っ掛けで仲良くしてくれると嬉しいな!」


「そ、そうですわね……」


 ミシェルの陽の圧に押される形でロザリーは答えた。


「……さあ、班内の交友もボチボチ温まったところで先生の話を聞いて貰おうか!」


 セイヴァンがパンと大きく手を叩き、皆の注目を集めた。


「今日の実習の内容は、森の中にいる魔獣ハンターラビットを狩ることだ。制限時間は二時間。狩った後は、それが分かるように何処かの部位を切り離して、ここに持って帰るんだ。場所は何処だっていいぞ。血を見たく無いなら爪とかでいい」


 生徒たちは少しざわつく。

 特に貴族出身の者たちはそういった荒事とは無縁なのが多く、その顔は見るからに不安の色を帯びていた。

 セイヴァンはそれを見ながらも一旦スルーする。


「ハンターラビットは名前の通り見た目は兎だが、鋭い牙と爪を持った獰猛な生き物だ。森を荒らすので王国指定の害獣にもなっている。だから、殺しても罪悪感を覚える必要はねえ!」


 まるで簡単なことのように言うセイヴァンとは裏腹に緊迫した空気が生徒たちの間に流れる。

 それを見たセイヴァンは、肩の力を抜くように軽く手を振ってみせた。


「ハハハハ。確かにハンターラビットは凶暴だが、魔獣としては雑魚も雑魚。冒険者ギルドでは初心者用の討伐クエストとしてもお馴染みの奴だ。その上、こっちは五人もいるんだから、負ける道理がない」


「加えて、実習用のハンターラビットは学園で飼育されたもので、更に牙と爪の先を折って丸く削っております」


 マグミスが補足する。


「まあ、だからといって舐めきってもいい相手ってわけじゃないぞ。牙と爪の先が丸くなったからと言って、それで噛まれたり引っ掻かれたりすればそれなりに痛いし、突進も連中の武器だから当たりどころによっては怪我することだってある。必要以上に怯えなくてもいいが、油断はし過ぎずって感じで行けよ?そうすれば、お前たちなら余裕だろう。それと……」


 セイヴァンは懐から何かを筒のようなものを取り出した。


「これは魔道具。これを手に取って念じれば、上空に向かって大量に煙が勢いよく発射される。言わば、緊急用の狼煙だな」


「これから皆様でこの森の中に入ります。一応学園の敷地ではありますが、それでもこの森はとても広く迷いやすい。誤って森の奥へ行ってしまった時に万が一があるかも知れませんから」


「これは不味い!って思った時には迷わずすぐ使うんだぞ。そういった危機意識はとても大事だからな。じゃあ皆、森へ入れ!」


 セイヴァンが開始を告げると、それぞれ森の中に足を踏み入れる。

 ロザリーの班は、ダイルが先頭に立ち、ロザリー、グレアー、ミシェルの三人を間にしてカッセルが殿を務めるという形になっていた。これは、相談して決めたわけではなく自然とそういう風になったのだ。

 女性をなるべく危険に晒さないという心遣いは二人とも紳士然としている。


「そう言えば……」


 森の中に入って暫くするとダイルが口を開いた。


「俺の席はアンタと近かったな?」


 そう言って後ろを少し振り向くとロザリーの顔に視線を向けた。


「そ、そうでしたわね」


「なのに、あんま話す機会無かったな」


「特に切っ掛けもありませんでしたし、仕方無いと思いますわ」


「そりゃそうか。じゃあ、俺とも今日を切っ掛けに仲良くしてくれるかい?」


「それは全然構いませんけれども……」


「オーケイ!じゃあ、これからはロザリーって呼ばせて貰うな」


「ちょっ、女子をいきなり呼び捨ては良くないと思うよ」


「いや、お前も呼び捨てだったろミッキー」


「女子同士だからいいの!男子が女子を呼び捨てにするのはそれ友達以上からだから!」


「へいへい。じゃあ、ロザリー嬢でいいか?」


「うん!それでオーケイ」


「いや、許可するのは貴女でなくワタクシじゃないかしら?」


「アハハハ!そりゃそうだ!」


「……ちょっと貴方たち。緊張感が無いんじゃないかしら?」


「おっと、すまねえグレアー!」


「……いつ私の名前をそう呼んでいいと言ったのかしらダイルさん?」


「じゃあ、グレアー嬢ならいいか?」


「……貴方と話しているとなんかイライラします」


「おっと、そりゃ失礼」


「ハァ、本当に貴族なのか疑わしいですね。まだカッセルさんの方が貴族に見えます」


「え?そ、そうですか?」


「礼儀もちゃんと弁えてますし、何よりもその立ち振る舞いは平民としてもかなり上等だと思いますよ」


(そりゃ、貴族どころか王族だからですわね……)


 勿論、そのことを本人以外で知ってるのはロザリー唯一人である。

 そんな風に会話をして歩いているが、ハンターラビットはなかなか見当たらないでいた。

 セイヴァンの話では、ハンターラビットは警戒心があまり強くなく、何者かが近付くと逃げるどころか自分から寄っていく性質なのだという。

 それならば、一匹くらいは現れてもおかしくない筈なのだが。


「ん?あそこって」


 ミシェルが指差す方には洞窟があった。

 どうやらかなりの距離を歩いて来ていたらしい。


「思っていたよりも奥に入り込んでしまったみたいですね。来た道を戻れるかしら?」


「グレアー様、大丈夫です。迷わぬよう目印としてノートの切れ端を落として来ましたから」


「流石ですわカッセルさん。先頭を歩いている方もそのくらい気を遣って下さればよろしいのですけどね」


「いやいや!俺ちゃんと道を覚えてるから!」


「本当かどうか疑わしいですわね」


「いやいや、信じて!」


 ロザリーはそんな会話を聞いていて楽しくなっている自分に気が付く。

 同級生とこういう感じで会話して、というのは入学前に思い描いていた理想の一つであった。

 尤も、ロザリーはなかなか自分から発言をすることは出来ていなかったが。


「ロザリーって無口さん?」


 そんなロザリーの心でも読んだのか、そんなタイミングでミシェルが話し掛けてきた。


「え?いや、無口ではありませんけれども、話す切っ掛けというか、話題みたいなのがあまり浮かばなくて……」


「別にテキトーでいいんだよ?この森暗いねーとか」


「そういうものですの?」


「そそ、そういうもん!」


「そういうもん……ですのね」


 その時、洞窟の中から何かの咆哮が聞こえた。

 五人全員がビックリして洞窟へ視線を向ける。

 すると、洞窟の中から何か大きな影が出て来た。

 その姿が顕になった瞬間、ロザリーたちは戦慄する。


「ねえ、あれってもしかして……」


「もしかしなくても……あれは()です!」

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