第8話 ロザリーと平民カッセル
「な、何かしら……でしょうか?」
焦ってロザリーは思わずテスカみたいな口調になっていた。
必要最低限以上のこちらからの接触は避けようと思っていた矢先に向こうの方から来るとは思ってもみなかったからである。
不意打ちとはまさにこのこと。
「……あ、すみません。貴族の方に先に名乗らせるのは失礼でしたね!」
カールは恐縮したような様子で言った。
言葉遣いやその態度も含め、ただの平民にしか見えぬ程に上手く装っている。
「僕は『カッセル』と言います」
「カッセル……」
(……そう言えば、殿下はそう名乗っていたんでしたわね)
「天啓」の件の場面で未来の自分がその名を口にしていたことをロザリーは思い出した。
「ワタクシはロザリー・ローゼス・ロッソ。一応、公爵家の者ですわ。カッセル……様。いや、さん?えーっと、ど、どうお呼びすればよろしいでしょう……かしら?」
「『カッセル』と呼び捨てで構いません」
しどろもどろになるロザリーに対して、カール──カッセルは気さくにそう答えた。
「で、ではお言葉に甘えまして、カッセル。何か御用でしょ……かしら?」
「あ、いえ。もし僕の勘違いでお気を悪くされたら申し訳ないのですが……」
カッセルは少し声を落とし、しっかりとロザリーの目を見る。
「入学式の時、僕のことを見ていませんでしたか?」
「!?」
確かにロザリーは彼の姿が視界に入った際、思わず二度見のような感じになってしまっていたが、それでも数秒程度のことである。
そのことに気付いた上、こうして直接確認しに来る程気に留めていたとはロザリーは夢にも思わなかった。
一国の王子であるだけにそういった視線には敏感ということなのか。
「あ、僕の気のせいだったらいいんです。ただ、貴族様がこんな平民を気にするだなんて、もしも何か失礼でもあったらいけないので……」
カッセルは申し訳無さそうに言った。
学園内では貴族と平民は一応対等ということになっているが、実際には互いに身分の差に伴う態度だったり言動だったりが存在するのでなかなかそうはいかない。
故に貴族であるロザリーが「平民」であるカッセルに注目したのは自分に非があるからだ。という考えになること自体は自然ではある。
だが、だからと言ってその貴族へここまで直球で聞きに来る平民など、そうはいないだろう。
(カール殿下はアレかしら?所謂、オレがオレがってタイプなのかしらね?)
一見、気弱で純朴そうに見せているが、何処か芯の強さのようなものをロザリーは感じていた。
それは「天啓」により、彼の正体を知っているからこそ気付けた部分なのかも知れない。
(テスカが言っていたことですけれども、潜入とかの時にあまりに自分とかけ離れた別人を演じるのはボロが出やすいから、なるべく素の自分に近いようにした方が良いのだそうですわ。それを踏まえると、カール殿下は元来からそういう性格なのかも知れないですわね)
「……あの、ロザリー様?」
「え?あ、ああ、申し訳ございませんわ!」
思慮にふけていたロザリーは、カッセルの言葉で現実に引き戻された。
「カー……いや、カッセル。別に貴方がどうということではありませんわ。入学式での学園長の話がとにかく長かったでしょう?だから、気を紛らわそうと周りを見ただけですわ」
「それで、たまたま僕が目に入ったのでしょうか?」
「そ、そういうことですわ」
「なるほど……」
「……………………」
「……………………」
少し間が空く。
「……ホッ。それならば良かったです!失礼があったなら大変でしたから」
カッセルはそう言って破顔した。とても爽やかな笑顔で、何も知らなければ思わずときめいてしまう程に魅力的である。
流石は一国の王子といったところか。
「そ、そうですわよ。オホホホホ」
ロザリーも合わせて笑うが、何処か引きつった感じになってるのが自分でもよく分かった。
「あの……」
「は、はいぃ!」
ロザリーの上擦った返事にカッセルは不思議そうな顔をする。
「あの……これも何かの縁ですし、平民の身で申し上げるのも恐縮なのですが……。もし、よろしければ、これからもロザリー様とこうして話をさせて頂いても良いでしょうか?」
「え?そ、それってどういう……?」
「ロザリー様が話し相手を望まれた時に、僕がその相手になることを許可して頂きたく存じます」
「つ、つまり、ワタクシとお友達になりたい、ってことですの!?」
思い掛けないどころじゃない提案がまさかの相手からされる。
ロザリーは頭がパニックになりかけていた。
「友達だなんて、そこまでは望みません。僕は平民ですから……」
カッセルは寂しそうな顔でそう言った。
あまりに堂に入ってるので、ロザリーは彼が王子であることを思わず忘れそうになる。
「そ、そんなことは関係ありませんわ!」
だが、気付くとロザリーはそう言っていた。
少なくとも交友という部分において、貴族と平民の身分の差は関係ないと本気で思っていたからである。
貴族のアンネも平民のテスカも、勿論ジュールも今やロザリーにとっては大事な存在。先程のカッセルの言葉を肯定することはそれを否定することに他ならない。
「そ、そうですわね。貴方がよろしければ、この学園での名誉あるワタクシの最初のと、友達にしてさしあげてもよろしくてよ?」
カッセルの正体を知っていることを勘付かれぬように貴族らしく上から目線を努めるロザリー。
今は平民をそこまで下には見ていないので何処かぎこちなさのようなものを自分なりに感じてしまう。
(うぅ……、殿下に不自然に思われていなければいいんですけれども……)
内心はそんな風にドキドキであった。
だが、友達を作りたいと思う気持ち自体に決して嘘偽りはない。
「……光栄でございます。ロザリー様」
そんなロザリーの気持ちが通じたのか、カッセルはそう言って再び破顔した。
(うぅ、やっぱり王族だけあって顔良っ!ですわ)
これで平民を装うのは無理があるだろ、とロザリーは思うが、それも彼の正体を知っているという前提で見ているからかも知れない。
人の外見は持っている知識や印象でガラッと変わる。
純朴そうな少年がいたとして、彼が稀代の詐欺師であると聞かされていたら、その無垢な笑顔すら何か裏があるものと勘繰ってしまうだろう。
カッセルにしても、何も知らない人からすれば、平民出身にしては顔が整っているな。という風にしか思わないのかも知れない。
「……申し訳ございません。こんな平民に時間を取らせてしまって。僕はこの辺で失礼させて頂きます」
「え、ええ。いい夜を……ですわ」
「はい、ロザリー様もいい夜を」
去って行くカッセルを見送った後、ロザリーには一気に疲労感が襲い掛かる。
彼に話し掛けられてから十分も経っていなかったが、ロザリーは一時間は会話したような気分になっていた。
「……うぅ、このままパーティーを楽しむ気力がありませんわね。部屋へ戻るとしますわ」
ロザリーは軽くため息を吐くと、背中に楽しげな笑い声を感じながらもトボトボとパーティー会場を後にする。
学生寮の自分の部屋へ戻って来たロザリーはそのままベッドに突っ伏した。
テスカが「着替えないとドレスが皺になってしまいますです!」と慌てたのですぐに寝間着へ着替えると、またもベッドに突っ伏す。
王族との会話、それも未来の自分を処刑した相手なのだから精神的な疲労が大きかった。
「う~~~ん」
数十分程そうした後にロザリーは起き上がると、ベッドに腰掛けたままジュールとテスカに先程のことを共有した。
「ほえ〜、第一王子様ですかあ」
テスカはロザリー用のお休み前のホットミルクを作りながら気の抜けた声を上げた。
直接見たわけではないからなのか現実味をあまり感じていない様子である。
「ふぅむ。『天啓』の内容から身分を偽り学園に通っているということは認識しておりましたが……」
一方でジュールは髭を指先で弄りながら、真剣な面持ちでそう言った。
「未来のお嬢様はこの時点で殿下と接触していたのか、それとも本来の歴史とは変わってしまったのか、今はまだどちらとも言えませんな」
「それに、その王子様はお嬢様に何で自分を見てたのかを確認しに来たんですよね?神経質且つ大胆。そういった方なら、お嬢様が正体を見抜いたかも?という発想に思い至ってもおかしくないんじゃないかと思いますです」
「……うぅ、やっぱりそうですわよね?」
がっくりと肩を落としたロザリーは不安げにジュールの顔を見る。
「ワタクシ、挙動不審だったかしら?」
「ふぅむ。流石に根拠が無さ過ぎます故、疑念を抱きはしてもそうと確信するには至らないとは思いますが……」
ジュールは少し考え込むよう再び顎に手をやる。
「万が一ということもありますので、殿下とお会いする時には慎重且つ油断せずにした方がよろしいでしょうな」
「でも、お嬢様。王子様とお友達になられたんですよね?」
テスカはホットミルクをロザリーに手渡すとどこか気にかかる風な口調で尋ねた。
「……ええ。向こうがどの程度本気なのかは分かりませんけれども」
「ということは、お嬢様が王子様の動向を探る機会が増えたってことになりませんか?」
「!なるほど。言われて見れば確かにそうですわね」
ホットミルクに口をつけていたロザリーは、目から鱗が落ちたといった風に頷く。
「知らない内に反感を買うくらいなら、いっそ正面から交流した方が良い方向へ向かうかもですわね!有難うですわ、テスカ」
そう言うとロザリーはホットミルクを飲み干し、そのままベッドに倒れ込んだ。
意見を交わし、一先ずの答えを得たので安心したからなのか、糸が切れたように寝息をたてる。
テスカはロザリーが風邪を引かぬようにそっと布団を掛けた。
──時は少し遡り。
「……ロザリー・ローゼス・ロッソか」
その姿を見つめる視線。
カッセルの顔つきはいつの間にか「カール」のものとなっていた。
(入学式での彼女の私を見る目。そして、先程のあの態度。もしや、私の正体に気付きでもしたか?)
そう考えて、すぐに首を軽く振ってフッと笑う。
(……それは流石に考え過ぎだな。だが、遺憾ながら私の振る舞いが彼女に何かしらの違和感を覚えさせてしまったのは間違い無い。少なくとも、私がただの平民ではないと思ったからこそ、ああして警戒を見せたのだろうしな)
カールはロザリーの反応をそう解釈する。
〘貴方がよろしければ、この学園での名誉あるワタクシの最初のと、友達にしてあげてもよろしくてよ?〙
(……フッ、面白い奴だ。これからの学園生活がますます楽しみになってきたよ。ロザリー様)




